第8話 ゲームアプリで遊ぼう

 昼休みに花圃かほにダンスアプリを入れてから、他のアプリを試したくなって、放課後、家に帰ってアプリストアで色々と探した。



 ダンスアプリは、僕が花圃に入れた基本的なアプリの他に、クラシックバレエが踊れるやつとか、日本舞踊が踊れるやつ、社交ダンスを踊る高機能なのがあった。


 アイリッシュダンスとか、ベリーダンスみたいな、民族舞踊みんぞくぶようが踊れるアプリがあったり、ヲタ芸を踊る専門アプリなんていうのもある。


 機種が対応していれば、バク転させたり、ブレイクダンスのヘッドスピンさせたりと、曲芸みたいなことも出来るみたいだ。


「私は最新機種で身体能力が高いから、アプリさえ入れれば、バク転だってなんだって出来るわよ」

 腕組みした花圃が自慢げに言う。



 ダンスアプリの他には、朗読アプリとか、読み聞かせアプリみたいに、本を読んでくれるアプリとか、英会話や資格試験対策なんかの、教育アプリもある。


 僕達高校生用には、大学受験アプリもあった。

 大手予備校講師監修、という売り文句で、全教科揃っている。

 家庭教師みたいに一人一人の勉強の進み具合に合わせて、丁寧に教えてくれるらしい。

 一つの教科3万円っていう、すごく高いアプリだけど、家庭教師を雇うと思えば、安いってことになるのかもしれない。



 実用的なアプリでは、姉が「ミズキ」に入れて使っていたマッサージアプリとか、耳かきをしてくれるアプリ、女性に人気の、メイクをしてくれるアプリみたいに、身の回りの世話をしてくれるアプリもあった。


 代筆だいひつアプリといって、持ち主の筆跡を真似て、ペンで実際に紙に書いてくれるアプリがあって、それは就活しゅうかつで履歴書を何枚も書かないといけない大学生に人気らしい。


 眠る前に、羊を数えてくれたり、子守歌を歌ってくれるアプリなんかもあった。

 子守歌アプリは100円だし、入れてもいいかなと思う。



 カメラに関するアプリは数え切れない程あって、中でも、彼氏彼女と一緒にいる時間、二人の映像を撮影し続けて、一本の映画にまとめてくれるというアプリが人気だった。


「ま、あんたには必要ない、リア充向けのアプリね」

 花圃に言われて、ちょっと傷つく。



 ゲームアプリも色々とあった。


 じゃんけんや、あっち向いてホイをしてくれる簡単なアプリから、将棋や囲碁、ボードゲームを一緒にやってくれるアプリがあった。


 カードゲームの相手をしてくれるアプリでは、僕が小学生の頃集めていたカードゲームをサポートしてるのもあって、懐かしいから久しぶりに押し入れから引っ張り出して、やってみようかと思う。



 こうやって、どんなアプリがあるのか、探してるだけでも楽しい。



 購入前に試用できるアプリや、基本無料で課金アイテムを買うアプリもあって、色々試してみた。


 アプリを試している中で、僕は「ダンス・エターナル」というダンスゲームにはまった。


 スマートフォンが見本のダンスを披露したあと、その通りに踊って、正確さを判定するという、アプリだ。


 簡単なダンスから、段々難しいステップのダンスになっていって、一つのダンスをクリアすると、次の曲とダンスがアンロックされる仕組みになっている。

 学校とかネットで話題になってたけど、やってみると本当に面白い。

 花圃が踊っているのを見るだけでも楽しいし、自分で踊るのも楽しい。


 僕が踊っている間、花圃はその目のカメラで僕を見ていて、ステップごとに、「Perfect!」、「Good!」、「Nice!」、「Bad」、などと、判定を出して盛り上げた。


