第18話 マナーを学ぼう

「あれじゃない?」

 園乃そののさんが運転する車の先に、いくつもの尖塔せんとうを持った大きな城が見えて来た。

 城を囲む森の木々の間に、観覧車や、ジェットコースターの骨組みも見える。


 僕たちが目指している、童話の世界をモチーフにしたテーマパークだ。



「私ここ、一回来てみたかったんだよね」

 ハンドルを握りながら、園乃さんが言った。


 園乃さんは和麻呂や花圃のたくらみには、加わっていないんだろうか。

 ただ単に、和麻呂や僕たちとのダブルデートを楽しんでるってだけなのか。


 運転初心者とか言ってたけど、園乃さんの運転は丁寧だし、うちの姉が運転する車なんかより、よっぽど乗り心地がいいし、安心できる。



 土曜日だけあって、駐車場は車であふれていた。

 エントランスからかなり離れたところに空きを見つけて、園乃さんがそこに車を入れる。



 僕たちは石組みのとりでみたいなエントランスの受付で、チケットを引き替えた。

 すべてのアトラクションに入れるフリーパスを受け取る。

 小巻さんが懸賞で当たったことになってるけど、本当は懸賞で当たったわけじゃないから、このパスの代金は、小巻さんの分も僕が負担した。

 花圃がネットで探したクーポンで、正規で買う半額くらいで買えたから、どうにか助かった。




 童話のテーマパークらしく、入ったらいきなり、園内に妖精が飛び回っている。


 妖精と言っても、ドローンアタッチメントをつけたスマートフォンなんだけど、ちゃんとスマホケースも羽が生えたそれっぽいものを着てるから、遠目には、本当に妖精が飛んでるみたいだ。


「こんにちは」

 小巻さんが、目の前に飛んできた妖精に話しかけた。


「こんにちは、ようこそ、『童話の森』へ」

 スマートフォンだから、妖精はちゃんと返事をする。

 頼めば園内の案内とかもしてくれるみたいだ。



 僕たちは、まず、その「童話の森」というゾーンから、園内を散策することにした。


 広い森の中に、童話をモチーフにしたアトラクションが、そこここに建っている。


 眠れる森の美女を題材にした、いばらに囲まれた城や、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家、赤ずきんちゃんで、お婆さんに化けたオオカミが寝ている家、子供しか入れないような、小人こびとの家もあった。


