第24話 予選リーグ

 今って本当に秋だっけ?

 そんな疑問が頭に過る程、太陽がテニスコートを照らし続ける。海の傍であるため湿気も多く、練習中は流れ出る汗と共にウェアを肌へ張りつかせていた。

 ユキの説明では日本の東に位置するという話だったけど、緯度も低いのかもしれない。

 僅か二週間しかウォククへ滞在していないけれど、日本では涼しい秋だというのに、ユキがいつも露出の多い格好だった理由が分かる気がした。


「じゃあ、行くか」

「そうね、瑞穂。しっかりウチをサポートするのよっ!」


 練習中もそうだけどテニスとなると、どういう訳か、ユキはいつも偉そうな物言いとなる。

 それは、いよいよ大会当日を迎えた今日までブレる事は無く、会場へと辿り着く。


「……であるため、このウォククにもテニスという新たなスポーツを広めたいのだ。何と言ってもテニスは世界中で愛されるスポーツで、競技人口は一億人を越え、世界で四番目となっている……」


 何だろう。会場の中から、拡声器を通じた男性の声――演説のようなものが聞こえてくる。

 しかし、誰が喋っているのかは知らないけど、完全に勘違いしているようだ。確かに硬式テニスは一億人以上がプレイする大人気スポーツだけど、これから大会が開催されるソフトテニスは良くて百万人くらいではないだろうか。

 テニスとはまた違った面白さがあるんだけど、残念な事にマイナースポーツなんだよな。


「瑞穂。あれ、受付じゃないかしら」

「あ、そうだね。集合時間を過ぎてすぐくらいだけど、一先ず行ってみようか。……すみませーん。テニス大会の受付って、もう出来ますか?」


 長机の奥で直立不動のまま演説に耳を――文字通り、うさみみを傾けている女性に声を掛けると、一瞬不思議そうに小首を傾げ、


「あーっ! もしかして、ユキ選手とミズホ選手ですかっ!? 何してるんですかっ! 遅過ぎますよっ!」

「えっ? まぁ確かに俺たちはユキと瑞穂ですけど、遅すぎるって事は無いですよね? まだ九時半を過ぎた所ですし」

「まだ……って、もしかして大会要項見てないんですかっ? エントリー時にお伝えしましたよね? アヤメ卿の開会挨拶が追加されたので、当初告知していた集合時間が三十分早まったって。遅刻ですよっ」


 演説の邪魔をしないようにと、若干声のトーンを落としているものの、凄い勢いで捲し立てられる。

 大会要項? あ、そういえばトモくんが見ておいてって言ってたアレか。この二週間はローボレーの練習に、ポジショニングの練習。それから週末は一旦日本へ戻り、この前のおっちゃん達にも協力してもらって試合形式で練習を……まぁ要は全く見てないんだけどさ。

 チラっとユキの様子を窺うと、「大会要項? 何それ?」とでも言いたげな様子だ。まぁ、二人揃って大事な大会要項に目も通して無いって事だ。


「もうっ。普通なら遅刻の時点で棄権扱いなんですけど、アヤメ卿が挨拶で仰っているように、今回の大会はウォククにテニスを広める事が目的なんです。だから今回は受け付けますけど、次からは気をつけてください」

「す、すみません」

「念のために言っておきますが、今日の予選を突破して明日の決勝トーナメントへ出場する事となった場合も、集合時刻は九時ですので」

「……決勝トーナメント?」

「えぇー! そこからですかっ!?」


 俺の質問に、お姉さんが呆れ顔で説明してくれたのだが、今日は予選リーグらしい。

 参加チームは全部で十六組しか居ないんだけど、アヤメ卿――センターコートで挨拶をしている、この大会を開いた偉い人――の意向により、リーグ戦で沢山試合をしてもらう。

 そして予選の四リーグから、各上位二組が決勝トーナメントへ進めるということだそうだ。


「えーっと、つまりどういう事なの?」

「いや、だからさ。今日は予選で、四組で総当たり戦をするんだよ。で、成績の良い上位二組が明日の決勝戦に進めるって事」

「……とりあえず、勝てば良いのね?」

「あ、うん。そーだね。……てか、それより十六組しか出場してないんだ」

「うーん、まぁ初回はこんなものじゃないですかね? そもそもウォククではテニスって知名度ゼロですからね。十六組でも多いくらいじゃないですか? まぁ、そのために賞品をエサ……いえ何でも」


