第16話 キャンペーンに応募しよう

「ねえ、瑞樹君。もし良かったら、今度一緒に、テーマパークとか、行かない?」

 次の朝、いつもの電車の中で話していたら、小巻さんが突然、僕にそんなことを訊いてきた。


 小巻さんは、少しうつむいて、上目遣いで、探るように訊く。



 今日の小巻さんは、白いシャツに、グレーのミニスカートを穿いていた。

 暑いからと、シャツの上に着ていた水色のニットは、さっき脱いだ。

 髪を後ろでお団子にしていて、時々、真っ白な首筋が見えるから、僕はドキドキした。

 いや、小巻さんといると、ずっとドキドキしてるんだけど。



「どうかな? テーマパーク」

 小巻さんが訊く。


 突然のことで、僕が返事できないでいると、

「別に無理だったらいいんだけど」

 小巻さんはそう言って、恥ずかしそうに目を伏せた。


「ううん。誘ってもらうのとか、初めてだから、びっくりしただけで、うん、行きたい。すごく、行きたい!」

 興奮してて、声が大きくなってしまう。

 近くにいたサラリーマン風の人に、変な目で見られた。

 僕は「すみません」と謝る。


「行きたい、ぜひ、行かせて」

 今度は小さい声で言った。


「そう、良かった」

 小巻さんが、ほっぺたに笑窪えくぼを作って、笑顔で言う。



「でも、突然、どうして?」

 唐突に小巻さんが僕をテーマパークに誘ってくれるなんて、どうなってるんだ。

 姉の言葉じゃないけど、いよいよ、地球が滅亡するんだろうか。

 明日あたり、空からスペースコロニーが降ってくるかもしれない。


「うん、あのね。私のスマートフォンのキャリアが、キャンペーンやってて、うちの『みーしゃ』が勝手にその懸賞けんしょうに応募してたみたいなの。嘘みたいな話だけど、それが当たったの。それで、テーマパークのフリーパスをもらった」

