第22話 端末を探す、を使おう
姉の心配をよそに、僕と小巻さんは、順調な日々を過ごしていた。
朝、電車で途中まで一緒に登校して、時々、放課後に会うような毎日。
夜はスマートフォンの花圃とみーしゃを介して、長電話したりする毎日だ。
「そういえば、和麻呂がまた、園乃さんと四人でどっか行こうって、言ってたよ」
今日も僕は、朝の電車の中で、小巻さんと話している。
二人、いつものようにドアの近くで、向かい合っていた。
今日の小巻さんは、丸襟のブラウスに、ギンガムチェックのキュロットスカートを穿いている。暑くなってきてるけど、小巻さんの涼やかな衣装を見ていると、すっと汗が引いた。
「ふうん、いいね。また園乃さんにも会いたいし」
小巻さんが言った。
「なんか色々、計画練ってるみたいだから、決まったら教える」
「うん、楽しみだね」
小巻さんはそう言って、ほっぺたに笑窪を作る。
今日も気分良く過ごせそうだ。
小巻さんの笑顔を見るだけで、一日の気力がみなぎってくる。
小巻さんと付き合う前は、朝の電車なんて、憂鬱なだけだったのに。
「それじゃあ、また」
学校の最寄り駅に着いて、僕達がいつものように別れたら、降りようとしたホームが小学生の団体で埋まっていた。
遠足にでも行くんだろうか、みんな、リュックサックを背負って、ホームに並んでいる。
ホームに、小学生と引率の先生で、百人くらいいるかもしれない。
「まあ、大変」
小巻さんが言った。
一部のやんちゃな生徒が先生の指示を聞かずに乗り込もうとして、ドアの辺りが混乱する。
電車から降りようとした僕も、中に戻されそうになって、どうにか外に出られた。
混乱の中、なんとか手を振って小巻さんが乗った電車を見送る。
いつもより、ちょっと騒がしい、朝だった。
「よう、順調そうだな」
通学路で僕の肩を叩いてきたのは、和麻呂だ。
駅で僕達のこと、見てたのか。
「うん、おかげさまで」
僕は答えた。
電車で僕達を見かけても声をかけてこないのは、和麻呂の気遣いだろう。
「あれ? ところで、花圃ちゃんは?」
和麻呂が訊いた。
「えっ?」
僕は、和麻呂に言われて、いつも花圃が乗っている左肩を見る。
ところが、そこに花圃はいなかった。
「あれ?」
最近ではそこにいるのが当然になっていて、空気みたいな存在の花圃が、僕の肩にいない。
自転車に乗ってるときは制服の胸ポケットに入れてるから見たけど、そこにもいなかった。
制服の内ポケットにも、ワイシャツのポケットにもいない。
そこに入れるはずがないけど、ズボンのポケットも見た。
当然、そこにもいない。
鞄の外ポケットとか、鞄の中をさらっても、花圃はいなかった。
「まさか、落としたとか?」
和麻呂が、呆れたように僕を見ている。
「朝、家からは持ってきたんだろ?」
和麻呂が訊いた。
「うん、朝、電車の中で小巻さんにも挨拶したし、その時は肩に乗ってた」
いつものように、花圃が小巻さんのみーしゃと抱き合ったのを、覚えている。
「やばい、ホントに落としたかも」
朝、駅のホームが遠足の小学生でごった返していたのを思い出した。
あのとき落として、
「おいおい、スマホを落として気付かないなんて、
和麻呂の右肩に乗っている
超子様は、腕組みして僕を睨んでいる。
「本当に落としたんですか? どこかに仕舞い込んでませんか?」
和麻呂のもう一台のスマホ、左肩の
制服を裏返したり、もう一回、鞄をひっくり返しても、花圃はいない。
通学路で制服を脱いだり、鞄をひっくり返したり、混乱してるのを見て、和麻呂が僕を近くの公園に連れ込んだ。
落ち着けと言って、僕をベンチに座らせる。
「まあ、慌てるなって。『端末を探す』機能で、今どこにいるか、分かるよ」
和麻呂はそう言って、自分の鞄の中から、ノートパソコンを出した。
「笑子さん、テザリングで、パソコンをネットに繋いでもらっていいですか?」
和麻呂が言うと、笑子さんが「はい」と笑顔で頷いた。
パソコンはすぐにネットに繋がる。
「ほら、お前のアカウントでログインしろ」
和麻呂がノートパソコンを渡すから、言われるままにログインした。
和麻呂はログインしたパソコンを受け取って、タッチパッドを操作しながら、二、三回キーを押す。
「『端末を探す』機能で、今、花圃ちゃんがいる場所が、地図上に赤いピンで示される。花圃ちゃんの電源が切れてなくて、電波が届くところにいれば、どこにいるか、分かるから」
そう言って、和麻呂はノートパソコンのディスプレイを僕に見せた。
「ここにいるな。ゆっくりと、移動してるみたいだ」
地図上に、花圃の型番、「SD32」って吹き出しに書いてあるピンが立っている。
それが、点滅しながら地図上を移動していた。
やっぱり、僕は花圃を落としたのか。
「かなり速く動いてるから、電車に乗ってるみたいだな。路線上を動いてるし」
和麻呂が言った。
僕は、混雑の中で、電車に花圃を落としたみたいだ。
時間から見て、花圃は僕と小巻さんが乗っていた電車にまだ乗っている。
それにしても、リアルタイムで、正確に場所が分かるのにびっくりした。
花圃は、誰かに拾われたんだろうか?
