第21話 ノーマルは白
試合。
公式戦でも練習試合でもそうだけど、勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。だが、対戦相手との実力差と、試合結果がもたらす感情は反比例する。
格下に勝っても当然だという感情が湧くし、力量差があり過ぎる相手に負ければ、いつか壁を越えてみせると、遠い目標に据えられてしまう。
「うぅ……もう少しで勝てそうだったのに」
だから、瞳に涙を浮かべて悔しがる事が出来るという事は、つまり実力がそれだけ拮抗していたという事だ。
「ふふん。やはり、このオレの里菜ちゃんへの熱い想いが勝利へと繋がったようだな。さぁ、里菜ちゃん。勝利を祝うハグをっ!」
「ユキちゃん、凄かったよ。たったの二週間しか練習してないのに、あんなにもボレー決められたんだもん」
「あれ? 里菜ちゃん? オレの事、視界にすら入って無い感じ? おーい、里菜ちゃーん!」
結論から言うと、『4-2』で俺とユキのペアが負けてしまった。
はしゃぐ健介を完全に無視して、里菜がユキに声を掛けるが、押し黙ったままだ。
「よし、じゃあ今の試合の反省会をしようか」
「むっ! 瑞穂。オレに負けたくせに仕切るのか!?」
「はいはい。じゃあ、健介が仕切っていいよ」
健介はあまり仕切るタイプでは無いのだが、ここぞとばかりに里菜へアピールしたいのかグイグイ出てくる。
とりあえず、一旦好きにさせてみようか。
「オーケー。勝因は、オレの里菜ちゃんへの想いが強かった事。敗因は、瑞穂が試合をしていなかった事だな」
「……じゃあ、最初のサービスゲームだけどさ、ちょっと焦っちゃったね。ポジション混乱してたし」
「また皆で無視なのかっ!? せめて瑞穂くらいは拾ってくれよ!」
いや、健介の言った事も事実だけどさ、多分その内容は俺にしか伝わらないだろ。
試合内容としては、ユキと里菜のレベルが同レベルのプレイヤーで、俺と健介も同じくらいだけど、ミックスダブルスの試合でラリーをする相手が里菜だし、俺は力を抑えて打ってしまう。
一方、健介は相手後衛が俺だし、里菜に良いところを見せたいがために、全力だ。久々のソフトテニスだと思うのだが、今日の為に密かに練習でもしてきたのか、そこまでブランクを感じさせなかった。
だが、一番の原因はそこだけど、それだけ言えば良いってものでもない。
「里菜は二ゲーム目で、ダブルフォルトしたよね。あれは一番ダメなミスだから、セカンドサーブもしっかり練習しような」
「はーい。そうだよね、相手からすれば何もせずにポイント貰えるもんね」
「それに、深いボールがしっかり打ててたし、良かったよ」
「でもユキちゃんに、いっぱいボレーされちゃったけどね」
「いや、あれはユキが凄すぎたんだよ。攻撃のチャンスを逃さない嗅覚っていうか、センスが凄いよ」
結果としては負けてしまっているが、俺と里菜のラリー中にユキが何度もボレーに割って入る。
あの思い切りの良さは、今のままでも十二分に強力な武器だ。
「けど、ウチがボレーしても、全部あの人に返されちゃって、決めれなかったもん」
「あの人扱いっ!? オレは元双海中学のスピードスター。高木健……」
「えっと、それは仕方ないと思うよ。だって、高木先輩はお兄ちゃんと組んで、中学のソフトテニスで全国大会行ってるくらいだし」
里菜、やめてっ。全国大会行ったのって、引退する最後の一回だけだし。おまけに、全国大会では一回戦負けだしさ。
健介は胸を張っているけど、俺はそれくらいの結果じゃ満足してないんだって。
「ユキ。ユキの攻撃は十二分に凄い。だから、そこをさらに伸ばしつつ、次は守備を覚えよう」
「……守備? あの人が、ウチのボールを返してきたみたいに?」
「うん。攻める時は攻めて、守る時は守る。後衛が打ったボールに加えて、相手前衛の動きも視野に入れながらポジションを細かく変えるんだ」
「うー、言ってる事はバドミントンでもやってたから分かるけど、コートが広いよー」
いやいや、広いと言っても倍もあるわけじゃないし、横幅なんてバドミントンのコートと大差なさそうだしさ。
まぁ確かに奥行きはあるけど。
「大丈夫。今日は、一日かけて健介が教えてくれるから」
「えっ!? ちょ、オレっ!?」
「いや、だって今日は部活が休みなんだろ? 彼女も居ない健介の事だ、暇だろ?」
