第15話 コーディネイトアプリを使おう

「デートに行くにも、服がない!」


 僕が言うと、机の上の花圃が肩をすくめて、「お手上げ」みたいなポーズをした。


 でも、実際の話、僕のクローゼットには、その辺を自転車でぶらぶらしたり、男友達と遊んだりするときの、くだけた服しかない。

 あらたまった服なんて、学校の制服くらいだ。


 デートに着ていける、おしゃれな服なんて、皆無かいむだ。



「もう、しょうがないわね。私にコーディネイトアプリ、入れなさい。アパレルメーカーとタイアップしたアプリなら、無料で使えるから」

 花圃が言った。


「あんたの顔と体型から判断して、シチュエーション別のコーディネイトをしてくれるの。それで、着ていく服を選びましょう」

 そんな便利なアプリもあるのか。


「インストールしていいわね」

 花圃が訊くから、僕は許可を出した。

 花圃が自分でネットに繋いで、自分でインストールする。

 これでまた、花圃の機能が一つ増えた。



「はい、それじゃあ、下着になって、私の前でくるっと一回転してみて」

 アプリをインストールしたら、突然、花圃がそんなことを言う。


「下着になるの?」


「べ、別に、あんたの裸なんて、見たいわけじゃないんだからね!」

 花圃が顔を赤くして言う。

 もちろん、プログラムが顔を赤くするように命令してるだけなんだろう。

 でも恥ずかしがるのが可愛いとか、思ってしまった。


「あんたの体型を把握するのよ。本当は全裸になったほうがいいんだけど、そうする?」

 花圃が意地悪く訊く。


「下着でいいです」


 スマートフォンの花圃の前とはいえ、パンツ一枚になるのは、少し恥ずかしかった。


「はい、それじゃあ、回って」

 僕は、花圃の前で、パンツ一枚で一回転する。

 花圃は僕の姿をじっと見ていた。

 そのカメラで、体型を全部、記録してるみたいだ。


「はい、あと二周して『ワン』ってえてみてみて」

 花圃が言う。

「それは、コーディネイトアプリとは関係ないよね」

 僕は、念のため訊いた。

「当たり前でしょ? 私がただ、あんたをからかってるだけ」

 花圃はそう言って、べーって舌を出す。


 やっぱり、花圃の性格は従順に変えた方がいいかもしれない。



「次に、あんたのクローゼットと靴箱を見せて」

 花圃が言った。

「どうして?」

「今持ってるアイテムが使えるか、診断するのよ」


 なるほど。


 言われたとおり、部屋のクローゼットと、洋服ダンスの引き出しの中まで、全部見せた。

 一階に下りて、玄関の靴箱の中も見せる。


「クローゼットの中におしゃれな服とかないし、ここは無難ぶなんなファッションでまとめましょうか。初めてのデートだし、誠実な印象を与えたいしね」

 分析した結果、花圃が言う。


「クローゼットにあったボタンダウンの白いシャツと、チノパンは使えるわ。それにテーラードジャケットを合わせましょう。清潔感がある、ちょっと大人っぽい男子を目指すわよ」

 暗に、子供っぽいって言われてるのかもしれない。


「ジャケットとか、持ってないけど」


「ジャケットは一着持っておきなさいよ。これから色々着回せるし。ぼんやりとしたあんたも、シュッと知的に見えるわ」

 ぼんやりしたとか、花圃は容赦ようしゃなく言ってきた。


「そ、そうだね」

 また、お小遣いが飛んでいく。


「このアプリからクーポンが発行されるから、指定のセレクトショップなら安く買えるわよ」

 花圃が言った。


「セレクトショップ……」

「なによ?」


「セレクトショップとか、入れそうもない」


「もう、そんなことで、尻込みしててどうするの! それじゃあ、デートとか無理じゃない」

 花圃が、腕組みして頬を膨らませる。


「だけどさ……」

 店に入るのもハードルが高いのに、おしゃれな店員さんとかに話しかけられたら、そのまま逃げ出してしまいそうだ。


 そこに服を買いに行く服もないし。



「分かったわ。じゃあ、ネット通販で買いましょう。イージーオーダーで買うから、私があんたの体を採寸するわよ。メジャーとかある?」

 あきらめて花圃が言った。


「ちょっと待ってて」

 メジャーなんてないから、隣の姉の部屋に借りに行く。


「姉ちゃん、メジャーあったら貸して」

 僕は、ノックして、姉の部屋のドアを開けた。


「ちょっとあんた、その格好……」

 ベッドに寝っ転がって、タブレットをいじっていた姉が、僕を汚いものを見るような目で見る。


弟君おとうとぎみ、どうなされました?」

 姉のスマートフォンのミズキも、怪訝けげんな顔をしていた。


 あれ?


