第31話 カウンター使い

 センターコートが水を打ったように静まり返る。

 どうやらメイド少女たちは、主が劣勢になる事を想定していなかったようだ。


「姉ちゃーん! アニキーっ! 流石っスーっ!」


 メイドさんに囲まれる中、ただ一人俺たちを応援してくれるトモくんの声が響く。

 この雰囲気で俺たちの応援だなんて、やるなぁ。トモくんはきっと大物になる気がする。


「さて、ユキ。ここからが本番だからな」

「どういうこと?」

「健介はわからないけどサツキは、きっと能力を使わずに俺たちに勝ちたかったんだと思うよ」

「えっ!? どうして?」

「たぶんだけど、それで自分が格上だとでも言いたかったんじゃない? あと、二週間でユキがここまで成長するとは思ってなかったんだよ、きっと」


 二週間の練習中に、この会場でニアミスはあったかもしれないけれど、サツキとはユキが初めてソフトテニスをした時以来遭遇していない。

 なので、サツキにはミスばかりしているユキのイメージしかないので、そんな相手に能力を使うなんて……と、プライドが邪魔をしたはずだ。

 けど、そのイメージも先程のゲームで上書きされ、次からは能力も使ってくるだろう。


「ユキ。あの風のショットって、打ち過ぎると疲れちゃうんだよな?」

「え? あ、うん。そうね、所々で使うくらいなら問題ないけど、全ての打球に……っていうのは無理よ」

「わかった。今日はこの試合だけって訳ではないし、トーナメントを勝ち進むためにも、能力はここぞっていうポイントに絞って使おう」

「おっけー! じゃあ、行くわよっ!」


 四人がそれぞれの位置に着き、ボールが俺に渡された。


「ゲームカウント、1-0」


 レシーバーはサツキなのだが、随分前に陣取っている。まるで前衛がレシーブを打つ時の位置なのだが、前衛には健介が居るのに。

 まぁいいか。あの位置で取り難いコースは、ここだっ!

 サツキの真正面へフラット系の速いサーブを打ち込むと、想像通り甘いボールが返ってくる。それをユキがボレーで決め……れない。ユキのイメージのギャップを修正したであろう健介が、鋭いユキのボールをローボレーで俺の正面へと返してきた。

 だが相手が健介とは言え、守りのボレーだ。深くて良い場所へ打ってきたけど、球威もスピードも無い。なので思いっきり叩き込んでやろうと、二人の位置を確認すると、健介はサービスライン上で、サツキはネット前に詰めて……って、ダブル前衛っ!?


「くっ! しまっ……」


 想定外のポジショニングをとられ、どこへ打つか迷いながら打ってしまった。

 硬式テニスでは並行陣と呼ばれるこのポジションは、ソフトテニスでも硬式テニスでも、ダブルスにおいて王道かつ最強の陣形なのだが、試合で使うには二人ともが高度な前衛スキルが求められる。

 だが、迷いながら打った打球は、中途半端なコースでサツキの横を抜けようとして、


「0-1」


 きっちりボレーを決められてしまった。


「って、そうか。サツキもバドミントン出身だったか」


 そうだ、彼女もユキと同じく前衛の方が得意なんだ。もちろん健介は言わずもがな、前衛を得意としている。

 まだ相手の能力が温存されている状態で、しかもユキに対ダブル前衛の戦い方を教えていないという、おまけつき。さて、どうしたものか。

 レシーバーの健介も、前よりに構えている。先程同様、ダブル前衛にしようというのだろう。

 だけど相手は中学の相方だ。だから、こういうのが嫌いだろ?


