第30話 オフ会を開こう

 姉は、「魔法のメイド プリズムみーしゃ」のファンサイトに「黒板消し」というハンドルネームで書き込む常連だった。

 よく話を聞いてみたら、知らないうちに、ハンドルネーム太巻さん、つまり、小巻さんと、何度もやり取りをしてたらしい。


 お互い、プリズムみーしゃのファンだけに、濃いところで話が合ってたみたいだ。

 姉がこのサイトを見つけて書き込むようになったのが二年くらい前で、その頃には太巻というハンドルネームの人がいたらしいから、姉は僕より前に小巻さんを知っていたことになる。


「まあ、プリズムみーしゃのファンに悪い人はいないよ。あんたの彼女も、良い子だね」

 姉はそんなふうに言った。


 前は、僕が騙されてるとか、高い絵を買わされそうになってない? とか、失礼なこと言ってたくせに。



 姉には、普段と変わらないように、慎重に書き込みを続けてもらった。

 急に小巻さんに対する書き込みを増やしたり、積極的に絡んでいったら怪しまれると思ったのだ。


「それくらい、分かってるわよ」

 姉に注意したら、そんなふうに怒られた。




 掲示板でのやり取りを続けてもらう中で、書き込みから、少しずつ、小巻さんの今の状況が分かってきた。


 小巻さんは、引っ越しをしたけど、あまり遠くには行っていない(少なくとも、同じ県内にはいる)。


 掲示板にこうして書き込みが出来るくらいには、落ち着いている。


 自分が受験生みたいなことを匂わせてたから、引っ越し先でまた、予備校とかで勉強を続けている可能性がある。


 そんなことだ。


 僅かな情報だけど、小巻さんが無事に暮らしているのが分かって、少しだけ、本当に少しだけ安心した。


 もちろん、掲示板の書き込みだけだし、その書き込みをしてる太巻さんが、小巻さんだっていう確証はないんだけど。




「そろそろ、誘ってみようか?」

 二週間くらい、そのままで探ってもらってたら、姉がそんなふうに持ちかけてきた。


「掲示板にオフ会しませんかって書き込んで、彼女の反応見てみようよ」

 ベッドに寝っ転がって、ノートパソコンを開いている姉が言う。


 僕は、姉の横からパソコンの画面を覗いていた。

 ここのところ、こうやって姉がプリズムみーしゃのファンサイトに書き込むのを一緒に見るのが、僕の日課になっている。


 花圃と、姉のスマートフォン、ミズキも、パソコンの両脇で画面を見ていた。



「彼女があんたの前から姿を消して、三週間くらいになるし、彼女も引っ越し先で落ち着いたんじゃない? もうすぐ夏休みだし、それにかこつけて誘ってみるなら、タイミングもいいし」

 姉が言う。

 画面の横で女の子座りしている花圃も頷いた。


「うん、そうだね……」

 突然だったし、僕は生返事をする。


「なによ、はっきりしないわね」


 だって、掲示板で呼びかけたって、小巻さんが誘いに乗ってくるか分からない。

 そして、もし、乗ってきたとして、僕は小巻さんと、どんな顔をして会えばいいんだろう?


 それに、小巻さんが僕に何も言わないでいなくなったのを、僕達は彼女のお母さんの元結婚相手から逃げるためだって考えてるけど、ただ、それだけじゃないかもしれない。

 僕が頼りなくて、失望したっていうのも理由の一つかもしれない。

 小巻さんが、僕に愛想が尽きただけなのかも……


 そんなことを考えると、尻込みしてしまう。


 和麻呂が、「追いかけすぎると、こっちがストーカーみたいになるぞ」って言ってたのも気に掛かったし。



「どうするの? 誘うの? やめるの? 瑞樹、あんたが決めなさい!」

 寝っ転がってる姉が、足で僕を突っつきながら言った。

 自分の部屋とはいえ、キャミソールにショートパンツの姉の格好は、無防備すぎる。



「それじゃあ、誘ってみて」

 僕は押されて、決心した。


「よし、分かった!」

 姉はそう言うと、すぐに掲示板に書き込みを始める。



 今度、オフ会やりませんか?


 私○○県に住んでいます。

 「プリズムみーしゃ」の話で盛り上がったり、カラオケで主題歌歌ったりしましょう。


 私でよければ、幹事やります。

 興味がある方は教えてください。



 姉は、そんなふうに書いて、投稿する。



「まあ、これに小巻さんが乗ってくれるかどうかは分からないけど、気長に待ちましょう。反応がなかったら、他の方法を考えるし」

 姉はそんなふうに言った。


「他の方法って?」


「うん、たとえば、グッズの話をして、交換しようって持ちかけるとか。プリズムみーしゃって、DVDにもブルーレイにもなってないから、私が持ってる録画の上映会しませんか、とかさ」