 僕は自分の体を見て、恐ろしいことに気づく。


 花圃に言われて、パンツ一枚になったままだった。

 そのまま、姉の部屋に来てしまった。


「夜、ベッドに寝ている薄着の実の姉の部屋に、パンツ一枚で襲いかかって来るなんて、瑞樹、あんたいい度胸してるわね」

 姉が、無表情で言った。


 いや、事故だし。

 襲いかかってないし。


「ごめん!」

 僕はバタンとドアを閉めて、部屋を出た。

 服を着て、もう一度、出直してくる。



 姉の部屋に戻って、事情を説明して許してもらうのに、小一時間かかった。

 そのあいだ僕は、ベッドに寝っ転がった姉の前で、正座で説明させられる。


「あんたがデートとか、いよいよ地球も滅亡か」

 姉がそう言って深いため息を吐いた。

 僕がデートすることが、全人類を揺るがすような大事件なのか。


「いちおう、訊いておくけど、その女の子に、高い絵とか、買わされそうになってないよね?」

 姉が訊く。

 いや、なってないし。


「変なセミナーがあるとか言って、怪しい集会に誘われてない?」

 誘われてない。

 それくらい、僕にも分かるし。


 確かに、小巻さんが僕と一緒に学校に通ってくれるのは、奇跡みたいな話だけど。



「弟君、僕は応援しています。デート楽しんで来てください」

 姉のスマホのミズキが笑顔で言った。


「ありがとう」

 この家で僕に優しい言葉をかけてくれるのは、このミズキだけだ。

 ミズキは、タブレットをいじる姉に肩を揉まされていた。

 同じ名前同士、お互い、大変だな、と僕はミズキに念を送る。



 自分の部屋の戻ると、姉に借りたメジャーで、花圃が僕の体の各部分を採寸した。

 床に横になった僕の上を、花圃がメジャーを持って駆け回るから、くすぐったくってたまらない。


「よし、これでジャケットの注文出しておくわね。色とデザインは任せなさい。数日で届くと思うわ」

 体にメジャーをからませながら、花圃が言った。

 僕は花圃の体に絡まったメジャーをとってあげる。



「でも、花圃」

「なに?」

 僕は一番重要なことで、疑問があった。


「デートって、誰が誘うの?」


 それが大問題だ。


「まさか、僕とか言わないよね」

 小巻さんとは、朝、電車で話すようになっただけで、まだデートに誘うなんて、そんなことできる段階じゃない。


 ダブルデートを言い出した和麻呂が誘ってくれるんだろうか?

 でも、和麻呂と小巻さんに面識はなかった。

 そうだとしたら、花圃が小巻さんを誘うんだろうか。

 でも、それだと、スマートフォンに僕が言わせたみたいで、カッコ悪いし。



「その辺は、私も、和麻呂さんも分かってるわよ。あんたが彼女にダブルデートを言い出すなんて、どう頑張ったって、できないってね。二人で話し合って、対策は立ててあるから」

 花圃が言った。


 花圃は、主人を差し置いて、和麻呂と相談してるのか。



「安心しなさい。あなたが言い出さなくても、向こうから、デートしようって、誘ってくるわ」

 花圃が言った。


「向こうって、小巻さんのほうから、僕にデートしようって、誘ってくれるってこと?」


「そうよ」

「まさか」


 彼女の方からデートに誘ってくれるなんて、そんなわけがない。

 そんな、奇跡みたいなことありえない。

 そんなことあったら、それこそ、地球が滅亡する。


「まあ、私達スマートフォンの底力を見てなさいって」

 花圃は、自信たっぷりだ。


「明日の朝を楽しみにしてなさい」


 花圃は、それ以上、何も明かしてくれない。

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