第26話 ツールは慎重に使おう

「小巻さんは嘘をついてたってことなのかな」

 僕が言うと、和麻呂も園乃さんも、何も言わなかった。


「家のことも教えてもらえなかったし、通ってる学校も嘘だった。小巻さんは、僕のこと、信用してなかったのかもしれない。それとも、最初から僕をからかって遊ぶつもりだったとか」

 どうしても、考えが後ろ向きになってしまう。


「いや、何か事情があったかもしれないだろう」

 和麻呂が言った。


「そうだよ。彼女、瑞樹君を騙すような子じゃないもの。なにか、そうせざるを得ない理由があったんだよ」

 園乃さんも言ってくれる。



 僕達は、和麻呂の部屋に集まっていた。

 小巻さんが通っていたはずの高校で、彼女の捜索が空振りしたあと、僕と園乃さんは和麻呂の部屋に寄って、対策を話し合っている。

 テーブルの上には、もちろん、僕達のスマートフォンがいた。


 空は風雲急を告げるって感じで、今にも夕立を降らせそうな、黒い雲で埋め尽くされている。


「それに、そんな性格が悪い子だったら、花圃ちゃんがお前と彼女を結びつけようとするわけないだろ。花圃ちゃんは、スマートフォンとして、お前を第一に考えてるんだぜ。向こうのメールとか、ネット閲覧履歴とか全部見てるし、そんな子だったら、SNSとかに人の悪口書いてたり、メールで変なやり取りしてるだろ。その時点で、花圃ちゃんはお前と彼女を取り次いでないよ」

 和麻呂が言った。


「そうかな」

 僕だって、小巻さんのこと疑いたくない。

 小巻さんが僕に向けてくれた笑顔は、嘘じゃないと思う。

 何か、やむにやまれない理由があったんだって思いたい。



「それで、和麻呂、花圃の中から小巻さんの情報を取り出す方法があるって言ってたけど」

 さっきの高校で、和麻呂はそんなことを言っていた。


「ああ、それな」

 和麻呂はそう言って腕組みする。


「花圃ちゃんにかかってる守秘義務のプロテクトを解除する。そうすれば、花圃ちゃんが持ってる、小巻さんに関する情報にアクセス出来るって話だ」

 和麻呂が言った。


「プロテクトを解除するって、それ、簡単にできるの?」

「もちろん、簡単じゃない。一か八かの賭けみたいなもんだ」

 和麻呂はそう言って眉間に皺を作る。


「ハッキングのツールを使うんだ。ネットにはプロテクトを解除するハッキングツールがいくつも出回ってる。それで、花圃ちゃんの守秘義務に関するプロテクトを外せば、情報を取り出せるはずだ。花圃ちゃんは、小巻さんについて全部話せるようになる」

 和麻呂が言った。


「ホントに? じゃあそれ、すぐ使おうよ」


「危険が伴うって言っただろ。そのツール自体も怪しいし、違法だし、使ったことによって、花圃ちゃんを危険にさらすことになるんだ」


「危険って?」


「全ての記録が吹き飛ぶかもしれないし、ウイルスが仕込まれてて、情報が抜き取られるかもしれない。前みたいに、他人に勝手に操られるかもしれない」

 花圃が同じ言葉を繰り返すだけになった、あのときのことだ。


「それならまだいい、最悪の場合、花圃ちゃんが壊れて、二度と動かなくなるぞ」

 和麻呂が言う。


 和麻呂の言葉を聞いて、花圃や、他のスマートフォンみんなの表情が凍り付いた。


「もちろん、ハッキングツールなんか使ったら、メーカー保証は効かなくなるから、修理もしてもらえないし、交換もしてもらえないだろうな。花圃ちゃんは最新機種だし、その辺のセキュリティーは万全だ。そんなリスクを冒しても、情報を取り出すことが出来るかはどうかは、五分五分だと思う」

 和麻呂が言う。


 僕はテーブルの上の花圃を見た。

 ツンデレ設定でいつも勝ち気な花圃が、表情を曇らせている。


「脅かしすぎたかもしれないけど、ツールを使うってことは、それくらい危険だってことなんだ。軽々しくは出来ない」

 和麻呂は僕に言い含めるように、ゆっくりと言った。


「でも、小巻さんの情報に触れるには、それしかないんだよね」

 園乃さんが言う。


「まあ、そうなんだけど……」



 僕は、考えた。


 小巻さんの情報を得ることと、花圃を危険にさらすこと。

 それを天秤にかけるのは、辛い。

 小巻さんは、人間で、花圃はスマートフォンだ。

 小巻さんは僕の彼女で、花圃は二十四時間、僕の面倒を見てくれる存在だ。


 そして、小巻さんを僕に引き合わせてくれたのは花圃だ。

 花圃がいなかったら、僕は小巻さんと付き合うことが出来なかった。


 それに、花圃にはお小遣い全部つぎ込んで買ったっていう、下世話なことも考えてしまう。

 それを壊したら大変だとかも考えてしまった。

 だけど、小巻さんはお金には換えられないくらい、大切だ。

 もちろん、花圃との思い出も大切だ。

 そんな、全部のことを考える。

 考えて、それが、堂々巡りした。


 僕が考えてる間、和麻呂も園乃さんも、急かさずにずっと待ってくれた。



 遠くで雷が鳴って、それがどんどんこっちに近づいてくる。



「花圃、やっていい?」

 僕は、当事者である花圃に訊いた。


「私は、犯罪行為を教唆きょうさすることはできない。だから、やってとはいえない」

 花圃が言う。


「そうか、そうだよね」

 花圃に丸投げして、やっていいって言ってくれたら、やろうとしたなんて、僕は卑怯だ。


「花圃ちゃんはプログラムで、犯罪を勧めることはできないから、反対しないってことは、ギリギリのところで、やれって言ってるんだよ」

 和麻呂が言った。


「えっ?」


 本当にそうだろうか?

