第12話 勇気を出してみよう

「連絡先って、どうやって聞き出したんだ!」

 昼休みまで待って、僕は花圃を問い詰めた。


 登校中の出来事から、すぐにでも花圃に話を聞きたかったけど、人前で堂々とできるような話じゃないし、僕は、モヤモヤしながら授業を受けて、昼休みを待った。

 四時間目が終わると、僕は弁当を素早くかき込んで、人気ひとけのない社会科資料室に花圃を持っていく。

 そこで花圃を問い詰めた。



「まあまあ、そんなに慌てないでよ」

 花圃は、僕を落ち着かせるためか、静かに言う。

 社会科資料室の本棚の上に立って、僕と視線を合わせた。


 本や段ボールが山積みされた資料室は、少しカビ臭い。

 誰も入ってこないとは思うけど、一応、入り口のドアには鍵をかけた。



「どうやって、彼女の連絡先、聞き出したの?」

 今度は、なるべく感情を抑えて訊いた。


「普通に、彼女のスマートフォンと通信したのよ。それで電話番号とメールアドレスを教えてもらったの」

 花圃は、当然って感じで言う。


「ハッキングとか、そんなことはしてないよね」

 電車で彼女に近づいていって、無理矢理情報を盗み出したとかだったら、大変だ。


「もちろんよ! 合法的に彼女の連絡先を手に入れたの。大体、私達スマートフォンは、違法行為は出来ないようにプログラムされてるんだから。改造でもしない限り、ハッキングなんて、出来ないわ」

 失礼しちゃうわね、と花圃が言う。

 そう言って、僕に対して、べーって舌を出した。


「でも、彼女のスマートフォンは、そんな簡単に、連絡先を教えてくれたの?」


「そうよ」

「まさか」


 見ず知らずのスマートフォンに、いきなり連絡先とか、教えるわけがない。


「だって、こっちの情報を全部さらけ出して、あんたが危険人物じゃないってことを、証明したんだもの。それは教えてくれるわよ」

 花圃が言った。


「えっ?」


「私がつかんでる、あんたの情報を全部見せたの。ネットの閲覧履歴、アドレス帳、SNSでの発言、クラウドに保存した写真、ネット動画の閲覧履歴、ネット通販での購入履歴、昔密かに書いていた黒歴史の『詩集』まで、全部ね。それを彼女のスマートフォンに公開して、あんたが危険人物じゃないことを証明したの。だから向こうも安心して、連絡先を教えてくれたってわけ」

 花圃が当たり前のように言う。


 ちょっと待って。

 花圃は今、とんでもないことを口走ったんじゃないだろうか。


 僕の、情報を全部公開した?

 ネットの閲覧履歴から、黒歴史の詩集まで?


「嘘だよね」

「本当よ。本当の中のホント」


 終わった……


 もう、あの電車には乗れない。

 僕の情報全部が、彼女に知られてしまったなんて、恥ずかしくてもう、彼女の前には立てない。

 それどころか、彼女の視界にも入れない。


 この人、あんなサイト見てるんだ、とか、あんな買い物してたんだとか、思われたら、恥ずかしくて倒れそうだ。


 この人、あんな『詩』を書いてたんだ、とか思われたら、もう、恥ずかしくて生きていけない。


 あれは本当に黒歴史で、中二病の僕が、勢いに任せて書いてしまったものなのだ。

 今の自分では見られないくらいの詩だ。


「もう、駄目だ……」

 花圃を怒る気にもなれなかった。

 食べたばかりの弁当が、喉の辺りまでこみ上げてくる。



「ちょっと、あんた、なに勘違いしてるの? 安心しなさい。私が公開したのは、彼女のスマートフォンにであって、彼女に公開したわけじゃないんだから」

 落ち込む僕を見て、花圃がちょっと笑いながら言った。


「へっ?」


「彼女のスマートフォンは、私が公開した情報からあんたの全てを知って、あんたが危険人物じゃないって判断したけど、その情報に彼女自身はアクセス出来ないの。私達スマートフォンには、守秘義務があるから」

