第14話 うさみみ少女の本当の理由

 コートはそのままに、ユキからのサーブへと変わったのだが、やはりサーブが入らない。

 最初のゲームとは違い、俺が昨日見惚れた綺麗なフォームに近づいてはいる。だが一度もサーブが入っていない焦りと、そもそも硬式テニスとソフトテニスの違いもあり、またもやダブルフォルトを繰り返してしまう。


「ダブルフォルト。0-3」

「あの……失礼ですが、もう試合を止めてあげた方が宜しいのではないでしょうか?」


 足元から、ナミが小さな声で話しかけてきた。

 素人目に見ても、ユキが勝てる見込みが無いと思えたのだろう。事実、ユキは一ポイントも取れておらず、ほぼ全てが自滅といった有り様だ。

 だけど、それでも少しずつ修正されている。ユキにソフトテニスは教えていないのだが、持ち前の運動神経で硬式テニスとソフトテニスの違いを感じ取り、徐々にコースが改善されているのだ。

 だから本人が諦めない限り、試合放棄なんて――


「フォルト」


 ほら、今のは惜しかった。スピードを落としたユキのサーブは、僅かにボール一つ分だけ枠から外れていただけだ。次こそは、きっと入るはず。

 そう思いながらユキのサーブに注視していると、山なりのゆっくりしたボールが枠内に入る。

 どうだ、見たか!? テニスを始めて二日。しかも、ソフトテニスをするのは初めてなのに、サーブが入ったんだ!


――パシッ


 だがチャンスボールかのような山なりのサーブをサツキが強打し、ユキが一歩も動けぬ程の速さでストレート――空いているスペースへ打ち込まれてしまった。


「……審判。今のプレイに対するコールはありませんの?」

「すまない。ゲーム、チェンジサイズ」


 サツキの催促で我に返って審判としてコールすると、足元からはナミの視線が突き刺さる。

 互いに無言のまま審判台を降り、ユキの元へ行くと、


「瑞穂。見た!? ウチ、サーブ入ったよ!」


 嬉しそうな笑顔を向けられた。


「そうだね。ソフトテニスは初めてなのに、凄いよ!」

「うんっ! ……正直ね、今のウチでは彼女に勝てない。けど、次のゲームも全力で頑張って、テニスの勉強してくるから応援しててねっ!」


 当初の怒りを上手く抑えているのか、サーブが入った事を心の底から喜んでいるのか、真っ直ぐに前だけを見て、ユキがコートへ戻っていく。

 そして、俺は次のゲームの開始を告げたのだが、


「ゲームセット。四対零で、サツキ選手の勝利です」


 結局ユキがサツキのサーブを返す事が出来ずに、あえなく負けてしまった。

 試合終了と共にコートの中央へ四人が集まるのだが、腕組みをしたサツキが再び胸を反らす。


「ふふっ。練習にもなりませんでしたわね。貴方、本当に大会へ出るんですの? 恥を晒すだけですから、辞めておいた方が宜しいんじゃなくって?」

「いや、ユキはこれが初めてのソフトテニスなんだ。今回は負けてしまったけど、一ヶ月後にはきっと勝ってみせるさ」

「大会まで一ヶ月よ? 貴方がどれだけ優秀な選手でコーチなのかは知らないけど、たった一ヶ月でどこまで上達させられるかが見ものだわ」

「優秀かどうかはわからないけど、やれるだけの事はやるさ」

「そう。では、大会で貴方たちペアと戦う事を楽しみにしているわ。せいぜい、恥をかかないようにする事ね」


 そう言いながら、ナミの差し出すタオルでサツキが汗を拭う。

 海に建てられているからなのか、それともこの国にとっては普通なのか。日が登るに連れて日差しが厳しくなり、秋とは思えない程の暑さが周囲を包みこむ。

 これなら、普段着のはずのユキが、昨日のテニスウェアと変わらぬくらい露出が多いのも頷ける。


「それにしても、今日も暑いですわね。……あら、そう言えばユキさんの妹さんは、アルビノだったかしら。こんなに暑いと大変そうね」


 アルビノ? あまり聞き慣れない言葉だ。うさみみ特有の言葉なのだろうか。ユキの妹と言えば銀髪のミコちゃんの事だけど……と、試合終了後からずっと口を閉ざしていたユキが、突然慌てだす。


「待って! その話は……」

「あら、どうかしまして? 貴方の妹さんの事は皆知っている話でしょう?」

「そうだけど、今その話をする必要はないでしょっ!?」

「何をそんなに焦っているのかしら? もしかして、貴方のパートナーは知らないの? アルビノが――貴方の妹が不治の病……」

「やめてっ!」


 悲鳴のようなユキの叫び声が、サツキの言葉を遮る。

 すると、サツキは何かに気付いたようで、目を細めて口元に笑みを浮かべた。


「わかったわ。大会の賞品にある、秘薬エリクシルが目的ね。王家に伝わる秘薬なら妹を治せるかも……一縷の望みに賭け、長年やってきたバドミントンを捨てて、突然テニスへ転向だなんて泣かせるわね」


 ユキは何も言わずに、キッとサツキを睨みつけるだけ。

 その様子を面白がるかのように、サツキが再び口を開く。


「けど無理ね。仮に貴方のパートナーがとてつもなく上手だったとしても、ダブルスの試合である以上、貴方が狙われる。それに副賞として優勝賞品を選べるのは優勝ペアのみ。つまり、私に勝てないとエリクシルは手に入らないわよ」


