第3話 基本設定をしよう

「まずは、Wi-Fiの設定をしましょう」

 僕のスマートフォン、SD32が言った。

「設定したWi-Fiの圏内に私がいるときは、そちらを優先してネットにお繋ぎします」


 スマホケースのショップから家に帰って、夕飯の後さっそく、SD32の基本設定をする。

 無線ルーターがある父の部屋に行って、ルーター底面のバーコードをSD32に読ませ、パスワードを教えた。

 それであっけなく設定は終わる。



「次に、消音時のバイブ設定です」

 カーディガンにミニスカートのSD32は、家の中ではローファーを脱いでいた。

 僕の机の上に、SD32のローファーが揃えてあるのは、シュールな光景だ。


「レガシーな携帯電話のように、消音時、振動して知らせることも出来ますが、私達スマートフォンには手がありますので、ご主人様の服を引っ張ったり、体を突っついたりして、音や声を出さずに着信やメールの受信を知らせることが出来ます。いかが致しましょう?」

 SD32がいた。


「うん、そうだな。それじゃあ、消音のときは、服を引っ張って知らせて」

 僕はそう頼む。

 突然、突っつかれたらびっくりするかもしれないし、ねえ、ねえって、服を引っ張って教えてくれるのは、なんだかいい感じだ。


「かしこまりました。では、消音時には、ご主人様の服を引っ張ってお伝えします」

 SD32が丁寧に頭を下げた。


「次に、音声はいかがいたしますか? 今私が喋っているのが標準の声で、弾んだ高い声と、落ち着いた低い声に変えられます。有料ですが、殆どの有名声優の声をラインナップしたライブラリもありますので、そこから選ぶことも出来ます」


 声優さんの声か……

 それにはすごく惹かれるけど、金欠で、今はそっちに手を出す余裕がない。


「今の声のままでいいよ。すごく良い声だし」

 標準でついている声だからか、よく通って耳に心地いい。

「ありがとうございます。それでは声は、このままに」


 今月のお小遣いが入ったら、声優さんのライブラリを見て、色々試してみよう。



「それでは、次に私の性格を設定しましょう。只今の性格が、標準設定の『礼儀正しい従順タイプ』ですが、性格や、話し方は変えられます」


 性格も、話し方も変えられるのか。

 この機種を勧めてくれた友達の和麻呂が、自由にカスタマイズ出来るって言ってたけど、本当にその通りだ。


「たとえば、どんなのがあるの?」

 僕は訊いた。


「そうねぇ、こういう、艶っぽい、お姉さんタイプもあるわよ。あなたに甘い声で、囁いてあげるわ」

 SD32が、しなを作って言った。

 表情まで大人っぽく変わったような気がする。


 でも、お姉さんは一人で十分だ。

 僕はその一人だって、持て余しているのに。


「それなら、妹タイプはどうかな? お兄ちゃん」

 SD32が、今度は後ろに手を組んで、首を傾げて言った。


 お兄ちゃん、だと……


 なんて素敵な響きなんだ。

 毎日、姉に虐げられている僕は、妹がいたらって、どれだけ妄想していたことか。


「私がずっと側にいてあげるよ。お兄ちゃん」

 SD32はさっきより幼い仕草で、僕を上目遣いで見詰めてくる。


「これは、キープで」

 他にもどんな性格があるのか、知りたい。


「僕っ子タイプもあるよ。今の僕みたいに、自分のことを僕って言って、男の子みたいなしゃべり方をするんだ。君はこういうの、嫌かい?」

 SD32が言った。

 僕っ子もいいな。

 髪をポニーテールにしたり、ショートカットにしたら、似合うかもしれない。


「ねえ、ねえ『みずりん』、不思議ちゃんタイプは、どうなのかにゃ?」

 今度はSD32が、机の上で僕の指を引っ張って言った。

「ほえ?」と言いながら、どこか空中を見ている。


 不思議ちゃんかぁ。


 不思議ちゃんは可愛いけど、スマートフォンは毎日使うものだし、毎日肩に乗せていたら、ちょっとうざく感じることがあるかもしれない。

 それに、『みずりん』って……



「さっさとこの『ドSタイプ』の私を選びなさいよ、この愚鈍ぐどんが! それとも、私にさげすんでもらいたくて、わざとのろのろしているのかしら? ただし、この『ドSタイプ』は有料よ。せいぜい私にみつぎなさい」

