第33話 電波の強度に気を付けよう
花圃が、小巻さんが乗ったタクシーに紛れ込んでいる。
それを聞いて、和麻呂も園乃さんも、それぞれのスマートフォンも、そこにいた全員が色めき立った。
もちろん、一番興奮してるのは僕だ。
「そのまま静かに隠れてて、小巻さんの行方を探ってって、伝えて」
僕は笑子さんに頼んだ。
笑子さんは頷いて、すぐに花圃にメールを送ってくれた。
「電波が悪いんですけど、なんとか、メールを送ることが出来ました。花圃ちゃんから、『了解』って返信が来てます」
笑子さんが言う。
「よし、こっちも追いかけよう。園乃、車出してくれ」
和麻呂が園乃さんに言った。
園乃さんが頷いて、車のエンジンを掛ける。
駐車場から車を出した。
夜の街を、園乃さんの車でタクシーを追いかける。
助手席の和麻呂が、ノートパソコンで花圃の位置を見ながら、園乃さんのナビをした。
週末だからなのか、街には車が多い。
何度も信号や渋滞に引っかかるのが、まどろっこしかった。
対向車や信号で隣に並ぶ車が、高校の制服姿で運転する園乃さんに驚いて、二度見する。
「タクシーを降りたみたいだな。花圃ちゃんが移動するスピードが落ちてる」
画面の地図を見ながら和麻呂が言った。
「花圃ちゃんから、メールです。タクシーを降りた小巻さんの鞄の底に、しがみついてるそうです」
笑子さんが伝えてくれる。
「花圃ちゃん、頑張るな」
和麻呂が言った。
すると、運転しながら、園乃さんが笑い出した。
「ゴメン。なんか、花圃ちゃんが小巻さんの鞄の裏にしがみついてるの想像して、笑っちゃった」
園乃さんが言う。
想像したら、僕もクスッとしてしまった。
和麻呂も笑う。
最新機種のスマートフォンで、最先端技術の塊である花圃が、鞄の底にへばりついているのだ。
手足を伸ばして、一生懸命、鞄を掴んでいるんだろう。
ツンデレに設定してあるし、
「まったくもう、こんなこと、私にやらせないでよね!」
とか、言いながら掴まってそうだ。
それを想像したら、自然と笑ってしまう。
「良かった。瑞樹君、笑うこと忘れてなかったみたいで」
園乃さんが、バックミラーで僕を確認しながら言った。
「ホントだ。瑞樹が笑ったの、久しぶりに見たな」
和麻呂もバックミラーで僕の顔を見る。
僕はそんなに、笑ってなかったんだろうか?
確かに、小巻さんが消えてから、ずっと、笑ってなかったかもしれない。
きっと、二人が心配するくらい、笑ってなかったんだ。
二人にも、姉にも、心配掛けっぱなしで申し訳ない。
「タクシーを降りて、小巻さん歩いてるそうです」
笑子さんが、花圃から送られてきたメールを読んだ。
花圃は歩いている小巻さんのバッグにしがみつきながらも、ちゃんと定期的に報告してるらしい。
タクシーを降りたってことは、そろそろ小巻さんが今暮らしてる場所が近いのかもしれない。
和麻呂のノートパソコンには、途切れ途切れだけど、花圃の位置が表示されていた。
小巻さんが歩きになったから、僕達の車も、段々その赤い点に近づいていく。
つまり、僕は小巻さんに近づいている。
「あれ?」
和麻呂が零した。
突然、地図上の花圃の位置を示す赤い点が消える。
地図から完全に消えて、なくなってしまった。
小巻さんがウインカーを出して、路肩に車を停める。
和麻呂がソフトを立ち上げ直したり、リセットしたりしても、花圃の位置表示の点は復活しなかった。
「メール送ってますが、繋がらなくて送れません」
笑子さんが言う。
「もしかして、建物の中に入って、電波が届かなくなったのかな」
園乃さんが表情を曇らせた。
「マンションとか、鉄筋の建物の中に入って、電波が届かなくなったのかもな。花圃ちゃん、鞄に掴まったまま、小巻さんの家の中に入ったのかもしれない」
和麻呂が言う。
それだったら、いいんだけど……
小巻さんのバックから落ちて、誰かに踏まれたり、車に轢かれたりしてたらどうしよう。
側溝に落ちて、流されてるとか。
「とりあえず、電波が途絶えたところまで行ってみよう」
和麻呂が言って、園乃さんが車を走らせた。