 小巻さんが、肩に止まっているメイド服のスマートフォン、みーしゃの頭を撫でながら言った。


「はい、当たりました。大当たりです!」

 みーしゃが、僕と花圃に向けて笑顔で言う。


「へえ、そうなんだ」

 僕は、そう返しながら、横目で花圃を見た。

 花圃は、僕の肩の上で、してやったり、みたいな顔をしている。


 昨日の夜、花圃は、小巻さんの方からデートに誘って来るって、自信たっぷりに言っていた。

 スマートフォンの底力を見ておけ、とか言ってた。


 それがこれだったのか。


 でも、そうすると、もしかして、小巻さんが当たってっていう、そのキャンペーンの懸賞。


 怪しい。


 それは多分、仕組まれてるんじゃないだろうか。

 懸賞が当たったとかは、花圃と和麻呂で仕組んで、それに、小巻さんのスマホの「みーしゃ」が乗ったとか。

 そうじゃないと、この計画は成り立たない。


 限りなく、怪しい。


 僕はそう考えたけど、小巻さんの前だし、そんなこと、おくびにも出さないように、心がけた。


「そのパスは四人まで入場できるみたいなんだけど、二人だともったいないかな、なんて……」

 小巻さんが言う。


 僕は、そんなことないです、二人で行きましょうって、胸を張って言いたかった。

 でも、僕はデートとかするの初めてだし、そんなこと言える自信がない。


 デートを円滑に進める自信がない。

 デートで、二人っきりでどう過ごしたらいいのか、まったく分からない。

 こうやって、話しているだけでも、いっぱいいっぱいだ。



「それなら、和麻呂さんを誘ったらどうですか?」

 花圃が、肩の上から僕に言った。


「和麻呂さん?」

 小巻さんが訊く。


 花圃が、僕の腐れ縁みたいな友達、和麻呂のことを小巻さんに説明した。

 小巻さんはそんな話でも、目を大きく見開いて、興味深げに聞いてくれる。


「和麻呂さんには彼女さんがいるから、四人でダブルデートしたらどうでしょう?」

 花圃が小巻さんに提案した。


「デートって、そんな」

 小巻さんが顔を真っ赤にする。

 確かに、小巻さんはテーマパークに行こうとは言ったけど、デートしようとは言っていない。


「でも、これってデートですよね?」

 花圃が小巻さんに訊く。

 おい、花圃、いい加減にしろって、言ってやりたくなった。


「私はいいけど、瑞樹君、迷惑じゃない?」

 小巻さんが僕に訊く。


「全然、嬉しい」

 小巻さんにこれをデートって言ってもらえるんだったら、僕は光栄だ。


「それじゃあ、四人で、ダブルデートしましょ」

 小巻さんが言った。


 僕は、電車の天井を突き破って、月くらいまで行っちゃいそうだった。

 大声も出したかったけど、拳を握って我慢する。


「うん。すごく楽しみ」

 叫びたいのを我慢して、そう答えた僕の声は、震えていた。


 それに気付いたのか、小巻さんがクスクス笑う。



 そんなことを話しているうちに、悲しいかな、電車が、高校の最寄り駅に着いた。


「それじゃあ、時間とかは、またつめよう」

 小巻さんがそう言って、僕たちは手を振って別れる。



 今日も、楽しい朝だった。

 僕は、人がまばらな駅のホームで噛みしめる。


 この朝の短い時間だけで、一日の七割くらいが終わったような気がする。




「それで、これは、どうやったの?」

 学校に行く道で、僕は肩に乗せた花圃に訊いた。

 本当は、問い詰めてやりたいくらいだ。


「もちろん、小巻さんがキャリアのプレゼントに当たったとか、それは嘘よ」

 花圃はあっさりと白状した。


「キャリアのキャンペーンの懸賞けんしょうに当たって、テーマパークのフリーパスもらったのは事実だけど、もらったのは和麻呂さん。それを、小巻さんのスマホの『みーしゃ』にお願いして、彼女が当たったことにしてもらったの」


 やっぱり。


 これは花圃と和麻呂、そして小巻さんのスマホ、「みーしゃ」がグルになって、仕組んだのか。

 知らないのは、僕と、小巻さんだけだった。



「でも、彼女のスマホが、よく、こんなこと許してくれたよね」

 僕は花圃に訊いた。

 自分の主人を騙すような形になるから、それをよく、「みーしゃ」が許したと思う。


「詳しいことは守秘義務があって言えないんだけど、小巻さん、ちょっと前からいやなことが続いていて、気持ちがふさいでたの。だから、彼女のスマートフォンも心配してて、どこかに出かけて、気晴らしになればって思ったみたいよ。彼女のスマートフォンは、あなたのことも信用してるし。ちょっと、任せてみようって考えたみたい」

 花圃が言う。


「ふうん」

 信用してもらえてるのは、嬉しいけど。

 だけど、小巻さんにいやなことがあったって、それ、なんだろう?


 ちょっと気になる。


 まだ、こうして話したことがないとき、小巻さんがドアの側で外を見ながら、達観したような顔をしていたのも、その、「いやなこと」のせいなんだろうか。

 それが、小巻さんをあんな寂しげな顔にしていたのか。


 朝、話すようになったし、ダブルデートに行くことにもなったけど、僕はまだ、小巻さんのこと、全然知らない。




「瑞樹、良かったな!」

 通学路で後ろから聞こえる声は、もちろん、和麻呂だ。


「和麻呂、もう知ってるのか?」

 さっき、電車の中で起きたこと、なぜ、知ってる?


「花圃ちゃんから聞いたよ。うちのスマホ、超子とうこ様に電話が掛かってきた」

 和麻呂が言う。


 花圃は僕と話しながら、バックグラウンドで、和麻呂のスマホに電話をかけて、そっちとも会話をしてたのか。


 今更ながら、スマートフォンってすごいと思う。


「まあ、楽しいダブルデートにしてやるから、大船に乗った気持ちでいろよ」

 和麻呂が、自信たっぷりに言った。


「楽しみにしてるがいいわ!」

 和麻呂のスマホ、エナメルのボンデージファッションの超子様も言う。


 なんか、ちょっと、心配になってきた。

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