 アトラクションや、建物は、本物の森の中に立っているから、散策してるだけでも、森林浴してるみたいで気持ちいい。


 森の中にはポップコーンやチュロス、キャンディーやジュースを売る屋台もあって、売り子さんが、童話の中から抜け出して来たような格好で、それらを売っていた。


 ポップコーンを一つ買って、四人で分けて食べる。

 キャラメルがかかったポップコーンは、隠し味の塩が利いていて美味しい。


 初対面の二人と一緒で心配したけど、小巻さんは楽しそうだった。

 園乃さんが話しかけてくれて、二人はすぐに打ち解ける。


 僕の方がまだ、小巻さんと話すのぎこちないくらいだ。



 森の中には小さな野外ステージもあって、そこではブレーメンの音楽隊をモチーフにした楽団が、コンサートをしていた。


 僕たちは切り株のベンチに座って、しばらくコンサートに聴き入る。


 小巻さんの髪が風に揺れて、木漏れ日が黒髪をまだらに照らした。

 目を瞑って、音楽に聴き入っている小巻さんの横顔に、僕は、惚れ直してしまう。




「そろそろ、お昼にしようか?」

 和麻呂が言った。


 敷地の中にある広い芝生の広場に行くと、家族連れの子供が走り回っていたり、カップルがお弁当を食べていたり、それぞれ自由に過ごしていた。


 僕たちも芝生の上にレジャーシートを敷いて、その上に座る。

 和麻呂が持っていたバスケットを開けて、お弁当を広げた。


 バスケットの中に入っていたのは、おにぎりと、卵焼き、唐揚げ、ウインナーやほうれん草のごま和えなど、スタンダードなお弁当だった。


「これ、園乃さんが作ったんですか?」

 小巻さんが訊く。

「ううん。これ、和麻呂君が作ったの」

 園乃さんが言った。


 そうなのだ。


 和麻呂は、その顔に似合わず、料理が得意だった。

 遊びに行って、親がいないときは、和麻呂が台所に立って、僕の分も食事を用意してくれたりする。

 時々、新しく覚えたレシピの味見を頼まれたりもした。


「小巻さんの口に合えばいいけど」

 和麻呂が言う。

 女子達のキラキラした目が、和麻呂に注がれていた。


 なんか、ちょっと悔しい。


 やっぱり、彼女がいるやつはこういう、女子を引きつけるなにかを持っているんだろうか。

 ちょっとくらい取っつきにくい奴でも、こういうところが魅力的なのかもしれない。


 女子達の和麻呂を見るキラキラした目を見ていて、僕も、和麻呂に弟子入りして、料理くらい出来るようになっておこと、強く誓う。




「弁当食べ終わったら、別行動にしようか?」

 食べながら和麻呂が言った。


「えっ?」

 僕は思わず、おにぎりのご飯粒を飛ばしてしまう。


「気を使えよ、俺たちも少しは二人っきりでいたいし」

 和麻呂はそんなふうに言った。


 そんなふうに言いながら、僕と小巻さんを二人っきりにする、口実を作ってくれたんだと思う。


 その証拠に、和麻呂は僕に、絶対に告白しろ! って感じで、目配めくばせした。




「それじゃあ、後でまた、待ち合わせしよう」

 昼食を終えて、僕たちはそう言って別れる。


 和麻呂や、園乃さんの肩にいるスマートフォン達とも手を振って別れた。

 超子様だけ、僕に親指を突き立てて、頑張れって、言っている。



「じゃあ、とりあえずあっちの方、行ってみようか」

 僕が言って、

「うん」

 小巻さんが頷く。


 僕たちは30㎝くらいの微妙な間を開けて、歩き出した。



「………」

「………」


「………」

「………」


「………」

「………」



 まずい、沈黙が出来てしまった。


 二人になったら、急に、なんて話したらいいか分からなくなる。

 頭が真っ白になって、昨日の夜、用意していた話題が全部飛んだ。


 もちろん、こうやって小巻さんが僕の隣にいて、一緒にテーマパークの中を歩いてるのは、嬉しくてたまらないんだけど、台詞が出てこない。



「右に折れて」

 花圃が、僕の耳元でささやいた。


「こっち、行ってみようか」

 花圃の指示に従って、僕は小巻さんを案内する。


「うん」

 僕の緊張が伝わったのか、小巻さんも言葉少なだったけど、僕についてきてくれた。



 花圃が案内する通りに園内の歩道を歩いたら、その先に「亡霊の街」っていう看板が見えてきた。


 そこは、ホラーや絶叫系のアトラクションがあるエリアだ。


 今まで、カラフルだった周囲の建物が、そのエリアでは、黒や灰色の世界に変わる。


 飛んでいるスマートフォンの妖精も、角としっぽを持った小悪魔みたいな姿に変わった。

 コウモリ型のスマートフォンも空を飛んでいる。


「瑞樹君は、ホラー映画とか好きなの?」

 小巻さんが話題を振ってくれた。

「え、うん、まあ」

「そう、私も大好き」

 小巻さんが言う。


 なるほど、花圃は、小巻さんの好みに合わせて、このエリアに誘導してくれたのか。


 だけど、それには一つ問題がある。


 僕は、ホラーとか苦手で、ホラー映画とか見たら、その夜は眠れなくなったりすることもあるくらいの、へたれだってことだ。



 僕たちは「亡霊の街」の中にある魔女の家や、ゴブリンの住処すみか、絞首台や、ギロチンなんかを見て回った。


 悪魔やモンスターのオブジェもいろんなところにあって、それが怖いというより、笑えるような姿をしているから、見ていて飽きない。

 話の種にもなってくれて、小巻さんと、一つ一つ、評価して回った。


 花圃や小巻さんのみーしゃが、そのオブジェを入れて、僕たちの写真を撮ってくれる。



 小巻さんと歩きながら、僕たちと同じようなカップルに遭遇すると、少し緊張した。

 みんな、手を繋いだり、腕を絡めたりしている。

 それを見るたびにドキッとした。


 手を繋いだり、腕を絡めたりって、僕と小巻さんには早すぎるけど、他のカップルを見ると、どうしても意識してしまう。


 そもそも、僕たちはカップルに見えているんだろうか?

