第32話 瑞穂の隠し玉

 メイドさんたちがコートの周りで黄色い声援を上げる中、俺とユキはただただコートに転がるボールを見ていた。

 まぐれだろうか。いや、まぐれであって欲しい。俺が目で追う事すら出来ないユキのボールを、より距離の短いネット際で健介がボレーを決めてきたのだ。サツキが能力を使って打ち返してきたのとは違い、俺と同じ日本人で能力の使えない健介が。


「ユキ。たまたまだよ。アンラッキーだったんだ。気持ちを切り替えて、次のプレイに集中しよう」


 パシパシとユキの背中を叩き、今度は俺がレシーバーとなる。

 サツキのサーブはフォアハンド側へのスピンサーブだ。正面を見ると、ネットに健介が詰めている。

 まぐれとは言え、さっきは俺のトップ打ちより遥かに速いユキの高速ショットを打ってきた。だったら、これだっ!


――ギュムッ


 高さをつけて健介の頭を真っ直ぐ越えた後、順回転の力でストンと落ちる中ロブだ。

 どういうわけか超人的な反応速度を見せた健介だが、頭を越えればどうしようも無いだろう。

 だが健介はネット際に居たはずなのに、もの凄い速さのバックステップで後ろへ下がり、ボールの落下地点からユキのお株を奪うかのように、スマッシュを決めてきた。


「2-0」


 おかしい。いくら健介の動きが速いと言っても、流石にこれは速過ぎる。


「これが、双海中学のスピードスターの力なの!?」

「いや、いくらなんでも異常だよ。てか、よく健介の二つ名なんて覚えてたね」


 その後もユキが高速ショットを打ち、俺もトップ打ちぶつけようと試みたけど、人の限界を越えているのでは? と思う程の速さで健介が反応し、凄まじい速さのボールを決められてしまう。


「ゲーム、チェンジサイズ」


 そして、このゲームも獲られてしまった。

 ゲームとゲームの合間に設けられた一分間の休憩時間だが、これという対策も思い浮かばず、俺とユキはただただ下を向いてしまう。

 何とかしなければと思うのだが、時間だけが過ぎて行く。


「時間ね。瑞穂、どうしよう」

「そうだな。理由はわからないけど、健介が異常に強くなっているのは事実だ。だから、サツキを攻めよう」

「えっ!? でも、また跳ね返されちゃうよ?」

「いや、基本的に普通のテニスで行こう。サツキはユキの球をそのまま跳ね返す能力を持っているみたいだけど、地力ではきっと俺たちの方が上だよ」

「わかった。ウチは瑞穂を信じるっ!」


 ベンチから腰を上げ、ユキと共に反対側のコートへ移動しようとした時、


「あ、あれ? サツキちゃん? ……って、うぉぉぉっ! 何だ!? 身体中がめちゃくちゃ痛いんだけどっ!?」

「健介!? どうしたんだ? 大丈夫か!?」

「ぉぉぉっ……って、瑞穂じゃないか。こんな所で何してんだ? あ、それにユキちゃんも……って、痛えぇぇぇっ!」


 ベンチで静かに座っていた健介が、急に苦しみ出す。

 一体何が起きているんだ?


「ユキちゃんって、今さらね。さっきは、ウチの事をひ、ひ……にゅうとか言ったくせに。巨乳サイコーとか叫んだくせにっ!」


 いや、流石にそんな事は叫んでいなかった気はするけど。どうやら、ユキの中で健介の印象がかなり悪いらしい。


「巨乳最高? いや、ユキちゃん。それはないよ。何と言っても、俺は貧乳フェチだぜ? 里菜ちゃんには勝てないにしても、ユキちゃんだって俺のちっぱいランキングでは、かなり好位置に……」

「そんなランキング、嬉しくなーいっ!」


 ユキが再び健介に敵意を……って、今の健介は俺のイメージ通りの発言だ。

 こいつが巨乳好きだなんて話は一度も聞いた事がなかったし。


「あ、そういや瑞穂はマッサージが得意だったよな? ちょっと俺の身体を診てくれないか? どういうわけか、気付いたら全身に激痛が……」

「くだらないお喋りはそこまでよ……魅了」

「失礼いたしました。サツキ様」

「さぁ、試合の続きをしましょう」


 サツキの一言で健介が突然立ち上がり、何事も無かったかのように後ろをついて行く。

 身体が痛いというのは何だったのだろうか。でも、本当に痛そうだったぞ? それにサツキちゃんと呼んでいたのが様付けになっていたし……サツキの能力か!


