第2章 スコートテニス
第5話 うさみみ少女は二次元
――チーン
キッチンにある少し古い型の電子レンジが、冷凍ご飯の解凍を終えた事を告げてきた。
熱いご飯を取り出し、うさぎ柄の可愛い弁当箱と、無地で何の変哲もない弁当箱へとそれぞれ詰める。
まだ半分程スペースがあるので、そこには先に作っておいた卵焼きと、ウインナーに昨日の晩御飯の残り物を入れて、出来あがりだ!
「……って、昨日の晩御飯は、何も残って無かったんだ。あの小さな身体で、どれだけ食べるんだよ」
仕方なく適当な冷凍食品を詰め、無事に今日の昼ご飯が完成した。母さんが夜勤の時は、いつも自分と里菜のを作っているので、かなり手慣れたものだ。
里菜のはまだ時間に余裕があるのでご飯を冷ましつつ、俺の分は早々に鞄へ詰め込む。チラリと時計を見ると、既に六時を過ぎてしまっていた。
「じゃあ、行って来るね」
薄暗い俺の部屋で、一人熟睡する里菜に向かって小さく声を掛け、テニス部の朝練へと出発する。
俺の部屋で里菜が眠っているが、もちろんいつも一緒に眠っている訳ではない。というか、昨日も一緒に寝た訳ではない。
というのも、昨晩はユキがスカート全開でしましまパンツを曝け出していた事に気付いた途端、俺のベッドへ潜り込んで出てこなくなってしまった。
もしやこれは、同じ部屋で家族以外の女の子が眠るという、男子高校生にとっては夢の様なシチュエーションかっ!? と思ったのも束の間、寝ぼけた里菜が「ユキちゃんと一緒に寝るー」などと言い出し、部屋の主である俺を追い出してしまったのだ。
べ、別に変な期待なんてしてなかったけどさっ!
そ、それに俺はバニーガール姿が似合うくらいの、セクシーなお姉さんがタイプな訳だし。里菜と対して変わらない、お子様になんて興味は無いんだからっ!
ちょっと悔しかったので、一人変なテンションのまま里菜のベッドで眠りについたのだ。
まぁこれが昨日の話で、俺が弁当を作っている途中、眠そうに目を擦るユキが現れ、「帰る。夕方来るから、テニス教えて」と呟いて帰っていったのだった。
「ユキはマジで何だったんだろう。俺の事をトレーナーだなんて言ってたけど、本当に今日も来るつもりなのか?」
里菜にソフトテニスを教えながら、ユキに硬式テニスを教える……なんて無理だっての。
そんな事を考えながら、テニス用具一式を積んだ自転車で県道を爆走する。五分程走った先にある国道を渡ると、そこからは緩やかで長い坂道だ。帰りは楽だけど、行きはとにかくキツい。
どうして山の上に高校を建てたんだよ! と思わなくもないけれど、百年も前に建てられた歴史ある高校だったりするのだ。
「お、おーっす、瑞穂」
「……ふぅ。おぉ……おはよう。健介」
坂を登り切ったところで、一息吐いている黒髪短髪の悪友、健介が声を掛けて来た。肌寒い秋の朝に、長い坂を一気に登り切ったであろう健介は、全身から白い湯気が出ている。もちろん俺も同じ状態だが。
朝早くから学校へ向かう理由も俺と同じ。こいつは同じ高校へ進学し、同じテニス部に入部した腐れ縁なのだ。だが中学の頃と違って、本性を隠さず、開き直ったので性質が悪くなっている。
「瑞穂がギリギリに来るなんて珍しいな。まさか、里菜ちゃんに何かあったのか!?」
「相変わらず、お前は何でも里菜にこじつけるよな。里菜は俺のベッドでぐっすり眠ってるよ。何にも無いっての」
「何……だと……? おい、待て! 里菜ちゃんが瑞穂のベッドで眠ってる!? ちょ、おま……いくら里菜ちゃんが可愛過ぎるからって、実の妹に手を出したのか!? あの透明で何も知らない無垢な里菜ちゃんに……この変態っ! シスコンっ! 羨ましいじゃないかっ!」
「お前と一緒にするなっ! そして、羨ましがるなっ!」
「あ、瑞穂。置いて行くなよー」
置いて行きたくもなるっての!