 最後にお姉さんが苦笑しながら、ぽつりと呟く。しかし、国内で初めて行う大会なんて、そんなものなのかも……と言う事は、初心者ばかりが集まった大会だし、もしかしたら俺たち、僅か一ヶ月で優勝出来ちゃうんじゃないか?

 いや、ミコちゃんのためにも優勝しなくちゃならないんだけどさ。


「ここだけの話、実は私が国営のテニスショップの店員もやってるんですけど、売れたラケットの数なんて、出場者数を少し上回る程度ですからね」


 ごめん。俺もユキもそこでラケット買ってないや。

 大会要項に書いてあるルールを、口頭で丁寧に説明してくれたお姉さんに、心の中で謝っておく。あ、でもテニスシューズは、ここで二人とも新調したから、一応売上には貢献しているかな。

 思い返してみると、平日はウォクク国内唯一となる、このテニスコートで練習してたけど、確かに利用者少なかったもんな。

 そんな事を考えていると、不意に先程まで響いていた、男性の声が止む。


「あ、どうやら開会挨拶が終わったみたいですね」

「ホントだ。向こうへ歩いて行った、黒いうさみみの人がアヤメ卿って人?」

「えぇ。って、それより参加者が少ないのに、コートが沢山あるので、早速試合ですよ」

「お、おぉ。唐突だな」


 先程まで誰も居なかったのに、ぞろぞろと人が集まりだした。

 俺たちは入れなかったけど、出場選手は全員センターコートに集まって挨拶を聞かされていたようだ。


「ユキ選手とミズホ選手はDリーグになりますので、あちらの一番奥のコートで試合ですね。勝った方の組が、この大会本部へ結果を報告しに来てください」

「わかった。審判は負け審?」

「いえ、ちゃんと専任の審判が居ます。公平にジャッジしますので、ご安心を。あ、そうそう大切な事を言い忘れてました」


 試合球を受け取り、コートへ向かおうとしたところで、お姉さんに呼びとめられる。


「この大会は得点方式がハンディキャップ制になりますので」

「ハンディキャップ制? 瑞穂、何それ?」


 ユキが不思議そうに俺の顔を覗いてくるが、俺も聞いた事が無い。

 大会本部に別の女性が加わり、他の選手たちを捌いていく中で、説明が続けられる。


「今大会はダブルスですが、より多くの方に参加してもらうため、性別に制限は設けておりません。と言う事は、女性二人のダブルスと男性二人のダブルスでは、当然男性ダブルスの方が有利です」

「まぁ、そうだよね。球のスピードも重さも全然違うし」

「えぇ。その差を埋めるため、女性二人のダブルスを基準として、男性が加わる度にハンデをプラス一とします」

「えっと、どういう事?」

「女性二人対女性二人だと各ゲームを0-0から始めますが、例えば女性二人対男性二人だと2-0の状態から各ゲームが始まります」


 各ゲームが2-0から始まる……って、たった二ポイントでゲームポイントが取られるって事!? うわぁ、厳しい。


「その様子だと、理解されたみたいですね。お二人は男女混合のミックスダブルスですので、相手も男女混合ですと0-0から始まり、相手が男性二人なら1-0と、有利な状態から始まります」

「けど、相手が女性二人なら、0-1の不利な状態から始まるって事だよね?」

「その通りです。ちなみに、これも大会要項に書いてますからね」


 最後の最後まで、お姉さんにすみませんと頭を下げつつ、コートへ移動する。

 よくわかっていないユキへ説明しながらも、ちゃんと大会要項を読んでおくべきだったと、今さらながらに後悔するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る