第30話 再戦

「ただいまより、第一回ウォクク国テニス大会、決勝トーナメントを始めます。選手は大会本部へ集まってください」


 潮風の吹く会場で、ユキと一緒にストレッチをしていると、開始を告げるアナウンスが響き渡る。

 昨日は偉い人の挨拶から始まったけど、今日はいきなり始まるようだ。


「さて、ユキ。行こうか」

「えっ! え、えぇ……ひゃぁっ」

「そんな、肩に触れたくらいで悲鳴をあげなくてもいいじゃないか」

「こ、これ以上、ウチを触ったらダメなのっ!」


 いや、これ以上って、そんなに触ってないよね?

 何だか、昨晩からユキの様子がおかしいんだけど。


「アニキ。姉ちゃんは緊張してるだけっス。決勝、頑張ってくださいっス」

「おー、トモくん。来てくれたんだ。ありがとう。頑張るよ」


 流石にミコちゃんは来てないか。で、万が一にも何かあったら困るから、アミさんは常にミコちゃんの傍へ居る感じかな?


「トモくん。ウチは応援してくれないの?」

「もちろん応援してるよ? 二人ともねっ!」

「な、何? どうしてニヤニヤしてるのよー」

「アニキ。ほら、姉ちゃんの緊張をほぐしてあげて欲しいっス」

「ひゃあぁぁっ! もう、瑞穂。ダメだってばぁ。それ以上、ウチを揉まないで……」


 いや、トモくんに促されて肩を揉んだだけなのに、そんなリアクションされても困るんだけど。


「ユキ選手、ミズホ選手、居られませんかー? 棄権とみなしますよー!」

「はいっ! 居ます! 今すぐ行きますっ!」


 本部のお姉さんに謝り、センターコートへ案内されると、既に相手ペアが待っていて……って、二人とも、どこかで見た事があるような気がするんだが、まさかな。


「おーっす。瑞穂、久しぶりー」


 他人の空似だと思っていたのに、思い込もうとしたのに、こいつはフレンドリーに手を振り、いとも簡単に俺の思いを否定してきた。


「健介! どうして、お前がここに居るんだよっ!」

「いやー、この前一緒にテニスしたろ? あの後、いつの間にか見知らぬ豪邸に居てさ。で、ご飯は美味しいし、メイドさんたちは可愛いし。しかも、皆うさみみが生えているんだぜ!? すげーよな」


 うさみみとメイドさんに興奮する、俺の悪友にしてテニスの相方、健介が何故かネット前に立っている。

 そして、もう一人。大きな胸を無駄に反る、黒いうさみみの少女――サツキが健介の隣で不敵な笑みを浮かべていた。


「ちょっと、どういう事!? どうしてあの人がこんな所に居るの!?」

「あら、貴方も同じでしょう? 貴方が日本人をパートナーにするのは良くて、私はいけないのかしら?」

「そ、そんな事……ないけど」

「いや、それより健介はどうやってここへ来たんだ? いつの間にか居たって言うけど」

「僭越ながら、私がスカウトさせていただきました」


 突然、コートサイドから声が……って、ちょっ! 何だこれ!? センターコートの観覧席を、メイド服姿のうさみみ少女が囲んでいる。

 茶色と白のメイドさんの集団から一歩前に進んだのは、小柄な身体に反則級の胸を持つ少女で、確かナミと呼ばれていたと思う。


「残念ながら、私のテニスの腕ではサツキ様にご迷惑を掛けてしまうと思いまして、勝手ながらユキさんの身辺を監視し、テニスに関してだけは有能そうなケンスケ様を召喚させていただきました」

「いやー、こんな巨乳少女に誘われたら、ついて行っちゃうよねー。おまけにサツキ様も巨乳で、更に美人だし」

「サツキ様だって!? 健介! お前はロリコ――もとい、里菜の事が好きだったんじゃないのか?」

「瑞穂。時代は常に遷ろうもの。今の俺は、黒髪美少女に罵倒されたいんだ」

「うわぁ」


 いや、ユキ。引かないで。そして、俺をこいつと同じ感じに見ないでっ!

 確かにこいつとは長年の付き合いだけど、俺はそういう趣味じゃないからっ!


「瑞穂も、いつまでもその貧乳少女に熱くなってないで、早く目を覚ませ。巨乳だ。巨乳はいいぞ」

「うわっ! ちょ、ユキ! 落ち着いてっ!」


 コートへ来る前の緊張はどこへ行ったのか。

 健介へ飛びかかりかねない勢いだったので、背後からユキを羽交い締めにして……


「って、瑞穂もどこを触っているのよ! 昨日、あんなにも触り続けたくせにっ!」

「へっ?」

「瑞穂っ! 絶対に、ぜーったいに勝つんだからねっ!」


 一体、何の事を言っているのかはわからいが、やや暴走気味で試合前のラリーを行う。


「セブンゲームマッチ、プレイボール」


 センターコートで、うさみみメイドに囲まれての試合という、かなりアウェイな雰囲気の中、サツキのサーブで試合が始まる。

 男女混合のミックスダブルス同士なので互いにハンディキャップは無く、ユキのレシーブからだ。

 サツキはファーストサーブを下から――カットサーブを放つが、それはもう効かない。

 ユキはバックハンドで……って、回り込んだっ! 大きく跳ねるカットサーブを、正面に居る健介へぶつけるように強打する。


「0-1」

「さぁ、瑞穂! もう一球、やっちゃいなさいっ!」


 いや、試合中なのに怒り過ぎだって。今のも、健介が油断――二週間前より格段にユキが成長している事で、ユキのイメージに誤差があったから得点になったわけで。

 あのボールなら、普段の健介へぶつけに行っても返してくるよ? と、考えている間にサツキがサーブを放つ。

 俺にはバックハンド側へのスピンサーブか。しっかりと順回転が掛かっていて、ギュンとボールが落ちるけれど……まだまだ。


「0-2」

「おっけー! 流石、瑞穂。どんどん行くわよっ!」


 高く跳ね上がったサーブを、叩きつけるように打ちつける。

 ユキの強打とは比べ物にならない程速い俺のボールが、相手ベースラインの真ん中へレーザービームのように飛んで行く。

 うさみみの能力もあるし、女の子相手に悪いけど、今回は本気で打たせてもらっている。それに初めて会った時、彼女はユキに酷い事を言っていたしね。手加減するつもりも無い。

 そして、次は健介のサーブだが、


「突風」


 ユキのスイングと共に風が巻き起こり、目で追えない程速いボールが打ちだされた。

 当然、俺と同じく能力を持たない健介に打ち返せるはずもない。そして、そのままの勢いに乗って次のポイントも俺たちが獲る。


「ゲーム、チェンジサイズ」


 ユキの怒りが良い方に働いた事と、昨日練習したユキの必殺技――超高速ショットで、先ずは一ゲーム目を獲ったのだった。

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