「待て。健介に何をしたんだ!」

「何を? あぁ、私の能力で彼に身体能力の限界を越えてもらっただけですの」

「限界を越える? それだけじゃないだろ? あきらかに健介の言動がおかしい!」

「ふふっ。くだらない思考を捨て、全ての意識を目の前のやるべき事に向けさせる。素敵でしょ?」


 サツキがいつものように、無意味に胸を逸らしながら喋る。しかし、こいつ。何て能力を使うんだ。

 今の健介には意識がなくて、人形のように操られているって事だろ? それも身体の限界を越えて。って、この状態はマズくないか!?


「審判。確か、選手に直接能力を使ってはいけないんだよな? 今のって、明らかな反則だろ?」

「いいえ。相手選手に使えば反則ですが、ペアの選手に使う分には反則になりません」

「くっ……そうですか」

「それより、ミズホ選手。貴方のサーブからの開始となります。速やかに移動してください」


 何なんだ!? 健介が身体を壊してしまうかもしれないのに。最悪、選手生命が断たれてしまうかもしれないのに。

 あんなのがルールの範囲内だって? 一体、この大会はどうなってんだ!?


「ミズホ選手。ペナルティを課しますよ?」


 審判に睨まれ、納得のいかないまま定位置へ移動すると、


「ゲームカウント、1-2」


 無感情の審判のコールが響く。

 レシーバーはサツキ。何が面白いのか、口元に小さく笑みが浮かんで居る。

 ダメだ、我慢の限界だ。俺は、ゆっくりとラケットの持ち方を変え――薄いグリップにして、


「ふざけるなぁっ!」


 トスを上げた後、タメを作らない流れるような動作で、即座にサーブを放つ。

 鍛え上げたインナーマッスルをフル活用した、クイック気味の高速フラットサーブは、サツキを一歩も動かさない。ボールがサービスラインの内側をかすめ、後ろのフェンス付近に転がってようやく、


「わ、1-0」


 審判が俺たちへのポイントを告げた。


「み、瑞穂! 何、今の!? うちの必殺技みたいに速かったよ」

「あー、今のはだな……」

「審判! 先程のは反則ではなくて!?」


 本気で打ったサーブで、ノータッチエースを獲られたからか、サツキが審判に喰ってかかる。

 だが俺は何も反則などしていない。フットフォールトだなんて事ももちろんしていないし。一体、何が反則だというのか。


「ルールでは、サーブ時に能力を使うのは禁止のはずよ!」

「はい。私もそう思ったのですが、しかしミズホ選手は日本人ですし、能力が使えないかと」

「あぁ、今のは能力とかじゃなくて、バズーカサーブとも呼ばれる、ただの滅茶苦茶速いフラットサーブだ。俺に限らず、アジア圏の大会では普通に打つぜ?」

「だそうです。それに私の使う判定能力でも、サービスエリア内に入っておりましたので、サーバーへのポイントとなります」


 と、そこまで言われて、サツキがようやく戻っていく。まぁ凄く速いサーブではあるんだけど、肩への負担が大きいので、一日にそう何度も打てないのが弱点だけど。

 しかしユキの高速ショットだとか、昨日の消える球だとか、審判は入っているかどうかどうやって判定しているのかと思っていたけど、そういう能力を持っている人らしい。

 そういえば、本部のお姉さんも公平にジャッジするって宣言してたしな。

 そして、次は健介のレシーブだ。

 中学時代は、このサーブを健介相手に打つと、「打てるかっ!」と叫びながら逃げたものだけど、サツキの能力下においては、どうなるのだろか。


「はぁっ!」


 健介にもバズーカサーブを放つと、


「アウト。2-0」


 打ち返してはきたものの、コートを大きく外れる。

 あれ? ユキの高速ショットをボレーしていた時は超人的な動きだったのに、何だか遅くないか?


「……ユキ。今の健介の動きを見たか?」

「……うん。何だか、身体がぎくしゃくしてたね」

「……あぁ、そうだな。多分だけど、さっき能力の効果が切れていただろ? もしかしたら、既に健介は体力を使い切っているのかもしれない。早く能力から解放してやるためにもさ、ユキ」

「……そうね。悪いけど、あの人を狙って、この試合を早く終わらせましょう」


 作成会議を終えたユキがサーブを放ち、返ってきたボールをユキが能力を使って打ち返す。


「3-0」


 思った通り先程のゲームが嘘のように、あっさりと健介の横を高速ショットが通り抜けた。

 そして、


「ゲーム、チェンジサービス」


 俺たちがゲームポイントを取得したコールが響く。

 これで二対二の同点に並んだ。ここからが正念場だっ!

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