 そう言いながら、サツキがユキに貸していたラケットを取りあげる。


「ふふっ。面白くなってきたわ。早く大会当日にならないかしら。妹を助けられず、絶望する貴方の顔を見てみたいもの」

「あんた、どうしてユキを目の敵みたいにするんだ!? 詳しい事はわからないけど、その薬で誰かが助かるのなら……」

「憎いからよ。生まれながらにして何もかもを手にしてきた私に、唯一敗北を与えたその女がね。さぁ、戯れはもう終わりよ。出て行きなさい」


……


 逃げるように試合会場を離れ、どこへ行く訳でもなく、互いに無言のまま海辺を歩く。

 暫く進むと次第に喧騒も小さくなっていき、砂浜に打ち寄せる波の音だけが俺たちを包む。

 ここが島のどの辺りなのか検討もつかず、ただただ前を行くユキの後を歩いていると、


「ごめんね」


 ポツリと小さな声が届いた。


「ごめん……って、何が? さっきのサツキって子の態度については、別にユキが謝る事じゃないだろ?」

「ううん、違うの。そうじゃないの。ウチ……瑞穂に嘘を吐いてた」

「悪い、何の話だっけ? 年齢詐称とか? 本当は小学生だったとか」

「違うよ。昨日、瑞穂が聞いたよね。どうしてテニスに拘るんだって」

「あぁ、その事か」


 暫し考えて、思い出す。

 僅か一ヶ月で、テニスの国内大会で優勝させて欲しい。そんな滅茶苦茶な事を言ってきたにも関わらず、俺が協力しようと思った理由――俺と同じく、居なくなったお父さんを探って話の事か。


「うん……お父さんが居ないのは本当だけど、目的はそうじゃなくてね」

「俺に協力してもらうために、俺がテニスをする理由に合わせたって事か。でも、誰にも――里菜や母さんにすら言っていないのに、どうして分かったんだ?」

「ウチの妹、ミコの能力なの。瑞穂にテニスを教えて貰いに行く時、お父さんの話を出せば良いだろうって結果が出て、その意味する事も知らずに使ってしまって。本当に、ごめんなさい」

「そうか。で、さっき話してた王家に伝わる秘薬だっけ? そっちがユキがテニスをする事になった本当の理由なのか?」

「えぇ。ミコはウチの家で一人だけ銀髪だったでしょ? 昔から、銀髪のうさみみは特殊な能力が備わるって伝えられていて、未来が見えるっていうとんでもない能力があるのね。けど、その反面身体が弱くて、ほとんど外に出られないの」


 未来が見える能力――俺の家庭事情を知らないままに、こうして俺をうさみみの国へと連れてきているあたり、本物なのだろう。

 けど、あの元気いっぱいだったミコちゃんが、実は身体が弱いだなんて、想像も出来なかったのだが。

 まぁ確かに、喋ったのもほんの僅かな時間だったし、無理して元気よく見せていたのだろうか。

 ユキと瓜二つで、半分パジャマだったミコちゃんの姿を思い浮かべていると、突然両手が温かいものに包まれる。手元を見ると、ユキが両手で俺の手をギュッと握っていて、


「お願いっ! 嘘を吐いていた上に、無理な事を言っているのは十分わかってる。だけどミコを……ミコを自由に動けるようにしてあげたいの。瑞穂、助けて!」

「……どうして、俺なんだ? ミコちゃんの未来を見る能力だってのは聞いたけどさ、俺よりテニスが上手い人は沢山いるし、そんに事が重大なんだから、尚更別の人のが良いだろ? それに、直接国に掛け合って、薬を分けて貰うとか出来ないのか?」

「国に掛け合うっていうのは、もうしてみたの。でも身体が弱いと言っても、命の危機って訳でもないし、取り合って貰えなかった。あの薬で治る確証も無いしね。それから瑞穂を選んだのは、ミコの意志でもあるの」

「ミコちゃんの? それって、どういう事!?」

「テニスを教えてって言いながらも、ウチやミコが瑞穂に払える報酬とか対価なんて何も無いじゃない。だから、もしもウチが優勝出来たら、その……み、ミコが瑞穂のお嫁さんになるって」


――ぶはぁっ


 真面目な話をしていると理解しつつも、思いっきり噴いてしまった。

 ユキですら小学生に見えるというのに、さらに幼い妹のミコちゃんが結婚って。いやいやいや、だから俺はロリコンじゃないっての! てか、そもそもミコちゃんって何歳だよっ! 聞くのも怖いよ!


「ま、真面目に話してるのよっ! えっと、瑞穂がミコだけじゃ足りないって言うのなら、ママもどうぞって……」


 人妻っ! うさみみ人妻っ! えっと、何これ。うさみみはハーレムが許容される文化なの!? しかも、母娘って。


「いや、ミコちゃんが苦しんでるんだろ? なら報酬なんて別にいらないけどさ、それより気になるのが、さっきサツキが大会はダブルスって言ってなかった!? ペアは誰なの?」

「えっ!? うそ!? ダブルスって、二人でペアを組んで試合に出るんだよね!? ウチ、一人じゃダメなの!?」

「まさか、ダブルスだって知らなかった……の?」

「ご、ごめんなさい。そして、ペアになってくれそうな人なんて……」


 マジで!? ダブルスの試合なのに、ペアも決まってないの!? 一ヶ月後なのにっ!?


「はぁ……乗りかかった船だし、とりあえず協力するけどさ、一日だけ時間をくれないか。ちょっとやる事が出来たから」


 俺はユキの温もりと柔らかさを感じながら、大きく溜め息を吐いたのだった。

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