それとも、電車の座席や、網棚にいるんだろうか?
拾われたなら、親切な人で、交番に届けるとかしてくれればいいんだけど。
一瞬、悪い人に拾われて、分解されたり、記憶を消されて売られたりするとか、そんな嫌なことが思い浮かんで、僕はそれを打ち消した。
「おい、高橋小巻から、電話が掛かって来てるぞ!」
突然、和麻呂の肩に乗っている超子様が言った。
「繋いでください」
和麻呂が言って、超子様は、和麻呂の耳に口を寄せる。
「あっ、和麻呂君ですか? 今、いいですか? 瑞樹君に伝えて欲しいことがあるんですけど」
超子様から、小巻さんの声が聞こえた。
確かに、小巻さんの声だ。
「うん、なに?」
「瑞樹君、スマートフォンの花圃ちゃんを、電車の中に置いてきぼりにしちゃったみたいで、私が預かってるから、安心してって、伝えてくれますか?」
電話口で小巻さんが訊いた。
「今、瑞樹ここにいるんだ。直接、話してみて」
和麻呂が言って、超子様が僕の肩に飛び移る。
「あ、瑞樹君? 花圃ちゃん預かってるよ」
「ホントに? 良かった! ゴメン」
僕は興奮して、裏返った声を出していた。
「あの小学生の団体のゴタゴタで、花圃ちゃん、小学生のバッグの中に落っこちて、そのまましばらく身動きできなかったみたいなの。そうしてるうちに電車が出発しちゃって、やっと這い出して、私のところに来たんだって」
小巻さんが経緯を説明してくれる。
「だから預かっておいた。花圃ちゃん、ここにいるよ」
小巻さんが言うと、
「もう! 私を置いて行くって、どういうことよ!」
電話口から、花圃の声が聞こえた。
確かに花圃は、小巻さんといる。
この、ツンな感じは、花圃に間違いない。
安心した。
拾ってくれたのが、小巻さんで良かった。
「瑞樹君、心配してるといけないから、和麻呂君なら連絡つくかと思って、電話したの」
小巻さんが言う。
「うん、ありがとう。落としたの今気付いて、混乱してた」
「それじゃあ、放課後会おう。それまで、花圃ちゃん、私が大切に預かっておくから」
小巻さんが言ってくれた。
「私を落とした罰として、あんたの秘密を、小巻さんにべらべらとしゃべってやるからね!」
横から、花圃が言う。
守秘義務があるから、そんなことはできないんだろうけど、そんな憎まれ口を叩いた。
「じゃあ、そういうことで、和麻呂君、ありがとう」
「ううん。世話の焼けるヤツでゴメンね。親友の俺からも謝る」
和麻呂は、そんなふうに言って、電話を切った。
まったく言い返せない。
「やれやれだよ」
超子様はそう言って、僕の肩から、和麻呂の肩に戻って行った。
「まあ、良かったな。でも、高価なモノだし、個人情報も一杯入っているし、もう二度と落っことすなよ」
和麻呂が言った。
「うん」
それは肝に銘じておく。
だけど、おかげでまた今日の放課後、小巻さんに会えるし、「端末を探す」っていう、スマートフォンの機能を知ることもできた。
一つ、勉強になった。
「あれ?」
ところが、和麻呂のノートパソコンの画面を見ながら、僕は、変なことに気付いた。
「んっ? どうした?」
和麻呂が訊く。
「あ、いや、なんでもない」
僕は、和麻呂にはそう答えた。
でも、なにかおかしい。
地図上の、花圃の現在位置。
小巻さんが通う高校とは、全然違うところだ。
花圃は学校の方向とは全然別の方向に、移動している。
その花圃を、今、預かってくれているのが小巻さんなら、小巻さん、どこに向かってるんだろう?
学校に行く前に、どこか、寄るところがあるんだろうか。
それとも、今日は学校に行かないのか?
とにかく、この花圃の動きは奇妙だ。
「おい、どうした?」
画面を見ながら考え事をしている僕に、和麻呂が訊く。
「ああ、うん、いいんだ」
僕は我に返った。
「なんだよ、変なやつ」
和麻呂がそう言って、ノートパソコンを畳んだ。
だから、それ以上は、花圃と小巻さんがどこに行ったか、分からなかった。
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