第2話 スマホケースを買いに行こう

 ついに手に入れたスマートフォンを胸ポケットに入れていたら、道行く人のスマートフォンがよく目に止まるようになった。


 スーツ姿のサラリーマンや、制服の高校生、杖をついて歩くおじいちゃんや、おばあちゃんまで。

 みんな、スマートフォンを肩に乗せたり、胸ポケットに入れたりしている。

 それらのスマートフォンは、ちゃんとスマホケースを着ていた。

 あらためて見てみると、スマートフォンを裸で使っている人は、ほとんどいない。


 服と同じで、スマホケースも一人一人違って、個性的だった。

 みんな、スマートフォンに愛着を持って、ちゃんとスマホケースを選んでいるんだろう。


 見掛けた中では、ギターケースを背負ったバンドとかやってそうなお姉さんが、スマートフォンに自分と同じTシャツと、破れたジーンズを着せているのが、格好良かった。

 スマホケースも、その持ち主のセンスが問われるみたいだから、SD32にも、ちゃんとしたやつを選ばないといけないのかもしれない。


 でも、それには一つ、問題があった。


「君を買うのに、お金使っちゃったから、あんまり、高いの買えないんだけど……」

 街を歩きながら、僕は胸ポケットのSD32に言う。

 実は次のお小遣い日まで、相当ピンチなのだ。


「それなら心配ありません。私を購入されたときのキャンペーンポイントが、5000ポイント、チャージされています。それをお使いになったらいかがでしょう?」

 SD32が言った。

「そうか! そうだね。そうするよ」

 もう、ポイント使えるようになってたのか。


「それでは、ポイントが使える近くのお店にご案内します」

「うん、お願い」


「この通りをまっすぐ行って、二つ先の交差点で、右に曲がります」

 SD32は、交差点や曲がり角が近づくと、進む道を案内してくれた。


「このように、私たちスマートフォンが身振りや音声でご案内いたしますので、もう、携帯電話のように、地図を見る必要はないんですよ」

 SD32が優しい声で言う。

 地図を見るのが苦手な僕には、すごく、ありがたい。



 SD32が案内してくれたのは、スマホケースの専門店だった。

 専門店が成り立つくらいだから、スマホケースにはそれだけの需要があるんだろう。


 ピンクと白で装飾されたポップな店内には、壁一面に、スマホケースが並んでいる。

 中央の棚やハンガーにも、たくさんのスマホケースが掛けてあった。


 サイズが小さいことを除けば、人間が着る洋服の店と、あまり変わらない。


「いらっしゃいませ」

 店員のお姉さんが、僕に微笑みかけて、胸ポケットのSD32を見た。

 店内には数人の客がいて、スマホに服を宛がって、選んでいる。


 そこには、ありとあらゆる種類のスマホケースが並んでいた。


 シャツにブラウスに、キャミソール。

 ジャージやパーカー。

 スカートにパンツ、ワンピース、コート。

 スーツやドレスもある。


 セーラー服とか、ブレザーの制服のあった。

 メイド服や、ロリータファッションも揃っている。

 ナース服や、警察の制服みたいな、職業を意識した服もあった。

 軍服や、迷彩服なんかもある。

 アニメや映画のキャラクターのコスプレができるスマホケースもあった。

 着ぐるみみたいなのもある。


 セールのコーナーには、季節外れのミニスカサンタのスマホケースが、80%引きで売られていたりした。


「たくさんありすぎて、どれにしようか、分からなくなってきた」

 店内を回っているうちに、めぼしいものが二、三着あったんだけど、絞れない。

 僕の財政状況から、全部買っていくわけにもいかないし。


「それでは、私が見繕ってよろしいですか?」

 SD32が言った。

「うん、お願いしようかな」

 SD32が着る服でもあるし、ここは、本人?の意見も参考にしよう。


 SD32は僕の肩から下りて、中央の棚の間をぴょんぴょん跳んだ。

 そこに陳列されているシャツやスカートを集める。

 店中を跳び回って、一揃えの服、スマホケースを、ものの五分で選んできた。


 優柔不断な僕よりも、断然、選ぶのが早い。


 SD32が選んできたのは、ラクダ色のカーディガンに、白いシャツ、ストライプのネクタイ。

 チェックのミニスカートに、紺のハイソックス、茶色のローファーだった。


「同期した携帯電話や、PCアカウントのクラウドに保存してある画像データ、ネットの閲覧履歴から、ご主人様のお好みを推察しました。これで、いかがでしょう?」

 SD32が言う。


「うん、これでいい」

 なんか、携帯とかPCに保存してある画像とか、ネットの閲覧履歴を見られてるって、僕の心の中が見透かされてるみたいで、恥ずかしい。

 でも、悔しいけどSD32が選んできたスマホケースは、僕の好み、そのものだった。


