第4話 うさみみ少女? は災難続き

 ついさっき会ったばかりの幼い少女、ユキの頭に大きな耳が生えている。

 髪の毛と同じく茶色とも金色とも言えるそれは、どう見てもうさぎの耳にしか見えない。一瞬、うさみみを模したカチューシャかとも思ったのだが、突然それを着ける意味がわからないし、そもそもあんなにピクピクと動かないだろう。

 じゃあ、あのうさみみは……本物!? いや、そんな訳は無い。

 いくら俺がバニーガールの格好をしたお姉さんを一目見てみたい……とか密かに思っていても、あくまでその耳は作り物。あれは巨乳で美人なお姉さんが、その魅惑の肢体をさらにセクシーにするためのものであって、いくら顔が可愛くても、小柄で童顔、おまけに貧乳の女の子がバニーガールの格好をした所で……って、何の話だよっ!

 ユキは白いセーターにピンクの短いスカート、膝上までの黒いハイソックスで、スカートと靴下の狭間に僅かな素足が出ているものの、バニーガールの格好など欠片もしていない……って、バニーガールはもういいんだってば!

 突然の出来事に、思いっきり混乱していると、


「ふー、お風呂上がったよー。ユキちゃんは、ごはん食べ終わったー?」


 お風呂上がりで、肌をピンク色に染めた里菜がリビングへ入って来た。

 いつもの通りタオルで長い髪の毛を器用に包んだ、黄色いパジャマ姿の里菜が用意しておいたマグカップへ手を伸ばす。


「里菜ちゃんっ! うんっ、ありがとう。ご飯、凄く美味しかった」

「そっかー、良かったぁ。お母さんの料理、美味しいでしょ。ちなみに、野菜の一部はお庭で作ってるんだよー」

「そうなんだー。凄いんだねー。えっと、筑前煮っていうのかな? 美味し過ぎていっぱい食べちゃったー」


 先程までの怒りはどこへ消えたのか、ユキが里菜に抱きつく勢いでくっつき、楽しそうに話している。

 ……餌付け? そんな言葉が頭に浮かんで消えたが、誰とでも仲良く里菜のスキルとでも言うべきか、ユキがすっかり懐いたようだ。

 まぁ、ユキが申告通りの年齢だとしたら、里菜よりも三歳も年上なのだが……って、


「えっ!? あれっ!? 頭が元に戻ってる!? うさみみはっ!?」

「うさみみ? お兄ちゃん、何の事?」


 先程までユキの頭にピンと立っていた、うさみみが無い。最初に見た通りのフワフワな髪の毛だけだ。


「ど、どういう事なんだ!? さっきは確かに……」

「ちょ、ちょっと。ウチの髪の毛を見過ぎじゃない!?」

「お兄ちゃん。一体、どうしたの? ユキちゃんが困ってるよー」


 おかしい。いや、おかしいのは俺の目か?

 けど、間違いなく大きなうさみみが生えていたんだ。こう、フワフワのモフモフで、ちょっと触りたくなる感じのが。

 ……そうだ、触ってみれば良いんだ。


「ちょっと、ごめんな」

「えっ!? な、何を……ふにゅぅぅぅっ!」

「……あれ? ちょ、ちょっと、どうしたんだ!? 大丈夫か!? しっかり、しっかりしろぉっ!」


 ユキの柔らかい髪の毛に触れ、少し頭を撫でた途端に、ユキがふにゃっと崩れ落ちてしまった。

 短いスカートが乱れ、白いふとももが露わに……ダメだっ! 俺は変態ではなく、紳士なんだ。

 ユキのスカートが気になりながらも、そちらを見ないようにしながら、大丈夫か? と手を伸ばす。


「……ごめん。もう、無理ぃ」


 何が? とは聞けなかった。

 ユキがそのままリビングの床へ倒れ込み、小さな寝息を立て始めたのだった。


……


「眠っているだけ……みたいだな」

「そっか、良かった。もぉー、里菜びっくりしちゃったよー」


 眠ってしまったユキを放置するわけにもいかず、一先ず俺の部屋のベッドへと寝かせてきた。

 リビングにソファでもあれば良かったのだが、生憎うちにソファは無い。とりあえず俺が床で眠れば問題は無いのだが、もしもユキが朝まで起きなかったら、母さんにどう説明しようか。


