第33話 ゲームセット?

「ゲームカウント、2-2」


 負け越していたけれど、何とか追いつく事が出来た。

 しかし四ゲームを終え、サツキは特に変化がないものの、限界を越えたプレイをする健介は既に体力の限界を迎えている。

 一方、俺たちはユキが何度か能力を使った事と、俺が一日に使用回数を定めているバズーカサーブを数回使用したくらいなので、勢いは確実にこちらの方が上だ。

 だから、


「0-1」


 サツキのサーブから始まったゲームは、健介を狙うとあっさりと俺たちのポイントとなった。

 ずっと冷笑を浮かべていたサツキも、流石に焦りが……まだ笑っている? どうしてそんなに余裕なんだ? まだ何か手があるのか!?

 次のサーブを打つべく移動したサツキは、レシーバーである俺ではなく、コートの外――メイドたちの中心に居るナミに視線を送っている。

 何だ? 何をする気なんだ!?


「えぇっ!? な、何っ!? それに、ここは……どこなの!?」


 突然コートの横から、よく知った大きな声が響く。

 この声はまさか……


「あれっ!? お兄ちゃんっ!? どうしてユキちゃんとテニスしてるの!? 新婚旅行へ行ったんじゃなかったの!? それに、相手は高木先輩!? ……と、うさぎさん?」


 何故か観覧席に部屋着――うさみみパーカーにスカートという格好の里菜が立って居た。

 垂れ耳のユキとは違い、サツキはピンと黒いうさみみが立っている。それに、周囲に居るメイドさんたちも皆うさみみだし、流石に誤魔化せないか。

 まぁその辺は後で説明するとして、


「里菜っ!? どうしてこんな所へ!? いや、それより新婚旅行って何の話だよ」

「えっ? お母さんが言ってたよ? お兄ちゃんがユキちゃんと新婚旅行を兼ねた海外挙式に行ってるって。お兄ちゃん、里菜という妹が居るのに結婚しちゃうなんて酷いよぉ」


 俺とユキが海外挙式って、どういう事だよ。俺、ちゃんと母さんにユキの家に行くって説明したよな!?

 俺の位置からはユキの後姿しか見えないけれど、ユキが耳を真っ赤にしてプルプルと震えている。ほら、結婚だなんて無茶苦茶な事を言うから、怒ってるよ。


「里菜……ちゃん?」


 と、俺が一人騒いでいると、サツキの能力もあり、ずっと静かにしていた健介が口を開く。これは健介が里菜を想う気持ちが、サツキの能力に勝ったという事なの……か?

 そんな事を考えているうちにサツキがトスを上げ、スピンサーブを打ってきた。

 意識をテニスに集中させ、先程もポイントを得たように、限界を越えた健介の頭を越える中ロブを打つと、


「っらぁぁぁっ!」


 健介が吼え、俺とユキの間に強烈なスマッシュを放ってきた。


「1-1」

「あの人、体力が尽きたんじゃなかったの!?」


 審判が相手へのポイントを告げると共に、ユキが大きな声を上げる。

 俺だって同じ気持ちなのだが、その回答はコートの外から返ってきた。


「ふふっ。ユキさんの身辺を監視していたと言ったでしょう? あの男性がその少女を前にすると、何故か実力以上の力を発揮する事も見ておりましたわ」

「あー、そう言えば練習中に、俺たちが視線を感じる事があったけど、それがあんたか」

「はい。サツキ様の『魅了』の能力は、使われた側が著しく体力を消耗するのですが、これは使えると思いまして」

「まさか、そのために里菜を召喚したのか? しかもその里菜は部屋着だけど……無断で!?」

「えぇ。私の能力――強制召喚を使いましたので。部屋でくつろがれていた所を呼び出させていただきました」


 答えたのは、何故か得意げな表情のナミだ。彼女の能力はトモくんの転移能力みたいなものなのだろう。俺には違いがわからないけど、日中でも使える上に無断で召喚だなんて。

 今回は里菜が部屋にいたから良かったものの、もしも部活中で忽然と消えたりしたら、大騒ぎになるぞ!? しかも時間帯によっては就寝中だったりとか、食事中や入浴中……って、変な想像をしている場合では無い。

 しかしナミの様子を見る限りでは、別に日本で騒ぎとなろうが、召喚した相手が裸だろうが、特に気にしないんだろうな。


「いくぜっ!」


 俺の考えを健介の雄たけびが遮る。そして、やや低めのトスを上げ、


「2-1」


 先程俺が見せたバズーカサーブを打ってきた。もちろんユキは返す事が出来ず、相手の得点となってしまう。

 俺の知る限りでは、健介がこのサーブを打った事などなかったのに。能力の影響か、それとも里菜の前でパワーアップしているのか。とにかく厄介だ。


「ユキちゃーん! お兄ちゃーん! 頑張ってー!」


 どうしてテニスをしているのかも分かっていないであろう里菜が、応援してくれている。

 健介だけじゃない。俺だって、里菜の応援で強くなるはずだっ!

