第17話 カーナビ機能を使おう

「落ち着けって」

 和麻呂が言った。


「そうよ、もうちょっと落ち着きなさい!」

 僕の肩に乗っている花圃も言う。


 土曜日の、ダブルデート当日。


 花圃に選んでもらった濃紺のテーラードジャケットに、白シャツ、チノパンを着込んだ僕は、待ち合わせ場所の駅の前に和麻呂と一緒にいた。


 僕は落ち着いてるつもりだけど、和麻呂や花圃から見ると、緊張してて、落ち着きがないらしい。


 貧乏揺すりしたり、その辺を歩き回っているのは、僕も自覚してるんだけど。


「ほら、もう覚悟を決めろ! 彼女と、デートしたいんだろ!」

 和麻呂の右肩に止まっているスマホ、超子とうこ様が僕におっしゃった。

 さすが、ドS設定のスマートフォン。

 和麻呂の友達である僕にも、容赦ない。

 ボンデージファッションにピンヒールのスマホケースが、今日も決まってるし。


「瑞樹さん。大丈夫です。私達もサポートしますよ」

 和麻呂の左肩に止まっているもう一台のスマートフォンの笑子しょうこさんが、やさしく言う。

 笑子さんの、着物に割烹着のスマホケースも、相変わらず似合っていた。


 このギャップがある二台のスマホに、小巻さんが引かないかは、ちょっとだけ心配だ。



「心配するな。デートは全部、俺が仕切ってやるから」

 そう言って胸を張る和麻呂が頼もしく見えた。


 和麻呂は、ベージュのステンカラーコートにスプリングニット、下は黒のスキニーパンツを穿いている。

 その服を着慣れている感じで、ジャケットがまだ体に馴染なじんでいない僕とは、大違いだ。


 これが、彼女がいるやつの余裕なのかもしれない。



 やがて一本の電車が駅に着いて、改札口から三々五々、人が出てきた。

 改札口を見ていると、その中に小巻さんがいる。


 小巻さんは、花柄のワンピースにパステルカラーの黄色のカーディガンを羽織っていた。

 一目見ただけで、表情が緩んでしまうような、華やかな雰囲気をまとっている。


「やっぱり、可愛いな」

 和麻呂がそう言って肘で僕を突っついた。

 和麻呂は、お前にはもったいない、みたいなことを言いたいんだと思う。


 駅前で待っている僕に気付いて、小巻さんが小さく手を振った。

 僕も手を振って答える。


 なんか、それだけで感動してしまった。


 小巻さんが、早足でこっちに歩いて来る。


「おはよう」

 小巻さんが明るい声で言った。

「おはよう」

 僕も答える。

 笑顔が少し、こわばっていたかもしれない。


 挨拶をした後、一瞬だけ、小巻さんが僕を頭のてっぺんから爪先まで、全部見た気がした。


 小巻さんは、僕のこの服装、どう思ったんだろうか。

 おしゃれとか思われなくても、合格点くらいはもらえただろうか?