「じゃあ、里菜は部活があるから、一旦帰るね。お兄ちゃん」
「あ、そうそう。オレも里菜ちゃんの部活の様子を見に行くっていう予定が入ってるから」
そう言って、荷物を片付け始めた里菜へついて行こうとする健介の肩を掴み、
「変質者として通報されないためにも、ここに居ろって。健介の事だから、冗談じゃなく本気で見に行きそうだし」
「誰が変質者だよっ! いいじゃないか、OBが部活を見に行くくらい普通だろ?」
「いや、普通のOBが行く分には変じゃないけどさ、健介はちょっと」
「おいおい、オレが変な事をするみたいじゃないか。言っておくが、オレは後輩たちがスクスク成長する様を見に行くわけであってだな……」
「あれー? これ、誰のスマホ? 赤く光ってるよー?」
健介を何とか里菜へ近づけまいとしていたのだが、その里菜が声を上げた途端、突然真顔になる。
ゆっくりと俺の手を払い、スッと里菜へ近づくと足元にあったスマホを拾い上げ、何かを操作してポケットへしまい込む。
そして何事も無かったかのように、話しかけてきた。
「まぁ、そういうわけだから。さぁ里菜ちゃん。一緒に双海中学へ行こうっ!」
「おい、健介。ちょっと、そのスマホを見せてもらおうか」
「な、何の事だ!? オレは、別に何も撮ってなんかいないぜ!?」
「いや、撮ってない……って、ほぼ自白じゃねーかっ! 何を撮ってたんだよ!」
「あぁっ! ダメだぁー! お願い、マジで止めてっ! 返してっ!」
健介から無理矢理撮り上げたスマホを操作し、アルバムの最新のものを開いてみる。
『ユキちゃん、凄いよね。たった二週間で、もの凄く上手になったもん』
里菜の声がスマホから再生される。
ジト目で健介を睨みながらも暫く確認していると、ずっと里菜にズームしていた画面は、俺たちが健介に気付いてからもコートのネット際を映し続けていた。
一瞬、試合内容の振り返りに使えるかも? と思ったけれど、コートの横から――それも地面スレスレのアングルから、やや上向きに撮られているので、試合の内容を振り返るのにも使えない。
時々、ネットプレイに努めるユキや健介の姿が映るくらいだろうか。
「健介。お前、これマジで犯罪だって」
「いや、その出来心と言うか、だって里菜ちゃんが可愛いんだっ!」
「高木先輩……」
「瑞穂を越えた本物の変態ね」
「いや、ユキ。俺も変態じゃないから。で、とりあえずこのデータは削除するから」
と、削除の操作をしようとしたのだが、皆の白い視線に晒されながらも、健介が泣きついてくる。
「いや、じゃあせめて最初の里菜ちゃんのシーンだけでも残してくれよ」
「却下。せめて、もう少し前衛の動きが分かるような動画だったら……って、何にせよ盗撮じゃねえか! って、あっ!」
所々飛ばしながら再生していたのだけど、たまたま映ったシーンがコートチェンジで、ネットの横をユキがいつものスコート姿で歩いている。
もちろん、地面から上向きに気味に映る画面には……
「あ、ユキちゃん。アンスコは白なんだ。白っていいよね。ノーマルにしてフォーマル。そう、アンスコは白であるべきだよ」
健介がまた余計な事を言う。
すると、ユキが無言のまま削除ボタンを押すと共に、俺からスマホを取り上げ、
――シュッ
風を切る音と共に、フリスビーかのようにスマホが宙を舞う。
上手く風に乗ってしまったのか、細いユキの腕からは想像も出来ない程の距離を飛び、
「あ、対岸まで飛んだ……って、オレのスマホっ!」
「えーっと、じゃあ里菜は部活に行ってくるね」
「おー、気をつけてな」
「いってらっしゃい」
「オレのスマホぉぉぉっ!」
健介が泣きそうになりながら、自転車へ駆け寄ると、少し離れた橋を渡って行った。
って、ここから対岸まで百メートル近くあると思うんだが。あ、でも俺や健介を吹き飛ばすほどの腕力の持ち主だしな。
「とりあえず、健介がスマホを探し終えるまで時間が掛かるだろうし、俺たちはお昼ご飯にしようか」
「うん。今日は瑞穂が作ったお弁当?」
「あぁ。母さんは仕事だからな。母さんのが良かった?」
「ううん。どっちも美味しいよ。ありがとう」
対岸に小さく見える健介を眺めつつ、二人でお弁当を食べたのだった。
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