 花圃は自分を犠牲にしてでも、やれって言ってくれてるんだろうか?


「花圃、ごめん。やっていいか?」

 僕はもう一度訊いた。

「私は、犯罪を教唆することはできない。だから、やってとはいえない」

 花圃が繰り返す。



「分かった。じゃあ、やらせてもらう」

 僕は言った。


「和麻呂、頼む」

 覚悟を決めた。


「いいんだな」

「うん」



 和麻呂が自分のノートパソコンを開いた。


 パソコンと花圃が通信するために、花圃を充電台の上に置く。

 そこで、花圃をスリープ状態にした。

 花圃は充電台の上に女の子座りする。

 充電台のUSB端子をパソコンに繋いだ。


 これだけで、準備は整った。



「それじゃあ、始めるぞ」

 和麻呂が強ばった表情で言う。

「うん、頼む」


 超子さん、笑子さん、竜人、スマートフォン達が、祈るように花圃を囲んだ。

 実際、笑子さんは胸の前で手を合わせて祈っている。

 スマートフォンにも、この祈るっていう感覚、分かるんだろうか?

 犬型のスマートフォン「ぐりふぉん」まで、大人しくお座りして、しっぽを振っていた。


 和麻呂が、パソコンにネットから探してきたプロテクトの解除ツールを立ち上げる。

 売ってるソフトじゃないからか、ツールの画面は実用一辺倒で、飾り気がなく、文字だけが並んでいた。

 USBで繋いである花圃のモデル名「SD32」が確かに認識されている。

 ソフトの画面は英語で読めない。

 でも、「START」って書いてあるボタンだけは分かった。


 和麻呂がそれを押すと、確認のウインドウが出てくる。

 多分、「本当に解除していいんですか?」みたいなことを確認してるんだと思う。


「いくぞ」

 和麻呂が一瞬迷って、次の瞬間、マウスのボタンをクリックした。


 いくつかウインドウが開いて、その中を文字や数字が流れていく。


 花圃は女の子座りのまま、動かなかった。


 下の方のウインドウに、進行状況を表すグラフがある。

 そのグラフが0からジリジリと上がっていった。

 1ミリぐらいずつ、僕を焦らすように上がる。


 何も出来ないこの時間が、もどかしかしかった。

 ただ、祈ることしか出来ない。


 実際には終わるまで三分くらいだったけど、僕にはもっともっと長く感じた。

 その間、僕達は身じろぎもせずに画面を見守っている。


 グラフが100%になって、開いていたウインドウが全部閉じた。



「いちおう、これで解除できた筈だ」

 和麻呂が言った。


 花圃は、女の子座りしたスリープ状態のままだ。


「お前が話しかけて、スリープを解け。それで、成功したか分かる」

 和麻呂が言った。


 緊張の瞬間で、僕は一回、咳払いした。


「花圃、花圃、分かるか?」

 僕は声をかける。


 花圃は僕の声に反応して、スリープが解け、辺りを見回した。

 そして、僕を見つけて、顔を見つめる。

 僕は、花圃に顔を近づけた。


「花圃、大丈夫か? 僕のこと、分かる?」

 もう一度訊く。


 少し間があって、


「ええ、分かるわ。そのぱっとしない顔は、いやでも忘れないわね」

 花圃が言った。


 このツンデレ設定、確かに花圃だ。


「ホントに大丈夫?」

「大丈夫だって」


 僕は思わず、花圃をテーブルから持ち上げて、頬ですりすりした。

「もう、やめなさいよ、みっともない」

 花圃がそんなふうに言う。

 でも僕はやめなかった。


「やれやれだな」

 和麻呂がそう言って息を吐く。


 緊張して見守っていた園乃さんも、他のスマートフォン達も、ほっとした顔をしていた。

 犬型のぐりふぉんが、テーブルの周りを嬉しそうに駆け回る。


 和麻呂が念のために、花圃にウイルスが入ってないか、チェックしてくれた。

 大丈夫、ウイルスは入ってないみたいだ。



「それで、記憶が残ってるってことは、この状況は分かるよね」

 僕は花圃に訊いた。


「ええ、高橋小巻さんのことでしょ?」

 花圃が答える。

 花圃は確かに、記憶が飛んでるようなこともないし、誰かに操られてもいない。


「そう、小巻さんのこと」

 焦って訊く僕を、花圃は落ち着きなさいとばかりに、小さな手で制した。


「まず、始めに言っておくことがある」

 花圃が言った。


「彼女の本当の名前は、高橋小巻じゃないの」

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