第11話 銀髪のうさみみ少女

 ウォクク国――東京から約六百キロ程東に位置する、小さな島々から成る国。最も大きなガンゲー島でさえ、六十万坪程の面積しかなく……


「いや、ごめん。六百キロとか六十万坪って言われても、俺にはサッパリなんだが」

「えぇー、瑞穂がウォククについて教えてって聞いてきたのにー」

「もっと、分かり易くならないか? 東京ドーム何個分の広さとかさ」

「えっと、ウチが東京ドームっていうのを知らないから例えようがないんだけど、ウチの家がある場所――王都のガンゲー島でさえ、半日歩けば一周出来るくらいね」


 ユキの話によると、ここウォクク国は小さな島がかなり沢山あるらしい。

 なので基本的な交通手段は船で、島の中は徒歩。車も無くはないけど、あくまで荷物の運搬用であり、交通手段として確立している訳ではないそうだ。

 ただ、それとは別に各々の能力を使った移動手段も存在するけれど。俺たちがここへ来るために使用してもらった転移能力のように。


「けど、日本より更に東へ位置する国があるなんて、聞いた事がないけどなー」

「うーん、でも一番近いお隣の国は日本だよ? それに、多くは無いけど街で日本人の姿を見る事だってあるし」

「そ、そうなの!? でも言われてみれば、この寝室の床も畳みたいだし、ベッドじゃなくて布団だったよね。日本の文化に近いのかな?」

「そうだと思うよー。難しい事はわからないけど、周りは海しかないしね」


 よく考えればユキだけじゃなくてアミさんやトモくんにも、普通に言葉が通じていたし、家の中で靴を履いたりしてない。髪の毛は金髪だけど、それを除けば外国人だと感じられない程だ。

 まぁそもそも、うさみみが生えている時点で既に俺の常識を覆してしまっているんだけどさ。


「ユキちゃん、瑞穂君。朝ご飯の準備が出来たからぁ、冷めないうちに食べてぇー」


 一度姿を消していたアミさんが、フリルの付いた白いエプロン姿で戻って来た。

 胸元の膨らみがエプロンから僅かにはみ出し、肌色の丘が……ってアミさん、ちゃんと服着てますよねっ!?

 そんな事を考えながらも、俺の視線は胸元へ吸い寄せられてしまう。そして、不意にクルリと振り返ったアミさんの背中側で、キャミソールらしき服とホットパンツが確認出来たのだった。


……


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれー。ユキがいっぱいごちそうになったみたいだし、沢山食べてね」


 ウォクク国は土地が狭いため、戸建の家でも五階建くらいが普通らしい。

 アミさんの後を追って階段を二階分降りると、畳にちゃぶ台――テレビなどでしか見たことのないそれに、朝食とは思えない程の料理が並べられていた。


「あ、アニキ。お先に頂いてるっス。能力使うと、異様にお腹が空いてしまうっス」

「いや、俺の事なんて全然気にせずに……って、どうしてアニキって呼び方になるのさ?」

「アニキはアニキっス。それ以上、どう言えば良いか分からないっス」


 まぁ、トモくんは体育会系なノリなんだろうな。正直、違和感しかないけど、それより俺も食事をいただこう。

 ご飯と味噌汁、きんぴらごぼうと焼き魚……って、思いっきり和食だよな。ご飯はお茶碗に盛られて、箸が置かれているし。そんな事を考えながら、先ずは味噌汁に手を伸ばしてみる。


