第20話 二週間の特訓

 ユキが家に居候を始めて、約二週間。

 里菜にはユキが暫く日本でテニスの勉強をする――テニス留学で、うちにホームステイする事になったとしか、話していない。

 いや事実そうなんだけど、学校を休学した事とかを話すと、里菜から質問攻めに遭うのが目に見えている。

 おまけに、思い込みが激し過ぎる母さんの誤解を解くのも難しそうなので、逆に利用し、


「里菜に余計な心配を掛けさせないように、いつも通り学校へ行く体にするから。孫の顔が早く見たかったら、協力して」


 と、平日はいつも二人分のお弁当を用意し、おまけに里菜への口止めも兼ねたのだ。孫というキーワードを出すと、何故か母さんがもの凄く協力してくれるのはさて置き。

 毎日朝からユキとテニス。お昼にお弁当を食べ、夕方までまたまたテニス。そして部活終わりの里菜を加え、真っ暗になるまで再びテニス。

 そして今日も朝からユキとテニスの練習をしている。いつもは二人きりだけど、今日は土曜日なので里菜の部活も午後から。そのため、久しぶりに明るいうちから三人で練習を始めていた。


「ユキちゃん、凄いよね。たった二週間で、もの凄く上手になったもん」

「ありがと。瑞穂の教え方が上手だからだよ」

「いや、ユキが頑張ってるからだよ。センスも良いし」

「ちょっとー。里菜はー? お兄ちゃん、里菜も褒めてよー。最近、ユキちゃんばっかり褒めてるもん」


 はいはい、ごめんごめん。と里菜の頭を撫でながら、宥めすかす。

 里菜は俺がユキばかり褒めていると言うけれど、事実として成長速度が凄まじかった。

 ストロークは未だに手首のスナップを使って打っているけれど、『速い球』ではなく、コントロール重視の『繋ぐ球』を打つようにしているので、そこまで手首に負担は大きくない。ある程度打てるようになってからは、ストロークの練習量を減らしているし。

 それよりも何よりもだ。この二週間、重点的に行ってきたネットプレイ――前衛の所作をユキがどんどん吸収していき、ネット前では水を得た魚のようにイキイキと動いている。

 バドミントンで磨かれたであろう動体視力と、持ち前の運動神経からか、ボレーとスマッシュに限れば、既に里菜を抜いているだろう。まぁ里菜が後衛なので、元々ネットプレイが得意ではないというのもあるけれど。

 そんな回想に浸っていると、不意に俺の手がぎゅっと握られる。


「ねぇ、お兄ちゃん。誰かに見られている気がするよ?」

「あ、ウチも思った。どこかから、視線を感じるんだけど」


 里菜に握られていない方の手で、心配するなとユキの背中をポンポンと叩き、


「あー、それはきっと……ほら、居た。何してんだよ、健介」


 茂みの奥に隠れて、こそこそとテニスコートの様子を覗く健介を発見した。


「いやー、ほら。前に試合しようよって言っただろ? で、今日は部活が休みだからさ。どうせ、ここに居るだろうと思って、ラケット持参でやってきたんだよ」

「あー、そういやそんな話してたっけ。けど、良いのか? ソフトテニスだぜ? フォームが崩れないか?」

「少しくらい大丈夫だろ。それよりも、オレも里菜ちゃんと一緒にテニスさせてくれよー」


 そう言いながら、ようやく健介が茂みから立ち上がって、姿を現す。

 今までユキとは基本練習しかしていなくて、試合――特にダブルスでの試合はほとんど出来ていない。健介を加えた四人で試合をするのも、そろそろ良いかもしれない。


「わかった。じゃあ、四人でダブルスの試合をしようか」

「はーい、里菜。お兄ちゃんと組みたーい!」

「いやいや、俺も里菜も後衛じゃないか」

「えー。じゃあ、ユキちゃんと一緒に組む!」

「うーん。流石に男子ダブルスと女子ダブルスではバランスがなぁ」


 試合をするにあたって、この四人では必然的に俺とユキ、里菜と健介というペアに成らざるを得ない事が里菜もわかっているはずなのに。

 健介、やっぱり里菜に避けられてるよ。

 里菜の気持ちも汲んであげたい所だけど、ここは然るべき組み合わせで試合を始めよう。


「じゃあ、ユキは俺と。里菜は健介とペアで、ダブルスの試合をしようか。俺たちは身体が温まっているけど、健介はどうだ?」

「オレ? もちろん、すぐ出来るぜ。何と言っても、里菜ちゃんが居るからなっ! 里菜ちゃーん! 頑張ろーねーっ!」

「は、はい。よろしくお願いします」


 健介、気付け。里菜の引きつった笑みに。

 とりあえず、健介が暴走して里菜に変な事をしようとしたら、すぐ止められるように構えておこう。


「えーっと、ユキはダブルスの試合は初めてだよな……って、あれ? 何か、怒ってる?」

「別にー」

「いや、怒ってる……よね?」


 どうしたんだろうか。ほんの数分前までは、楽しそうにボレーの練習をしていたのに、明らかに表情が不機嫌だ。

 この数分で何かあったと言えば……ダブルスの試合をしたくない? いやいや、二週間後の試合に出場するわけだし、そんなはずはない。他には……健介が生理的に受け付けないとか。

 これは有り得るけど、ほぼ初対面というか、以前に少し話しただけだし。流石に健介でも、そんな僅かな時間で嫌われるような……あ、そういやユキを怒らせて、吹き飛ばされてたっけ。


「もしかして、健介と試合したくない?」

「……」

「うーん、まぁ人としては色々難ありだけど、ソフトテニスの前衛としては見るべき所があるからさ。ポジショニングとか、攻守のタイミングとか」

「わかった。瑞穂がそう言うなら、頑張る」

「うん。まぁ普段はいろいろ痛い奴だけど、テニスには真面目に取り組んでるからさ」


 自称、双海中学のスピードスターこと、高木健介。俺とペアを組み、県大会レベルでもシード選手となっていた俺たちだ。

 こいつは里菜が居ると緊張するどころか、何故かミスが減って動きも良くなる。高校テニス部での練習中のイメージよりも、中学の試合中のイメージを持って試合した方が良さそうだ。


「ユキ、ダブルスもルールは大丈夫?」

「うん。サーブをニ回打ったら、チーム内でサーブを打つ人が変わるんだよね?」

「そうそう。シングルスだと、一ゲーム中は同じ人がサーブを打ち続けるけど、そこが違うかな」


 余談だけど、これは硬式テニスともルールが違う。

 普通はなかなか起こらないけど、絶不調でサーブが全く入らなかったとしても、ニ回サーブを打てばペアがサーブを打つ順番となるため、以前のユキの様に四回連続ダブルフォールトでゲームポイントを失う……何て事は起こらないはずだ。


「よし、始めようっ!」


 俺とユキが組む、初めてのダブルスの試合が開始したのだった。

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