 SD32が、鞭で叩く素振りをして言った。

 一瞬、心がグラッときたけど、ドSタイプは遠慮しておこう。


 それにしても、声だけじゃなく、性格にも有料コンテンツがあるのか。



「あの、ツンデレってないのかな?」

 今度は僕から訊いてみた。


 ツンデレって、ラノベとか、アニメとかではよく登場するけど、現実ではツンデレの女子って会ったことないし、一度、ツンデレちゃんと会話してみたかった。


「ツンデレ、ございます」

 SD32が言った。

「有料?」

「いえ、標準ライブラリにございます」

「それじゃあ、ツンデレにしようかな」

 僕が言うと、

「設定はいつでも変えられるから、気に入らなければ変えればいいのよ。ツンデレにすればいいじゃない」

 SD32がすぐに変わった。

 もうツンデレのツンの部分を出している。

「そうだね、じゃあ、ツンデレにする」

「そっ。べ、別に、選んでもらって嬉しいってわけじゃ、ないんだからね!」


 ホントにツンデレだ。


 SD32が言う通り、気に入らなければ変えればいいんだし、しばらくこれで試してみよう。



「それじゃ、次にスリープ状態になるまでの時間を設定するわよ。標準では五分指示がないと、私はスリープ状態に移行するんだけど、どうするの?」

「五分くらいでいいかな」

「そっ、じゃあ五分ね。それで、スリープ状態のときの私のポーズはどうするの? 正座で座ってるとか、体育座りとか、うつぶせに寝て頬杖ついてるとか、色々ポーズを選べるけど」

 そこまで細かい設定をするのか。

「スリープのポーズにも、有料のとか、あるの?」

「ええ、あるわよ。女豹めひょうのポーズとか、有料よ。ちょっと、あんた、私にそんなポーズさせる気!」

 SD32は腰に手を当てて、プリプリ怒る。


 学校とかにも持っていくし、人前で女豹のポーズはちょっと恥ずかしい。


「女の子座りで座るっていうのは、出来る?」

「出来るけど」

 SD32は、そう言うと、膝を折って女の子座りでその場に座った。

 こんなポーズができるなんて、関節、すごい可動域だ。


「うん、可愛い。それにする」

 僕が言うと、

「か、可愛いとか、ば、ばっかじゃないの!」

 SD32はぷいって横を向いて、頬を膨らませた。

 ほっぺたがほんのり赤くなっている。

 中にLEDでも仕込んであるんだろか。


 とにかく、このツンデレをプログラムした人、GJ。


「じゃあ、スリープ状態のときは、こうして座ってるわね。あなたの声は認識してるから、もう一度呼びかけてくれれば、すぐにスリープから復帰するわ」

 SD32はそう言って立ち上がる。



「大体これで、普通に使えるわね。他の細かい設定は、必要になったとき、その都度教えてあげるわ」

 SD32が腕組みで言った。

 もうすっかり、ツンデレが板についている。


 ツンデレになったけど、カーディガンの袖で手を隠す僕の萌えポイントは、ちゃんと押さえてくれていた。



「それで、私の名前は、決めたの? 私のこと、なんて呼ぶの? 変な名前にしたら、許さないんだから」

 SD32が言った。


「そうだなぁ」

 僕はそこで、小一時間悩んだ。

 悩んでいる間、母が風呂に入れとうるさい。


 優柔不断な僕は、いつもそうだ。

 ゲームで名前つけるときとか、中々決められずに迷って、結局ゲームを始められなかったりする。


「あんたが好きなアニメのキャラの名前とか、つけとく?」

 SD32が言った。

 それはありがちだし、人前で呼ぶときとか、恥ずかしいかも。


「それじゃあ、あんたの初恋相手の名前、文香ふみかとか?」

「そ、それは駄目だ!」

 大声を出して、取り乱してしまった。

 隣の部屋の姉が、壁ドンしてくる。


「なんで、僕の初恋の相手、知ってるんだ!」

 僕はSD32に訊いた。

 自分で訊いておきながら、それは愚問だとすぐに理解する。

 SD32には、僕のネットの閲覧履歴とか、全部見られていた。

 僕が時々、彼女の名前をネットで検索してることは、知られてるんだ。


 いまだに彼女のFacebookとか、チェックしてることも。


「ばっかじゃないの。今更、恥ずかしがっても、しょうがないでしょ」

 SD32が言う。

 ごもっともです。


「それじゃあ、私が勝手に自分の名前つけるわよ。そうね、花圃かほなんて、どう?」


 花圃かほ……


 いい感じだ。

 なんか、聞いたことがあるような、記憶の底にあるような響き。


「それにしよう」

 思い出せないけど、僕にはどこか懐かしいこの名前がしっくりきた。


「それじゃあ、これから私のことは花圃って呼びなさい。いいわね」

「はい、分かりました」


 あれ、いつのまか、主従が逆転している。


 やっぱり、ツンデレから標準の「礼儀正しい従順タイプ」に戻すべきだろうか。


 でも、正直この感じも悪くない。

 ってゆうか、大好物なような……



 僕がそんなことを考えていたら、机の上に腕組みして立っていたスマートフォンの花圃が、突然、ふっと、膝から崩れた。

 そのまま、糸が切れた操り人形みたいに、机の上にうつぶせに倒れる。


「花圃! 花圃ちゃん!」

 僕は慌てて両手で机から花圃を持ち上げる。

 さっきまで元気に動いてた、スマートフォンの花圃が、プルプルと細かく振動していて、表情も消え、無表情になった。

 生き生きとしていた仕草がなくなって、機械の塊に戻る。


 いきなり、故障したのか?

 設定が終わって、愛着も湧いてきたのに、いきなり。


「花圃!」

 僕が大声で名前を呼んで、もう一度、姉の壁ドンを食らった。

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