 次は俺のレシーブなので、腰を落としてラケットを構えると、健介がトスを上げ、


「はぁっ!」


 気合の入った声と共に、俺の真正面に異様な速さのサーブが飛んでくる。

 まずい! これは、避けれない!? 目で追うのがやっとという高速サーブは、サービスライン手前でバウンドし、俺の腹へと直撃した。

 痛い。サツキに反射されたユキの必殺技程ではないものの、三度目となるので思わず膝を着いてしまった。これ、絶対にサツキが狙わせてるだろ。


「3-1」

「瑞穂っ! 大丈夫っ!? タイム取ろうか?」

「いや、それより早く健介を解放してやらないと」

「けど、次のポイントはしっかり休んでからの方が……」


 ユキの言う事ももっともで、次のポイントを獲られてしまうと、ゲームカウントが二対三となり、相手が非常に有利となる。

 このゲームは絶対に死守したいのだが、健介の身体の事も心配だし……


「お兄ちゃんっ! ……もうっ! お兄ちゃんに意地悪する高木先輩なんて、嫌いっ!」


 俺がどうするか悩んでいる間に、里菜が悲鳴のように声を上げた。

 だが、その言葉が届いたのか、健介が突然苦しみだす。だ、大丈夫か?


「う、うわぁぁぁっ! ……嫌だぁぁぁっ! 里菜ちゃん、嫌いだなんて言わないでくれぇぇぇっ!」


 健介が泣きそうな表情で、叫びながらコートを出て行ってしまった。


「な、何なの!? ちょっと、戻りなさいよっ!」

「サツキちゃん。ごめん、里菜ちゃんに嫌われたら俺は生きていけない。ここでリタイアするよっ!」

「何をバカな事を。いいから、言う事を聞きなさい……魅了っ!」


 再びサツキが健介に能力を使う。既に健介は体力を使い果たしているというのに。

 しかし能力を使ったサツキが、珍しく慌てだす。


「ど、どうして? どうして私の能力が効かないんですの!?」

「サツキちゃん。黒髪の巨乳お嬢様に罵倒されるのも確かに悪くはない。巨乳メイドさんも然りだ。だけど少女のちっぱいと短めのスカートに、うさみみフード。つまり、里菜ちゃんこそが至高にして最高。最強の萌えなんだっ!」


 いや、何の話だよっ! 勝手に人の妹を最強にするなっての! まぁ確かに、里菜は可愛いけどさ。しかも、うさみみパーカーのフードを被っているから尚更だ。

 でも、俺のすぐ傍には本物のうさみみ少女が居る。里菜とユキ。どちらが、より愛らしいかと言うと……って、何の話だっけ!?

 とりあえず、一方通行かもしれないけど、愛の力がサツキの能力を上回ったって事だよな?


「えーっと、審判さん。相手ペアの一人が試合を棄権しているけど、この場合は俺たちの勝利って事で良いんだよな?」

「そ、そうですね。流石に、この状態で試合を続行出来ませんし」


 そう言って、審判の女性が審判台から降りようとしたところで、サツキが待ったを掛ける。


「待ちなさい! あの男性が抜けたとしても、私が居ます。シングルス対ダブルスで試合を続行しなさいっ!」

「いえ、流石にそれは無茶苦茶ですよ。この勝負はユキ選手とミズホ選手の……」

「貴方。私の父が誰だか分かっているわよね?」

「……ほ、本部に確認してきます。少しお待ちください」


 何だ!? 何を言っているんだ? シングルス対ダブルスだなんて、そんなの試合になるわけないのだが。

 サツキの父が誰かなんて知らないけど、そんな無茶苦茶な話を通す訳が無い。


「お待たせしました。本大会の大会要項に、ペアの内一人だけが棄権した場合のルールが記載されていなかったため、サツキ選手の主張を認める事となりました」

「はっ!? じゃあ、さっきのポイントの続きから、シングルス対ダブルスをするって事か!? 一体、何を考えているんだ!?」

「……すみません。その、何と言いますか、えーっとですね」

「ふふっ。残念ながら、私の父がこの大会の主催者なのよ。諦めなさい」


 主催者って、昨日挨拶してたアヤメ卿だっけ? そう言えば、二人共黒いうさみみだけど、それは親子だからなのだろうか。


「瑞穂。もう、良いんじゃない? 揉めてる時間が勿体無いし、このまま試合しようよ。シングルス対ダブルスでしょ? 負けるとは思えないし」

「あぁ……まぁ、確かにその通りだけどさ」

「決まりね。じゃあ、さっきのポイントから続けましょう」


 そう言って、サツキがサーブを打つために移動する。

 普通に考えれば、ダブルスである俺たちが負けるはずがない。けど、そんな事はサツキだって理解しているだろう。

 なのに、そうまでして試合を続けようとする理由はなんだ? 一人になってもまだ勝てる自身が持てる程の、何かを隠し持っているのか?

 足早に移動したサツキが胸を逸らして俺たちの移動を待つ様子を見て、得体のしれない嫌な予感が俺の中を駆け巡るのだった。

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