――シュッ


 ボールを擦る音と共にラケットが風を切り、順回転の掛かったボールがストンと落ちる。

 スピードよりも回転力を重視したスピンサーブが大きく跳ねると、健介が打ち損じて高く山なりのボールが上がった。


「ユキ!」

「任せてっ!」


 短く名前を呼んだだけで俺の意図を汲み取り、バドミントンで培ったユキの華麗なスマッシュが相手コートへ刺さる。


「1-1」


 パシッとハイタッチを交わしてユキへボールを渡すと、


「……ここは確実にポイントを獲りたいから、ユキの能力を使おう」

「……おっけー」


 小声での作戦会議を行い、ユキがサーブを放つ。

 サツキのレシーブでユキの足元へボールが返り、


「突風」


 風の力を使った必殺ショットが放たれた。

 相変わらず相手はダブル前衛で、サツキがラケットを前よりに詰めている。だが、流石にこれは返せないだろうから――


「反射」


 ゴスッ! と、突然何かで腹を殴られた。

 一体、何なんだ? って、ボール!? ソフトテニスのゴムボール!? 足元に転がる白いものは紛れも無く、試合球だ。

 だけど、小さなボールにも関わらず、受けた衝撃はそれなりに大きい。

 ふと、体育の授業でサッカーをした際、相手のフリーキックを止めようと壁をしたら、ボールが腹に直撃した事を思い出してしまった。


「1-2」

「瑞穂っ! 大丈夫!?」

「あ、あぁ。平気だよ。それより、今度こそポイントを獲ろう」

「え、えぇ……」


 何とか笑顔を作って、ユキへボールを渡す。

 健介に向かって放たれたサーブが、再びユキの足元へ返った所を、


「突風」

「反射」


 ゴスッ! って、流石に痛いわっ!

 健介にこんな芸当が出来るはずもないし、となると当然、


「あら、ユキさん。貴方のパートナーさんはお腹が痛いそうよ? トイレにでも連れて行ってあげたら、どうかしら」


 サツキが口元に笑みを浮かべながら、冷たい視線を向けてくる。

 絶対、故意にやってやがるな。


「瑞穂っ! ごめんね。多分、ウチの打ったボールが跳ね返されてるんだよね? 痛いよね」

「俺なら大丈夫だ。だから……」

「だから、どうなさるの? 私は他のうさみみの能力を跳ね返せますの。そちらの男性が病院へ行きたいのなら、どうぞご自由に」

「ユキ、気にするなよ。さぁ今度は俺のサーブだ」


 先程のチェンジサイズの時にラケットを替えたのだろうか。よく見ると、サツキが手にしているラケットの面が二回り程広くなっている。

 そのためか、サツキの打つレシーブに球威が落ちていたように思えたのだが、最初のゲームでユキが見せた必殺技を返すために、ラケットを変えたのか。

 サツキのラケットに意識が向いてしまっていたけど、とっくに審判がコールしていたらしい。ユキのジェスチャーに気付いて、慌ててサーブを打つ。

 そのレシーブから相手はユキにボールを集め、暫くボレーの応酬が繰り広げられるのだが、ユキはサツキの反射を警戒してか、能力を使用しない。そして、


「ゲーム、チェンジサービス」


 攻め続けられたユキがミスをしてしまい、ゲームポイントを獲られてしまった。

 慌ててユキの元へ駆け寄り、


「ユキ。俺なら大丈夫だからさ、ドンドン本気で打って行こうぜ」

「だ、だけど、瑞穂が怪我しちゃったら嫌だもん」

「だけど、これは昨日と違ってトーナメント戦だ。一度負けたら終わりなんだよ?」

「それでも、ウチは瑞穂が怪我をする方が嫌っ! それに、もしも瑞穂が怪我でリタイアするような事になったら、試合なんて続けられないよぉ」


 それもそうかと、逆に説得されてしまった。

 ダブルスを一人でプレイするなんて出来ないし、うさみみの能力では怪我を治したり出来ないらしいし。けど、俺が痛いのも嫌だし。


「あ、そうだ。ユキの必殺技を返せるのはサツキだけだろ? じゃあ、健介に向かって打つっていうのは?」

「だ、大丈夫かな? 今は対戦相手だけど、スコートの中を覗く変態だけど、巨乳好きとか言ってる敵だけど、少しテニス教えてくれた人だし……」

「あー、うん。そこまで思ってるなら、打ち込んで良いんじゃないかな? ただ、故意にぶつけるのはどうかと思うけど」

「そ、そんな事しないよー……きっと」


 何となく、ユキがぶつけに行きそうな雰囲気を漂わせているのだが、


「ゲームカウント、1-1」


 審判のコールが響く。

 まぁ健介なので、直撃しても良いかな? と思っていると、サツキがユキにサーブを放つ。今度はカットサーブではなく、上からのスライスサーブで、コートの外側へ逃げるように滑っていくのだが、


「突風ぅっ!」


 同じ能力を使うのに、さっきより怒りが籠ってない!? 俺の気のせい!? 健介、大丈夫!?

 ユキがすぐさま必殺技を放ったので、勝手に健介への顔面直撃を想像していたのだが、


「1-0」


 審判が相手ペアへの得点をコールする。


「えっ!?」

「うそ……でしょ?」


 ユキの能力を使った高速ショットなのだが、ネットへ詰めていた健介にボレーを決められてしまったのだった。

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