花圃の位置を示す赤い点が最後に見えた辺りに、五分もしないで到着する。
その辺は、静かな住宅街だった。
繁華街と違って、人通りもほとんどない。
一軒家が並ぶ中に、マンションやアパートも多く見えた。
園乃さんはしばらく車を走らせて、近くの公園の入り口に車を停める。
その公園は、三棟のマンションに囲まれていた。
夜だから、マンションや一軒家の窓に、無数の光が見える。
この無数の明かりの中の一つに、小巻さんが住んでいるのかもしれない。
「この住宅街の中から、小巻さんと花圃ちゃんが入った建物を探すのは難しいな」
辺りを見渡して、和麻呂が言う。
「花圃ちゃんが小巻さんと同じ建物に入ったとしたら、そのうち隙を見て逃げ出して来るんじゃない? 花圃ちゃんだと、ドアは開けられないかもしれないけど、窓の隙間とかからなら、抜け出してこられるし」
園乃さんが言った。
「そうだな、花圃ちゃんが部屋から抜け出して、電波が復活するの、この辺で待とうか」
和麻呂がノートパソコンの地図を見て、近くに車が停めておけそうな場所を探した。
コインパーキングみたいな場所がないか探してたら、
「待つ必要は、ないかもしれないわよ」
車窓から外を見ていた超子様が言う。
「どういうこと?」
僕が訊いた。
「ほら、あそこの窓を見て」
超子さんが、一棟のマンションを指す。
それは、車窓から見える五階建ての煉瓦タイルのマンションだった。
超子さんは、そのマンションの四階を示す。
「あの、点滅してる小さな窓よ」
お風呂かトイレか、小さな窓があって、その明かりが点滅している。
オレンジ色の光が、細かく、点いたり消えたりしていた。
「点滅を0と1の二進数で表すと、11000010101011 11000011011011 11000011001111 11000010110011 11000010110011ってなるわ」
超子さんは、その窓に目を凝らしている。
「『カホハココ』、『花圃はここ』って、繰り返し送ってるみたいですね」
園乃さんのスマートフォン、竜人が補足した。
僕達には、ただの光の点滅にしか見えないけど、スマートフォンのみんなは、その点滅を文字に変換して読めるんだろう。
「さすが、花圃ちゃん。部屋から出られなくて電波が通じない状態で、外に居場所を知らせてるんだ。風呂場かどっかの照明のスイッチを入れたり消したりしてるんだよ。瑞樹なんかより、よっぽど役に立つ」
和麻呂が言った。
悔しいけど、言い返せない。
とにかく、花圃が無事なのは良かった。
そして、今、花圃は、小巻さんが住んでいる部屋の中にいる。
「あの位置だと、四階の右から三番目の部屋だね」
園乃さんが言った。
「僕、行ってきます」
僕はそう言って、車のドアを開ける。
居ても立っても居られなかった。
「ついていこうか?」
和麻呂が心配そうに僕を見る。
「同性の私なら警戒しないだろうから、私が行ってもいいけど」
園乃さんも言った。
「いえ、僕が一人で行きます」
僕は、二人に宣言する。
自分でもびっくりするくらい、きっぱりと宣言していた。
これ以上、二人に迷惑は掛けられない。
そして、小巻さんのこと、ちゃんと自分で決着をつけたかった。
「よし、分かった。だけど、小巻さんが嫌がったら、素直に引き下がれよ。小巻さんに迷惑かけるストーカーみたいにはなるな」
和麻呂が言う。
「分かった」
僕は、そう答えて車を降りた。
「待て、連絡用に笑子さんを連れていけ」
和麻呂が自分のスマートフォン、笑子さんを車の窓から僕に渡す。
僕は、笑子さんを胸ポケットに入れた。
「じゃあ、行ってこい」
「がんばって」
和麻呂と園乃さんがエールを送ってくれる。
「うん」
と頷いて、僕は、小巻さんがいる部屋を目指した。
僕は、車を降りた瞬間から、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしている。
そして、第一声で、小巻さんになんて声かけようか、さっきからずっと考えている。
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