 そんな疑問もある。



 亡霊の街の中を散々探索してから、僕たちはその中央にある「禁断の城」っていう建物に入った。


 これがこの「亡霊の街」の目玉で、城の中はお化け屋敷になっているらしい。



 係員さんの誘導で、一組ずつ、少し時間をおいて中に入る。


 石組みの城の中は、すすけていて、時代を経たように見せてあった。

 高い天井には、蜘蛛が巣を張っている。

 コウモリがぶら下がっているし、ぽたぽたと上から水滴も落ちてきた。


 入り口から5メートルくらい進んだら、蝋燭ろうそくの明かりだけで、お互いの顔も見えないくらい、暗くなる。


「いい雰囲気だね」

 小巻さんがそんなふうに言った。

「うん」

 と、僕は余裕があるみたいに返す。

 本当は少し、尻込みしてたけど。


 薄暗い中を進むと、魔女が怪しげな薬を調合していたり、棺桶かんおけが並ぶ部屋があった。


「きゃ!」

 って、小巻さんが可愛い声を出したから、なにかと思ったら、前から首がないよろいが歩いて来る。


 足下がぶよぶよ気持ち悪いと思ったら、床に大きな百足むかでが這っていたりした。



 そんな中を歩いていたら、すっと、自然な感じで、小巻さんが僕の手を握ってきた。


 あんまり自然だったから、僕も自然に握り返してしまった。

「ごめんね」

 小巻さんが言った。相当、怖かったんだろうか。

「ううん」

 僕はそう返すのが精一杯だった。


 そのとき、僕の顔は真っ赤になっていた。

 ポスターカラーで塗ったくらい、真っ赤になってたと思う。

 あたりが真っ暗で良かった。

 小巻さんに見られずにすんだ。



 小巻さんと手を繋ぎながら、僕は、あんまり強く握ったら、壊れるんじゃないかって不安になって、力加減に気を使った。

 小巻さんの指はそれくらい、繊細だった。


 そのせいで、せっかくお化け達が怖がらせにきてるのに、それが全く目に入らなかった。

 手にばかり、意識が集中した。



 二十分くらいの行程で、出口の明るい場所に出る。


 明るい場所に戻って、僕たちは、握ったときと同じくらい、自然にすっと手を離した。



「楽しかったね」

 小巻さんが、飛び切りの笑顔で言う。


「うん」

 それはもう、楽しかった。

 女子とこんなふうに手を繋ぐの初めてだし(体育祭のフォークダンスを除く)。



「やっぱり、瑞樹君、こういうの得意なんだね。全然、怖がってなかったもん」

 小巻さんが言う。

 でも、小巻さんは勘違いしている。

 僕は、小巻さんと手を繋いでいることにドキドキしてて、幽霊とか、モンスターとか、それどころじゃなかっただけだ。



「ごめん、私、ちょっと、化粧室行くね」

 小巻さんがそう言って、出口のすぐ脇にあった、トイレの方に行った。


「うん、僕も」

 いったん別れて、僕は男子トイレの方に行く。

 小巻さんが見えなくなったところで、いきなり、花圃に怒られた。


「本当は、あんたの方から言わないと駄目なんだからね! それがマナーよ。女の子に化粧室とか言わせるんじゃないの!」

 肩の上の花圃が、腕組みして言う。


「はい、すみません」

 これには弁解の余地がない。


「それから、お城の中にいるあいだに来た、和麻呂さんからのメッセージを預かってるわ」

 花圃が言った。


「絶対に告白しろよっ、ですって」

 聞かなくても大体、内容は想像できた。


「うん、分かってる」

 僕は答える。


 僕はもう、覚悟を決めた。


 僕はこれから、僕のちっぽけな半生で、最大の勝負に出る。

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