「美味しい。ちゃんと味噌の味もするし」

「瑞穂。お味噌汁なんだから、味噌の味がするのは当たり前じゃない」


 ユキは当然のように言うけれど、よく料理をする俺からすると、味噌の味を飛ばさず、かつ具材――この椀で言うと、人参と玉葱の味を引き立たせ……って、そんな事はいいか。

 とにかく、アミさんの作る朝食はとても美味しく、気付けば出された料理を食べきっていた。


「ごちそうさまでした」

「いえいえー、お粗末様でしたー。お茶を淹れるから少し待っててねぇー」


 待っている間、キョロキョロと周囲を見渡していると、視界に壁時計が入ってくる。既に時刻は七時半を過ぎていて、


「って、七時半!? ユキ。俺たちが呼ばれたのって、五時って話だよね? もうそんなに時間が経過したのかっ!?」

「ううん。瑞穂が起きてから、まだ一時間くらいだよ?」

「あ、そうか。転移能力が、瞬間移動みたいなものだって勝手に想像していたけど、そういう訳じゃないって事か」

「アニキ。自分の能力は、ものの数秒で目的地へ転移可能っス。きっと、日本との時差じゃないっスか? 自分がアニキと姉ちゃんを呼んだのは、六時半っス」


 なるほど。確か国が日本の東にあるって言ってたもんね。いろいろ説明を聞いたりして、食事を取っていたりしたら一時間くらい経つか。

 特異な魔法みたいな能力が使えると言っても、地球上である事に変わりはないので、時間の進み方や物理法則は日本と同じようだ。考えてみれば当たり前だけど。

 ようやく納得したところで、アミさん――ではなく、銀髪の女の子が現れた。


「おっはよー! おぉっ! 噂の瑞穂さん発見っ! ユキ姉やるぅっ!」

「ミコ! お客さんの前なんだから、もう少し頑張ってっ!」

「えっ!? ボク、どこか変!? 一応、寝癖も直したんだけど」

「寝癖を直したのは偉いわね。でも出来ればパジャマも着替えてきて欲しかったわ」

「あぁ、うん。でも下だけだよ? 腰から上をちゃんとしてるから良いかなーって。ほら、座ったら見えないでしょ?」


 そうだね。部屋の入口からちゃぶ台を挟んで俺の斜め前に座るまでは、可愛らしいピンクの短パンから透き通るように白い脚が丸見えだったけど、今は見えないよ。

 俺の視線から下半身を隠すちゃぶ台。そこから上は、可愛らしいフリルが沢山付いた女の子っぽい服のミコちゃん――銀髪っていうのを除けばユキと殆ど同じ顔で、一回り小さな少女が、俺を品定めするかのように紅い瞳で見つめてくる。

 ミコちゃんだけ、銀髪で紅い瞳なのか。うさみみが垂れているのは変わらないけれど、他の三人とは少し様子が違う。


「ボクはミコ。うん、うん。お兄さんはボクの夢に出て来た姿のまんまだよ」

「夢? あれ、確か占いの結果で俺の所へ来たんじゃなかったっけ?」

「うん。ボクは夢占いの能力を使えるのっ。だから、お兄さんがキーマンだっていうのは分かってるんだけど、具体的に何がどうなるかまでは分からないんだよー」

「へー、じゃあ俺が何かしらの協力すれば、とりあえずユキの願いは叶いそうだって事で良いのかな?」

「それはどうかなー? あくまで占いだからねっ。予知夢とか予言って訳じゃないし、外れる事もあるよ? 困った時の道標ぐらいに思って貰うと良いんじゃないかなっ?」


 ちゃぶ台に手を突き、腰を上げてミコちゃんが話しかけてきた。うん、膝立ちしちゃったら、ちゃぶ台で隠す予定だった下半身が丸見えだね。

 しかし、能力って言われても、いまいちピンと来ないけど、トモくんみたいに実用的なのもあれば、ミコちゃんみたいに抽象的なものがあったりと、効果は人それぞれのようだ。

 あ、聞いてなかったけど、ユキも何かの能力が使えるのだろうか。能力は一人一つかな? そもそも、どうして能力なんて使えるんだろう? 俺も使えたりするのだろうか? やっぱりうさみみが関係しているのか?

 次から次へと疑問が湧き出てくる中、再びミコちゃんが口を開く。


「ところで、お兄さん。確か、今日はウォクク国の視察っていうか、様子を見にきたって話だよねっ? 外へ行かなくても良いのっ?」

「そ、そうだね。えっと、ユキに聞いてた話では、街で日本人の姿を見かける事があるって話だったから、そのまま出ても良いのかな?」

「うん。全然、大丈夫だよね? ユキ姉が案内してあげるんでしょ?」

「えぇ、そのつもりよ。じゃあ、瑞穂。そろそろ外へ行きましょうか」


 ユキに促されて腰を上げ、トモくんの靴を借りた俺は、遂にユキの国――うさみみの国へと足を踏み出したのだった。

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