 花圃は、守秘義務しゅひぎむと、そこに力を入れて、丁寧に言った。


「守秘義務?」


「ええ、職務上知り得た情報を、漏らすことが出来ないっていうのが『守秘義務』。私が公開した情報は、あんたの素性すじょうを把握することだけに使われて、他には使えないの。そして彼女のスマートフォンだけが閲覧出来るの。もちろん、スマートフォンの主人である持ち主にも、漏らせない。人間なら買収されたり、誘惑されて漏らすこともあるかもしれないけど、私達スマートフォンは、プログラム的にそれができない。だから、情報は絶対に守られるの」


「ホントに?」


「ええ。だから私も、相手のスマートフォンが公開した、彼女に関する情報にアクセスしたわよ。私も、彼女の全てを知ってる。彼女がどんなサイトにアクセスしてるか。どんな本を読んでるか。ネット通販でどんな買い物してるか、とかね。通販で服を買ったときの情報から、彼女の体のスリーサイズだって分かるわよ」

 花圃が言う。


「でも、残念でした。守秘義務があるから、あんたにそれを教えることは出来ないわ」

 花圃はそう言って、僕の鼻先で人差し指を振った。


 いや、別に僕はそれを聞こうとはしてないけど……



「私が公開できる範囲で言うと、彼女は良い子よ。今、彼氏はいない。過去に派手な交際もない。あんたの交際相手になってくれる可能性は、十分あるわね」


「へえ、そ、そうなんだ」

 彼氏がいないって聞いて、なんだか、顔がほころんでしまった。

 別にそれで、僕がどうこうできるわけじゃないのに。


「それから、他にも公開してもいい情報を教えてあげると、彼女は高校生よ」

 電車の中で参考書とか、教科書を見てたからそうだと思ってたけど、やっぱりそうだったのか。


「そして、彼女の名前は、高橋たかはし小巻こまきさんっていうの」


「高橋、小巻さん……」

 僕は思わず呟いていた。


 なんか、綺麗な響きだ。

 儚げだし、彼女にぴったりの名前な気がする。

 小巻って、呼びやすいし。


 電車の中で、ずっと見てるだけだった彼女の名前を知っただけでも、感動モノだ。

 一ミリくらい、彼女に近づいた気がする。


 それだけで、スマートフォンの花圃を買った元をとったかもしれないって、それは言い過ぎか。



「どう? ちゃんと私たちスマートフォンの仕組み、理解した?」

 花圃が、上から目線で言った。


「はい、理解しました」


「まったくもう、しっかりしてよね! あ、あんたのこと、応援してるんだから!」

 ツンばかりじゃなくて、しっかりデレの部分も見せてくれる花圃は、完璧だ。



 それにしても、スマートフォンには、そんな機能もあったのか。

 電車での、あんなに短い間に、情報を交換して、その情報から僕の人となりを判断して、連絡先を公開していいと判断を下す。


 そうなると、人当たりが悪い、ぶっきらぼうな和麻呂に彼女がいるのも、スマートフォンのおかげなんじゃないかと、僕はそんなことを考えた。

 そうやってスマートフォンが間に入ってくれたから、和麻呂にも彼女が出来たのかもしれない。


 そうだとしたら、僕は、もっと早くスマホ買っておけばよかった!

 もっとバイトしてでも、借金してでも!



「それじゃあ、電話、かけましょうか」

 花圃が言った。

 花圃は、腰に手をやって、足を肩幅に開いて、ポーズを決めている。


「えっ?」


「えっ? じゃないよ。せっかく私が連絡先をゲットしてあげたんだから、彼女に電話しなさいよ。電話番号教えてもらっておいて、電話しないなんて、それこそ、彼女に失礼でしょ」

 花圃が眉間に皺を作って言った。


「でも……」


 女性の電話番号を、母と姉しか登録してなかった僕は、当然、女の子に電話かけたことなんてない(クラスの連絡網の電話を除く)。

 そもそも、電話でなにを話したらいいのか、分からない。

 なんて切り出したらいいか、分からない。

 会話を持たせる自信がない。



「ほら、うじうじしてないで、電話しなさいよ! あんた、それでも私の主人なの!」

 花圃が棚から僕の肩に飛び移って、僕の頬にキックした。

 花圃は全然痛くないキックを、ぺしぺしと何回もする。


「勇気を出しなさい!」

 花圃が、人差し指をビシッと僕に向けた。


「ここが、あんたが幸せな高校生活を送れるか、寂しい高校生活になるかの、分かれ道よ!」

 花圃が厳しいことを言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る