「お兄ちゃん。そう言えば、ユキちゃんは何の用事があったんだっけ?」

「……あ、ホントだ。えーっと、テニスがどうこうって言ってたよね。何だっけ?」

「うーん、テニス、テニス……んーと、テニスを教えて……だったかな?」


 テニスを教えて……か。日本人じゃないみたいだし、金髪で白い肌だからヨーロッパとかかな? だとしたら、硬式テニスの事を言っていると思うけど、むしろ俺が教わりたいくらいなんだが。

 すっかり忘れてしまっていたけど、突然俺の腕の中へ現れた事とか、うさみみの事とか、あと巫女さんについても何か言っていた気がする。


「えーっと、とりあえずユキが起きたら聞こうか」

「うん、そうだねっ。じゃあ、お兄ちゃん。里菜にいつものマッサージしてーっ」

「はいはい。じゃあ、あっちのカーペットでな」


 少し時間は経ってしまったものの、お風呂上がりでまだ身体が温かいうちに、里菜へマッサージを施していく。


――モミモミフニフニ


「んっ……くすぐったいよぉ。お兄ちゃん」

「里菜。毎日やってるんだから、いい加減に慣れようか」

「だって……その、触られてるか触られてないか分からないくらいの、微妙な撫で方なんだもん」

「それが良いんだってば」


 里菜をうつ伏せに寝かせ、爪先からふくらはぎ、太ももへとゆっくり撫でていく。今日は里菜を走らせ過ぎてしまったので、足を重点的にマッサージしている。

 ちなみにこれは、ソフトテニスの元インストラクターで、現看護師である母さん直伝のスポーツマッサージだ。母さん曰く、力を入れて揉むのは逆効果で、優しくゆっくりやらないとダメらしい。

