僕のスマートフォンが有能すぎる

藤原マキシ

第1話 パッケージを開けて、内容物を確認をしよう

 学校から帰ると、ダイニングテーブルの上に荷物が届いていた。


瑞樹みずき、それ、あなた宛てよ」

 キッチンで夕飯の支度をしていた母が言う。


「何それ? また、ネットで変なもの買ったの?」

 ダイニングテーブルで、母の手伝いでエンドウ豆の筋を取っていた姉が訊いた。

 僕より二つ上で、今年大学生になった姉。


 弟の僕が言うのもなんだけど、ショートボブの姉は、色黒でスポーツ少女みたいで、ちょっと可愛い。

 だから、口が悪いのが余計に憎らしかった。


「スマートフォンだよ。ネットで買ったやつが、今日、届いたの」

 僕はテーブルの上の段ボール箱を手に取った。

 箱は、中に何も入ってないみたいに軽い。


「へえ、あんたもついに、スマホデビューか」

 姉が言った。

 姉のパーカーのポケットから、スマートフォンが顔を出している。

 ちょっと先にケータイからスマホに替えたからって、偉そうに。


「瑞樹、おやつは?」

 母が訊いた。

「いらない」

 僕はそう言って、段ボールの小包を持って、二階に上がる。


「あんまり夢中になるんじゃないのよ!」

 母のそんな言葉が、僕を追った。




 二階の自分の部屋に入ると、僕は制服のブレザーを脱いでネクタイを緩め、着替えもせずに段ボール箱を開けた。

 緩衝材の発泡スチロールの中から取り出したスマートフォンの化粧箱を、机の上に置く。


 箱は白地に銀で箔押ししてあって、高級感があった。

 69800円もしたんだから、これくらい高級感があっていいと思う。


 カッターで箱のシールを切って蓋を開けた。


 箱の中には、スマートフォン本体と、ワイヤレス充電器、そして、一枚のカードが入っている。


 カードには、


 背面のスイッチ長押しで起動します。


 とだけ書いてあって、それ以外の記述はなかった。

 他に、説明書とかもない。

 説明書はスマートフォンの中にあるから、それを参考にしろ、ってことなんだろう。


 僕は早速、スマホを裏返して、背面の米粒くらいのボタンを長押しした。

 本体は冷たい金属の質感で、中が詰まっているのか、手にずっしりとくる。


 机に置いてしばらく待っていると、「ポーン」と起動音がして、スマホが上半身を持ち上げた。

 きょろきょろと辺りを見回したあと、足を曲げて、ゆっくりと立ち上がる。


 スマートフォンは机の上でくるっと一回転して、僕のほうを向いた。

 一回転したから、長い髪がふわっと弧を描いて揺れる。


「SD32起動しました。システム、オールグリーン」

 スマートフォンが言った。


「初めまして、ご主人様」

 スマートフォンはそう続けると、右足を後ろに下げて、膝を折って、バレリーナみたいなお辞儀をする。

 そして、口角を上げて僕に笑顔を見せた。


 僕が買ったスマートフォン、iotaイオタ phoneフォンのSD32。


 身長は16㎝くらいだろうか。

 ちょうど、僕の本棚に飾ってある1/10フィギアくらいの背の高さだ。

 長い黒髪がウエストの辺りまで伸びている。

 胸もお尻も、大きすぎず小さすぎず、すらっとした細身の体型。

 顔は、目が大きくて、眉がキリッとしていて、人懐こそうだ。

 ぷくっとした唇で、口には、しゃべると覗く歯まで、しっかりと造形してあった。


 手足の関節はもちろん、指の関節の一本一本まで、細やかに動く。


「この度はわたくし、SD32を迎えて頂きまして、誠にありがとうございます。ふつつか者ですが、これから、末永く、よろしくお願い致します」

 SD32が、透き通った流暢な日本語で言った。

 この声は某有名声優の声のサンプルからリアルタイムで生成してるってことだけど、確かに、聞き覚えがある声をしている。


「こ、こちらららこそ、よろしく」

 スマートフォンと会話をするのは初めてだから、いきなり噛んでしまった。

 噛んだことについて、スマートフォンは笑顔でスルーしてくれる。


「それでは、まず、ご主人様の携帯電話と同期しますので、今まで使っていた携帯電話をお借りできますか?」

 スマートフォンが、机の上から僕を見上げて丁寧に言った。


「ああ、うん。ちょっと待って」

 僕は、学校に持っていってるバッグから、携帯電話を出す。

 二年前に親に買ってもらった機種で、今ではバッテリーもすぐになくなっちゃうし、表面も液晶画面も、細かい傷だらけだ。


 この携帯電話にも愛着はあるけど、周りはもう、みんなスマホに替えてるし、機能的にも古いし、早く乗り換えたかった。


「ありがとうございます」