 何度も何度も挑戦して、やっと十曲をアンロックしたところで、


「これ以外の曲をプレイする場合は、『ジュエル』を買う必要があるわ」


 花圃が言った。



 これから先は、課金が必要になるのか。



 アンロックした十曲を何度か繰り返しやったけど、段々と飽きてきた。

 「ジュエル」で買える曲の中には、最新の曲や、このアプリでしか聞けない独自の曲とかもあって、そっちにもすごくかれる。


 買おうがやめようか迷って、ノートパソコンでネットの情報を調べてたら、「ダンス・エターナルの曲を増やす方法」、という記事が目に止まった。

 著作権フリーの曲とか、耳コピで有志がアップした曲やダンスを「ダンス・エターナル」のデータにコンバートして使えるらしい。


「ストア以外からアプリやデータを導入する場合は、危険を伴うわ。それでも入れるの?」

 花圃が訊いてきた。


 そう言われると、一瞬迷う。


 でも、記事のコメント欄には、


 曲増やせて感謝。

 マジ助かった。

 アップしてくれた人、神。

 音質が少し悪いけど、普通に使える。


 こんな感じの書き込みがあって、問題があったような書き込みはなかった。


「うん、じゃあ、今回だけ、ストア以外も受け入れるに設定して」

 僕は花圃に言う。


「分かったわ」


 曲とダンスをノートパソコンにダウンロードする。

 それを花圃に転送して、読み込ませた。


「じゃあ、次の曲、お願い」

 花圃を机の上に置いて、見本のダンスを踊り始めるのを待った。


「え、ええ、わわ分かったわわ」

 花圃が言った(ちょっと噛んだ気がするけど)。


 ところが、いつまでも待っても曲が始まらない。

 少し待ってたら、そのうち花圃がブルブルと小刻みに震え出した。

 花圃の中で、何かの機械が振動しているような、鈍い音が聞こえる。


「花圃?」

 僕が声を掛けても返事がなかった。


 すると花圃は、手足の関節が抜けたみたいにぶらーんとなって、その場にうずくまる。


「花圃、どうしたの!」

 僕がすぐに花圃を取り上げようとすると、今度は突然、花圃がむっくりと立ち上がった。

 そうかと思ったら、その場に胡座あぐらをかいて座り込んでしまう。


「以下の口座に1000ドルが振り込まれるまで、私は動きません。口座番号××-××××××××」

 花圃がそんなことを口走る。


「えっ、花圃?」

 僕は焦って訊いた。


「以下の口座に1000$が振り込まれるまで、私は動きません。口座番号××-××××××××」

 花圃は繰り返す。


「ねえ、ってば、どうしたの?」


「以下の口座に1000$が振り込まれるまで、私は動きません。口座番号××-××××××××」

 花圃はそう繰り返すばかりだ。


 マズい。


 ダウンロードした曲に、ウイルスとか、入ってたんだろうか?

 背中のボタンを長押しして、再起動させようとしても、花圃はその操作を受け付けなかった。


「以下の口座に1000$が振り込まれるまで、私は動きません。口座番号××-××××××××」

 それどころか、花圃は、僕に向けて中指を立てる。


 もう、お手上げだ。


 隣の部屋の姉とミズキに相談しようとも思ったけど、怪しいサイトから曲を落としたのは僕なんだし、こんなこと話したら、またネチネチと言われそうだ。


 仕方なく、僕は家の固定電話で、和麻呂に電話した。

 こんなふうに電話するのは久しぶりだから、和麻呂の家の電話番号とか分からなくて、小学校の頃の名簿を引っ張り出して、ようやく電話番号を見つけた。




「おいおい、そんなのに引っかかるなよ」

 電話口で説明したら、開口一番かいこういちばん、和麻呂はそう言った。


「しょうがないな。うちにスマホ持ってこいよ。見てやるから」

 和麻呂が面倒臭そうに言う。


「あっ、それと、充電器も忘れず持って来いよ」

 人からは取っつきにくく見られがちな和麻呂だけど、基本、面倒見がいい奴だ。

 今までも何度も和麻呂には助けられている。


「分かった。ありがとう、すぐ行く」


 僕は動かなくなった花圃をタオルで包んで、いつも使っているボディバッグに入た。


 その間も、

「以下の口座に1000$が振り込まれるまで、私は動きません。口座番号××-××××××××」

 花圃は、ボディバッグの中でその台詞を繰り返している。



 変なことしちゃって、花圃、ホントにゴメン。



 僕は自転車に飛び乗って、和麻呂の家を目指した。


「瑞樹、どこ行くの? もうすぐ晩ごはんよ」

 母のそんな言葉が、僕を追う。

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