 他にも腕や足を痛めた時のテーピング方法とかも教えてもらったけど、今のところ使わずに済んでいる。兄妹共に、丈夫な身体に産んでもらった事を感謝しなければ。


「よし、おっけー。じゃあ、兄ちゃんはお風呂へ行ってこようかな」

「お兄ちゃん、ありがとう。……あ、そうだ。いつもしてもらってばかりだし、たまには里菜がお兄ちゃんをマッサージするよっ?」

「おー、ありがと。でも、里菜の小さな手で兄ちゃんの身体は大変だろ? もう少し大きくなったら頼むよ」

「もぉー、お兄ちゃんはいつも里菜を子供扱いするー。里菜だって、少しは成長してるんだからねー」


 里菜が頬を膨らませて怒っているのだが、その仕草が昔から変わっていないというか、お子ちゃまというか。まだまだ兄として護ってあげなければ。


「ほら、お兄ちゃん見てよー。里菜、ちょっと胸が大きくなったと思わない? ほらほら」

「……ちょっ! いきなり何の話だよっ! てか、見せようとするなよ」

「見せようと……って、パジャマの上からなのに、そんなに照れないでよー。里菜まで恥ずかしくなっちゃうよぉ」

「だったら、ほら。早く部屋に戻って宿題しておいでよ。じゃあ、兄ちゃんはお風呂へ行くから」

「ちょっと、お兄ちゃんってばぁ。……もぉっ」


 まだ里菜が何か言いかけていたが、逃げるようにして洗面所兼脱衣所へ。

 里菜の胸が大きくなっていたかというと、そうでもないのだが、その……テニスコートで思いっきり触ったユキの胸の感触を思い出してしまった。

 二人とも今は大きくないけれど、いつか育って……って、ダメだ。普段はこんな事を考えたりせずに、テニスで頭がいっぱいなのに、どうかしているらしい。

 浴室に入ってシャワーで頭を冷やし、俺は一人猛省するのであった。


……


「よしっ! 反省終わりっ! 今日は脚のインナーマッスル強化っ!」


 自分自身に意識させるため、あえて言葉に出す。

 密かに浴槽へ浸かりながら毎日やっている事だったりする。まぁ大きな家ではないので、もしかしたら母さんや里菜に、いつも聞こえているかもしれないが。


「ふっ! ふっ! ふっ……」


 洗面所で鏡を見ながら、その場で足踏みをするかのように膝を上げる。

 ちなみに、筋肉の動きが見えるように全裸でトレーニングをしているが、筋肉好きでもなければ、変態でも無い。あくまでテニスのためにやっているわけで。いや、本当に。

 今やっているのも、母さんから教えてもらったトレーニングの一つだし。なので、俺が風呂へ入って出てくるまでは、家族は誰も洗面所へ入って来ない。

 が、今日は家族以外の人物が居る事をすっかり失念していた。


――ガチャ


「ふっ! ふっ! ふっ……えっ!?」

「……えっ!?」


 突然入口の扉が開いたかと思うと、眠そうな顔のユキが入って来て、俺と目が合った。

 驚いて目を丸くしたユキも、俺もその場に固まってしまうのだが、どういうわけかユキがその視線を俺の顔から、ゆっくりと下へ動かしていき、


「――ッ!? ……きゃ……」

「待て! 違う、これはテニスのトレーニングの一種なんだっ!」


 ユキが悲鳴を上げようとするのが目に見えて分かり、ダッシュでその口を押さえる。

 これ以上、変態呼ばわりされるのは御免なのだが、ユキが小さな頭を左右に振り、モゴモゴと暴れ出す。


「んーっ! んんーっ!」

「頼む、落ち着いてくれ! これは、インナーマッスルという身体の奥の方にある筋肉を鍛えているんだ。決して、変な事をしている訳ではないんだっ! テニスのためなんだっ!」


 テニスのため……という言葉が耳に届いたらしく、一先ずユキの動きが収まったので、ゆっくりと口を押さえていた手を離した。


「うぅっ……ウチ、もうお嫁に行けないよぉ……」

「えぇっ!? いや、だからトレーニングなんだってば」

「うわぁぁぁんっ!」

「ちょ、ちょっと待てってばっ」


 変態呼ばわりこそされなかったものの、ユキが泣きながら出て行く。

 これは俺、悪く無いよね? そう思いながらも、大急ぎで着替えてユキを探す。

 玄関に靴があるので、外には出て居ない。リビングは……誰も居ないようだ。さっき寝かせた俺の部屋は……居た。

 明かりも点けずに、ユキがベッドの上で三角座りの状態で、膝に顔を埋めている。


「えーっと、ユキ……さん?」

「うぅ……ミコが川本瑞穂を探せっていうから来てみたら、いきなり胸を揉まれるし、テニスの事は何にも進展ないし、おまけに全裸で密着されるし……」

「うっ……ご、ごめん」


 よくよく考えると、どれも事故な気がするのだけれど、泣いている女の子に勝てる訳も無く、とりあえず謝ってしまった。

 すると、暗闇の中でユキが顔を上げる。


「ねぇ……責任取ってよね」

「えっ!? ど、どういう事!? えっと、不可抗力というか事故と言うか……」

「ウチの胸を触ったもん! それも、ニ回も! ……だから、川本瑞穂! 責任を取って、ウチをテニスで優勝させなさいっ!」

「……へっ!?」

「一ヶ月後に、ウォクク国で国内最大規模となるテニスの大会があるの。ウチをその大会で優勝させたら、今回の事は許してあげる」


 あれ? 何で俺、こんなに上から言われてるの? お願いされてるんじゃなかったっけ?

 てか、一ヶ月後!? しかも国レベルで開かれる大会で優勝!? そんな凄い話だと、俺が力になったところで大した成果は得られないと思うんだけど。


「瑞穂! 返事は!?」

「えっ!? は、はい」

「決まりっ! じゃあ、今から瑞穂はウチのトレーナーなんだからっ! しっかりテニスの指導をするのよっ!」


 しまった。勢いに押されて思わず返事をしてしまった。

 けど、マジで言っているのだろうか? てか、教えられる側の態度じゃないよね?


「ちょっと、待て――」

「もー、お兄ちゃん。何をしてるの? 眠れないよぉ……」


 突如部屋に入って来た里菜が、眠そうな声を上げながら部屋の照明を点ける。

 と、明るくなった視界にベッドへ座ったままのユキが映った。少し目が赤くなっている辺り、本気で泣いてしまっていたようだ。

 だが、それ以外は特に変わった様子も無く、頭にうさみみも無い。他は……女の子らしく、三角座りが内股になっているくらいか。短いスカートで。


「……えーっと、ユキちゃん。パンツ見えてるよ?」


 あぁぁぁ……知らぬが仏と、本人の為に黙っていたのにっ! 我が妹ながら、素直過ぎるよっ!


「いやあぁぁぁっ!」


 数秒後、言葉の意味を理解したユキの悲鳴が、家中に響き渡る。

 ……白と水色の縞々だったよ。

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