「それでは、このカーディガンとミニスカート、シャツとネクタイを購入します」

 SD32がそれらを買い物籠に入れる。

 スマホケース専門店らしく、スマートフォンの彼女が持って丁度いいくらいの大きさの買い物籠が、ちゃんと用意してあった。


「下着のほうはどうしましょうか?」

 SD32が僕に訊く。

「えっ?」

 僕は、びっくりして、店の中で大きな声を出してしまった。

 奥にいた客の中学生くらいの女子二人に笑われる。


「下着って?」

 僕は、小さい声で訊いた。

「はい、無論、私達スマートフォンに下着は必要ありません。ですが、お好みであれば、パンツとブラジャーも購入して、身に付けて差し上げますが」

 SD32が、屈託のない笑顔で言う。


「お、お願いします」

 お願いしてしまった。


 だって、ミニスカートの中、何も穿いてないのはおかしいし、これは、スマホケースであって、パンツじゃないから、恥ずかしくない。


「それでは、カーディガンとミニスカート、シャツとネクタイに、パンツとブラジャーを購入します。総額、4401円です。今回、はネットウオレットのポイントから支払います」

 僕のSD32はそう言って、レジカウンターまで、棚の上を歩いて行った。


「精算します」

 SD32が言うと、レジのお姉さんが、

「ありがとうございます」

 と、僕に向かって頭を下げた。


 お姉さんが、カーディガンやミニスカートのバーコードを読み取る。

 パンツとか、ブラジャーまで揃えてる、ってお姉さんに笑われるんじゃないかとか、意識してたけど、お姉さんは普通にすまし顔で会計した。


 SD32がレジ脇の非接触決済端末に手をかざすと、チャリーンと音がして、支払いが終わる。


 これで、スマートフォンを買ったときに貰ったポイントのほとんどを使ってしまった。

 これから欲しいアプリとかもあるし、スマートフォンには、けっこうお金がかかるみたいだ。


「ここで、着せていきますか?」

 レジのお姉さんが、スマホケースを包もうとして、僕に訊いた。

「はい」

 僕は答える。

「ご主人様、着せてくださいますか? それとも、自分で着ましょうか?」

 SD32が訊いた。


「自分で着てもらって、いいかな?」

 パンツとか、ブラジャーとかあるし、お店の中で着せたりするのは、さすがに恥ずかしい(僕の前にレジで会計したサラリーマンふうの人は、普通に店内で自分で着せていた。僕が意識しすぎなんだろうか)。


「分かりました」

 SD32が笑顔で言う。


「それでは、これを使ってください」

 お姉さんはそう言うと、スマートフォン用の試着室を用意してくれた。

 テニスボールが入っている缶くらいの円筒形の試着室で、小さなカーテンが掛かっている。

 初めてスマートフォンを買ったから、世の中にはこんなものまであるんだって、感心した。


 僕のSD32は、試着室の中に入って、カーテンを閉める。

 僕は、レジの横で、SD32が着替えるのを待った。


 服を買いに来て、彼女が試着室に入ってるときって、こんな感じなんだろうか。

 男子はこんな感じで、手持ちぶさたなのか。

 僕は今まで彼女とか出来たことがないから、分からないけど。


 やがて、カーテンを開けて、SD32が試着室から出て来た。


「どうですか?」

 SD32が、僕に見せるようにくるっと一回転する。

 ミニスカートがぱっと広がった。

 やっぱり、パンツは穿いてもらってよかった。


 カーディガンに、ミニスカート、紺のハイソックスにローファーの靴を履いたSD32は、普通に、同級生の女子を縮めたみたいに見える。


「うん、可愛い」

 SD32は、ちゃんとカーディガンの袖に手を隠して着ていた。


 これは、僕の萌えポイントだ。


 SD32は、カーディガンの袖に手を隠す女子が可愛いと思う僕の好みまで、理解している。


 ここまで知られていると、ちょっと恐い。


「立派なスマホケースを買って頂いて、ありがとうございます」

 SD32はそう言うと、カウンターからジャンプして、僕の肩に乗った。

 そのまま僕の肩に足を揃えて座る。

 定位置みたいに、そこに収まった。



「ありがとうございました」

 店員のお姉さんに送られて、僕達は店を出る。



 こうやって、スマホケースを身に付けたスマートフォンを肩に座らせて街を歩いていると、僕も、一人前のスマートフォン使いになったような気がしてくる。


「そうだ、えっと、君のこと、なんて呼んだらいいんだろう? このまま、SD32だと、なんか、味気ないし」


「そうですね。それでは、これから家に帰って、基本設定を致しますので、そのときに私の呼び名を決めてください」


 僕のSD32が、そう言って微笑んだ。

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