 僕が携帯電話を机の上に置くと、SD32は、その上に手をかざした。

 携帯電話のアクセスランプが点滅してるから、非接触通信で、同期してるみたいだ。


 同期は、あっという間、五秒くらいで終わった。


「携帯電話からSIMカードを抜いて、破棄してください。キャリアへの手続きは完了しています」

 さすがスマートフォン。

 これで引き継ぎが全部終わっちゃうなんて、すごくスマートだ。


「PCのアカウントとも、同期しますか?」

「うん、お願い」


 僕がノートパソコンを立ち上げて、アカウント管理のページを出すと、SD32はそこに表示されたQRコードを両目のカメラで読み取って、PCのアカウントとも同期した。

 これで、PCのアカウントのほうに来たメールも読み上げてもらえるし、クラウドのファイルにもアクセスできる。


「それではまず、開通を確認するために、お友達に電話をかけてみましょう」

 SD32が言った。

「うん、分かった」

「お相手は、どなたになさいますか?」

鈴木すずき和麻呂かずまろにする」

 鈴木和麻呂は小学校から高校まで一緒の、腐れ縁みたいな友達だ。

 スマートフォンマニアで、スマホを五台も持っていて、僕に、この機種を勧めてくれたやつだ。


「鈴木和麻呂様ですね。かしこまりました」

 SD32はそう言うと、手足を使って僕の体を登って、肩にとまった。

 そして、僕の耳元に口を寄せる。

 顔に近づくと、SD32から、新しい家電製品を買ったとき特有の、溶剤の匂いがした。


「なんだ瑞樹?」

 SD32の口から、友達の和麻呂の声が聞こえる。

 電話はもう繋がっていた。

 同期した携帯電話の電話帳は、間違いなく、SD32に転送されている。


「ああ、もしもし」

 パソコンのディスプレイの反射を見ると、SD32が僕の耳元に口を寄せて、告げ口しているように見えた。

 まるで僕が、妖精かなんかに耳打ちされているみたいだ。


「スマートフォン、届いたんだ。教えてもらったSD32買ったよ」


「おお、そうか! おめでとう。それ、ホントにいい機種だぞ。iota phoneって、メーカーはマイナーだけど、カスタマイズが自由に出来るし、MODも入れられるし、いじり甲斐がある最高の機種だ。でも、高かっただろ」

 和麻呂も今、僕と同じようにスマートフォンを肩に乗せて、この会話をしてるんだろうか?


「うん、貯めてたお年玉と、バイトのお金、つぎ込んだ」

「まあ、その価値はあるよ」

 女子の顔のSD32が、僕の耳元で和麻呂の声で言うのは、やっぱり奇妙だ。


 これも、このスマートフォンをずっと使っていくうちに、慣れていくのかもしれない。


「それじゃあ、今、起動したばっかだから」

「おう、月曜日、学校で見せてくれ」

「分かった、じゃあ」

 僕はそう言って電話を切った。


 通話が終わると、SD32は、僕の肩から机にぴょんと、飛び降りる。


 降りるときもそうだけど、本当に動きとか滑らかで、これが小型の機械って感じが、全然しない。

 女の子の小人が、僕の机の上で動き回ってるみたいだ。

 あるいは、スモールライトみたいな道具で、小さくされちゃった女の子が、ここにいるとか。



「ところで、ご主人様、このまま、私を裸でお使いになりますか?」

 スマートフォン、SD32が、訊いてきた。


「あっ!」


 そうだった。


 僕は、スマートフォンを買うことに浮かれていて、スマホケースのこと、まるで頭になかった。


 顔と手足は肌色で、胸やお尻がある胴体部分は金属のシルバーの質感そのままだから、今のSD32は、ワンピースの水着を着ているように見える。

 でも、このまま裸で使うのは可哀想だ。

 金属部分に、細かい傷とかつきそうだし。

 それに、毎日身近に置くものだから、どうせなら可愛い服のスマホケースを着せたい。


「それでは、チュートリアルも兼ねて、今からスマホケースを買いに参りましょう」

 僕のスマートフォン、SD32が、笑顔で言った。

 笑顔になると、ほっぺたに笑窪までできる、造形の細かさだ。


「ショップまで、私がナビゲート致します」


 僕は急いで着替えて、シャツの胸ポケットにSD32を入れた。



「お、可愛いじゃん」

 一階に下りると、ダイニングにいる姉が、僕の胸ポケットに入っているSD32を見て言った。


 姉のパーカーのポケットから顔を出した男性型のスマートフォンが、こっちに手を振っている。


 姉はそのスマートフォンに、「ミズキ」って僕と同じ名前をつけてき使ってるから、本当に、悪趣味だ。

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