なんせこいつは、中学三年生の時に入部してきた、当時一年生の里菜に一目惚れしたらしい。里菜は健介の事を全く何とも思っていなさそうだが、誰をも惹きつける小天使スマイルがデフォルトで発動し、見事に健介が堕ちてしまったのだ。
そして中学生の頃は毎日部活で里菜の姿を見る事が出来たけど、高校生になってからはその姿を見れない。そのためか、何かにつけて里菜の話をしてくる。
曰く、
「あー、あのちっぱいに顔を埋めて、スーハースーハーしたいっ!」
「瑞穂。里菜ちゃんの等身大抱き枕を製作したいのだが」
「お義兄さん。里菜ちゃんを賭けて、試合をしましょう。僕が勝ったら、一週間だけで良いから里菜ちゃんを貸してください」
って、今思い返しても酷いな。誰がお義兄さんだよ。
まぁテニスに対しては真面目なのが救いだけど、それ以外は相変わらずな健介を放置して、自転車を加速させる。
坂道さえ越えてしまえば、後は校門までは平坦な道しか無い。ひたすら真っ直ぐ進んで、自衛隊の駐屯地を曲がった先――ここが俺の通う県立双海高校だ。すぐ横に自衛隊が居るという珍しい学校だが、万が一の時にはすぐさま助けてくれるだろうと、内心で変な安心感を持っていたりする。
そして正門と、紅く染まった木々の下をくぐり抜け、駐輪場へ自転車をとめたら猛ダッシュでテニスコートへ。
敷地の隅に五面のテニスコートが並ぶけれど、うちの高校は女子テニス部の方が部員が多いので、放課後は二面しか使えない。なので、朝練は五面全てを使える貴重な時間なのだ。
「よし、瑞穂っ! 今日も頑張ろうか! 明日は部活が休みだし、今日は全力でやらないとな」
「くっ……自転車でかなり差をつけたはずなのに、追いつかれた!?」
「ふっふっふ。スタミナで劣っているは認めるが、脚の速さなら負けないぜっ! 何せ俺は、双海中学のスピードスターと呼ばれた男!」
「いやそれ、健介が自分で言ってただけだし……正直、痛いよ?」
「おいおい、双海中学のキャノン砲と言われた瑞穂が今さら何を言うんだ。あ、やっぱりもっと格好良い、双海中学のレールガ……」
「おはようございまーすっ!」
さらっと健介の話を流して、コートに入る。
どれも健介が一人で言っていた恥ずかしい呼び名なのだが、まぁプレイスタイルには合っていたかな。
健介は思い切りの良さを武器に、前衛でボレーを決めまくり、俺は後ろからでもポイントが獲れる程のハードヒッター……まぁ共に中学のソフトテニスの話だけどさ。
中学のソフトテニスはダブルスの試合がほとんどで、前衛と後衛が明確に分けられていたけど、高校でのテニス部はダブルスもシングルスもある。なので、前に詰めてネットプレイだけ、コートの後ろでベースラインプレイだけという訳にはいかないのだ。
そんな訳で、今日も俺は苦手としている打ち方を改善すべく、先輩の厳しい球出しで、ひたすら反復練習に勤しむのであった。
……
「おい、川本。授業中に寝るなといつも言っているだろ」
「……あ、すみません」
「次に私の授業中に居眠りしたら、添い寝するからな」
「絶対に寝ません!」
朝練からの授業中に隠れて早弁、そして昼休みの練習と、体育会系のテンプレみたいな過ごし方をした六時間目の数学の授業なんて、眠るなと言う方が無茶ではないだろうか。おまけに良く分からない公式の説明が、お経のように耳を通過していくし。
とはいえ三十路の担任、千葉先生に添い寝などされたら……その後、俺の命はあるだろうか。
何せ、長身で腰まで届く長い髪に、黒タイツとハイヒールという出来る女性教師という出で立ちの先生は、何を隠そう柔道部の顧問だったりする。授業中の格好からは想像も出来ないが、当然黒帯なのだとか。添い寝と言っていたが、間違いなく柔道着で寝技を極められるだろう。
先生は怒らせると怖いが、小顔で美人だし、おまけにスリムだから、俺の近くに居る年上の女性で一番バニーガールの格好が似合いそうだ。ただ、残念な事に胸が無いけど。それはもう、見てるこっちが悲しくなる程、胸が全く無い。
俺より年上で貧乳だなんて……そう言えば、幼い容姿なのにユキも俺より年上だって言ってたっけ。あの子もバニーガール姿なんて無理だよな。胸の部分がペタンってなって、残念具合にうさみみまで萎れるんじゃないか?