 姉が言う。


「姉ちゃん……」

 姉が、色々と考えてくれてるのを知って、なんか、目が潤んでしまった。


「なによもう、泣いてる場合じゃないでしょ」

 姉はそう言って僕の髪をくしゃくしゃにする。




 姉がオフ会の投稿をしてから三日の間に、六人が参加したいっていうメッセージを掲示板に書き込んだ。


 ほとんどが県内や近隣県の人からだったけど、一人だけ、遠くからでもぜひ参加したいっていう、気合いが入った人もいた。

 みんな、古くからファンサイトに書き込んでいて、「プリズムみーしゃ」への愛情がハンパない人達だ。

 昔のすごくマイナーなアニメなのに、それだけの人が参加したいって書き込むのが不思議だった。

 あのアニメに、なにかそれだけ人を惹きつけるものがあるんだろうし、姉がこの掲示板に古くから書き込んでいることで、信用された部分もあるんだろう。


 でも、残念なことに、小巻さんらしいハンドルネーム、太巻さんからの反応は、なかった。



「最初だから、警戒してるのかもね。まあ、二回、三回って、オフ会やってれば、そのうち信頼してくれるかもよ」

 姉は、がっかりした顔をした僕を、そう言って慰める。


「だけど、このメンバーなら、小巻さんのこと抜きにしても、行きたいよ」

 姉は僕と小巻さんのことそっちのけで、オフ会にノリノリだった。

 みんな、昔からそのサイトにいる常連らしい。


 さすが、大学で合コンに行きまくってる姉は、幹事とか手慣れてるみたいで、スマートフォンのミズキと一緒に、会場選びとか、参加する人への連絡とか、手際よく進めた。


「瑞樹、あんたも参加しなさい」

 オフ会の準備をしながら姉が言う。


「えっ?」


「小巻さんのことばっかで気が滅入っちゃうよ。ちょっとは外出ないと」

「だけど……」

 掲示板の人達とは初対面だし、僕は、姉みたいにネットを通じての交流もない。


「あんたもプリズムみーしゃは全部見てるんだから、みんなと話せるでしょ?」

 確かに、僕は姉に無理矢理、見せられてるから、話はできる。

 姉が録画したのを何回も見て、一部の場面の会話は暗記してるくらいだ。


「これは命令よ」

 姉が言う。

 姉がこう言ったら、僕にはもう、断る権利はなかった。


「私達が姉弟なのも隠すし、私もあんたも偽名で参加すれば、小巻さんが後でオフ会の話を目にしても、気付かれないでしょ。プリズムみーしゃ好きに悪い子はいないから、そこでまた新しい出会いがあるかもしれないよ」

 姉は、そんなふうに言う。


 小巻さんみたいな人がそうそう現れるとは、思えないけど……



 その後も参加したいって人が何人か現れて、なるべく多くの人が参加できる日程を、って姉が調整した結果、結局、オフ会には、僕と姉を入れて、十六人が参加することになった。


 ギリギリまで待ってみたけど、やっぱり小巻さんらしい人は参加しなかった。


 姉は、会場に少し余裕を持たせて予約して、


 当日参加も、一、二名ならOKです。

 連絡ください。


 って、メッセージを残して締め切った。





「そんなわけで、小巻さんらしき人とは、まだ接触できてない」

 昼休み、学校で報告すると、和麻呂は、

「そうか」

 と、腕組みして渋い顔をした。


「俺のほうも、全然手掛かりなしだ」

 和麻呂は言う。

 和麻呂は、超子様や笑子さんと一緒に、家で色々と調べてくれてるらしい。


「これだけ調べて何も情報が出てこないんだから、小巻さんは相当気を使って生活してるな」

「うん」

「それだけ用心してると、やっぱり、オフ会になんか、のこのこと出てきてくれないのかな」

 和麻呂が言って、僕達は二人でため息を吐いた。


「でも、俺は、みんなで海行くの諦めてないから」

 和麻呂が言った。

 小巻さんが消える前に、和麻呂が立てていた海に行く計画。

 僕達の二回目のダブルデート。


「園乃も楽しみにしてるし」

 和麻呂はそう言って、僕の肩を叩く。





 そんなふうにして、小巻さんがいなくなってから一ヶ月が過ぎた、オフ会当日の金曜日。


「瑞樹!」

 僕が学校から帰って玄関のドアを開けたら、姉が二階からものすごい勢いで下りてきて、僕に飛びついた。


 姉に抱きつかれてちょっと苦しい。

 背中に何か当たると思ったら、姉がノートパソコンを手に持っていた。


「瑞樹! これ見て!」

 姉が、僕にノートパソコンの画面を見せる。


 ブラウザに表示してあるそのページは、もちろん、あのファンサイトだ。


「ほら! ここ、ここ!」

 姉は掲示板の書き込みの一つを指す。


(ハンドルネーム、太巻です。突然ですが、行けることになりました。当日参加のメンバー埋まってなかったら、参加させてください)


 そこには、ハンドルネーム太巻さんからの、そんな書き込みがあった。

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