「これが、僕の友達の鈴木和麻呂。それで、こちらが、高橋小巻さん」

 僕は二人に、それぞれを紹介した。


「はじめまして」

「よろしく」

 小巻さんと和麻呂が、挨拶を交わす。


 僕だって、まだ手を握ってないんだから、握手なんかするなよって、僕は和麻呂に念を送っておいた。



「和麻呂さん、スマートフォン、二台使いなんですね」

 小巻さんは和麻呂の両肩に乗った二台のスマホを見て、ちょっとびっくりしている。

 ボンデージファッションのスマホに、着物に割烹着姿のスマホの二台使いだと、それはびっくりするだろう。


 小巻さんのバッグに入っていたスマートフォンの「みーしゃ」も出てきて、小巻さんの肩に乗った。

 僕の花圃と、超子様と、笑子さん、そして、みーしゃで、スマートフォン同士、それぞれ通信してるみたいだ。


 そういえば、僕たちは四人でダブルデートだけど、それぞれにスマートフォンもいるから、みんながしゃべってたら、すごく賑やかなデートになりそうだ。



 僕たちが一通り挨拶を終えたところで、集合時間の九時を回った。

 すると、駅のロータリーに一台の大きなSUVが乗り付けられる。


「お、園乃そののも来たな」

 和麻呂が言った。


 和麻呂の彼女の園乃さん、車で来たのか。

 園乃さんは、ここまで、親か誰かに車で送ってもらったんだろう。

 デートに車で送ってくれるとしたら、随分と理解がある親御さんだって、思ってたら、園乃さん自身が、運転席に座っている。


 ハンドルを握っていたのは、園乃さんだ。


「園乃、運転免許取ったんだよ」

 和麻呂が言った。


「えっ、いや、だって……」

 確かに、園乃さんは僕たちより一つ年上で、18歳になってるから、免許取れるんだけど。

 でも、校則で免許取っちゃ駄目とかあるし、車とかどうしたんだろう。


 園乃さんは、車高が高いSUVから、ステップを伝って降りてくる。


「おはよう」

 園乃さんは、僕たちに笑顔で挨拶した。

 僕は小巻さんに園乃さんを紹介して、園乃さんに小巻さんを紹介する。


 園乃さんは、白のスキッパーシャツに、カーキ色のフレアスカートを穿いていた。

 胸元が大きく開いていて、大人っぽいし、ドキドキする。


「車、どうしたんですか? これで、行くんですか?」

 僕は園乃さんに訊いた。


「兄貴の車を借りてきたの。私の運転で行くけど、初心者だから、運転が危なっかしいのは、許してね」

 園乃さんがそう言って笑う。

 車には、前と後ろに初心者マークが張ってあった。


 免許証を取ったばかりの園乃さんに車を出してもらったのも、和麻呂の演出だろうか。

 車でデートって、大学生とか、大人のデートみたいで、演出としては悪くないかもしれない。

 こんなこと、普通の高校生には出来ないし。


 園乃さんの肩には、男性型スマートフォンが乗っていた。

 髪が長い、シュッとしたイケメンのスマートフォンは、確か「竜人りゅうじん」っていう名前だ。

 園乃さんはそのスマホに、黒いスーツのスマホケースを着せていた。

 彼氏の和麻呂とは似ても似つかないのが面白い。



「それじゃ。行こうか」

 俺が仕切ると豪語している和麻呂が言った。


 和麻呂が助手席に乗って、僕と小巻さんは後席に並んで座る。

 大きなSUVだけど、座ると二人の距離が近くて、小巻さんがいる僕の右側だけ、火照ほてっているように感じた。

 小巻さんからは、柔軟剤のフルーティーないい香りがしてくる。



「次の交差点、右折です。今のうちに、レーンを変えておいてください」

 ダッシュボードの上の園乃さんのスマートフォン「竜人」が、身振り手振りで、道を案内した。

 車内にはナビゲーションが出来るスマホが五台もいるんだから、絶対に道に迷うことはないだろう。


「ガム食べませんか?」

 走り出すと、笑子さんが甲斐甲斐しく、僕たちの世話をしてくれた。

 保冷剤が入ったクーラーボックスから、水やジュースを取り出して、僕たちに勧めてくれる。


 クーラーボックスなんか用意したのも和麻呂か。

 さっき、車に乗るとき後ろを見たら、バスケットみたいなのもあったから、その中にはお弁当が入っているのかもしれない。

 やっぱり、こういう、マメな男子じゃないと、彼女は出来ないんだろうなと、感心する。


 何も用意してなかった僕は、さっきから反省しきりだ。



 スマートフォンが飛び回る、車内は賑やかだった。

 花圃も、小巻さんのみーしゃも、おどけて僕たちを笑わせようとする。

 まだ、四人とも打ち解けてないし、スマートフォンなりに、僕たちを盛り上げようと、必死なのかもしれない。


 最初、びっくりしていた小巻さんも、なんだか楽しそうで安心した。


 ドライブのBGMとして、各々のスマートフォンの中に入っている曲を、車のFMラジオに飛ばして交互にかける。


 スマートフォンの中に入れている、みんなの曲の好みは全然違った。

 和麻呂のデスメタルとか、園乃さんの洋楽、僕のJ-POPに、小巻さんのクラシック。


「こんなのばっかで、ごめんね。つまらないでしょ?」

 小巻さんはそんなふうに謝った。


「ううん。全然、綺麗な曲だよね」

 そんなことしか言えない自分が悔しい。

 曲名とか、作曲家の名前とか言えて、解説出来たらいいんだけど。


 でも、スマホに入れてる曲がクラシックばっかりって、小巻さん、いいとこのお嬢さんだったり、するんだろうか?

 実はピアノが弾けたり、バイオリンが弾けたりするとか。


 僕はまだ、小巻さんのことを何にも知らない。

 だから、こうやって、少しずつ知っていきたいと思った。




「じゃあ、ちょっと、トイレ休憩ね」

 一時間くらい走ったところで、和麻呂が言う。

 園乃さんが、コンビニの駐車場に車を停めた。


 トイレを借りるついでに、コンビニでお菓子や飲み物の補給をする。


 精算を済ませて、女子達がトイレから出てくるのを待っていたら、


「瑞樹、今日、お前告白しろ」


 和麻呂が小さな声で言った。


「このデート中、小巻さんに、彼女になってくださいって、絶対に告白しろよな」

 和麻呂がそんなことを言う。


 まったく、和麻呂は、なんていう難題をふっかけるんだ。

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