「って、そうだ! うさみ……」
「どうした、川本。突然大声を上げて。まさか、居眠りしてて寝ぼけた……とかじゃないだろうな」
「す、すみません。何でもありません」
思わず声が出てしまったが、授業中だと言う事に気付いて謝り倒す。
くすくすと笑い声が聞こえてくるが、そんな事に構っている場合じゃない。いろいろあって失念していたけど、うさみみだ。昨日、ユキの頭から間違いなく、うさぎの耳が生えていたんだっ!
そんな事、普通は有り得ない。それに、うさみみが見えたのも一瞬で、数秒後には消えてなくなっていた。それに、うさみみ少女なんて、そもそもアニメやゲームの中だけのフィクションの話なんだ。
だけど、頭ではそうだと分かっていても、あのモフモフ感とリアルな動きがどうしても気になってしまう。このままでは気になって、うさみみを部活まで引きずってしまいそうだ。俺はテニスに全てを賭け、テニスに全身全霊を注がなければならないというのに。
この後の部活へ影響を出さないように、何かユキのうさみみについて分からないかと、教科書に隠してスマホを弄る。
授業中だというのはわかっているが、一先ず、『うさみみ』というワードで検索をしてみると、うさみみを生やした可愛らしい女の子のイラストが大量に表示された。
……そうだよな。二次元だよなぁ。わかってたけど。たまにイラストではなく写真が表示されるが、うさみみカチューシャを着けた、ちょっとエッチな格好のお姉さんの写真だ。
しかし納得いかないのが、バニーガール姿のイラストがほとんど出てこない。うさみみを着けている女の子は和装だったり、メイド服だったり……まぁ、どれも可愛いが。
とりあえず、検索ワードを変えてみようかと思った時、
「ほう。川本は、ぴょんぴょん跳ねる女の子が好きなのか。以外だな」
俺の背後から、無理矢理怒気を抑えこんだような、普段より数トーン下がった千葉先生の声が届いた。
「――っ! ち、千葉先生……すみません。こ、これには訳が……」
「まさか、風紀委員会の顧問を担当する私の授業でスマホを弄り、卑猥な画像を見ているとはな」
「卑猥って。ち、違いますよっ!」
やばい、風紀委員に目を付けられたら洒落で済まない。
だが、何とか弁明しようとするものの、既に顔が不機嫌マックスとなっている千葉先生は、聞く耳を持たない。
「テニスバカではあるものの、変な趣味はないと思っていたのだが……とりあえず、先生がリアルな女性の素晴らしさを教えてやろう。柔道場で」
「ひぃぃぃっ! 吸われるっ! 若さを吸われるぅっ!」
「吸うかっ! 私はまだピチピチだっ!」
今どきピチピチって表現はどうだろうか。
とりあえず、柔道場に拉致はされなかったものの、職員室で延々と怒られてしまったのだった。
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