第5章 うさみみテニス
第23話 キス?
「……ほ。瑞穂。ねぇ、起きて。着いたよ」
「ほらほら、姉ちゃん。今がチャンスだよ。優しいキスでアニキを起こしてあげようよ」
「なっ! バ、バカな事言わないの」
「でも、この前はママがキスしようとしたら、アニキが起きたじゃないか。キスするフリだけでも良いんじゃない?」
「えっ……うーん」
「ほら、早くしないとママが来るよ? アニキの唇が奪われちゃうよ?」
前にユキの家へ来た時と同じく、意識はあるにも関わらず、目が開かない。
この転移能力は、毎回こんな事になるのだろうか。でも、ユキは普通に起きてトモくんと話しているみたいだし、うさみみは普通に活動出来るのか?
「ほら、早く早く」
「えー、でもフリだけでも恥ずかしいんだけど」
「もう、じれったいなぁ。姉ちゃん、もう五年生なんでしょ? キスくらい早くしちゃいなよー」
「な、キスくらいって……そ、そんな事言われても、した事無いもん」
「じゃあ、僕は部屋の外で待ってるから、ちゃちゃっと済ませちゃってね」
そう言って、トモくんの気配が遠ざかっていった所で……目が開いた。
どうしよう。キスするフリだけって言ってるわけだし、付き合ってあげた方が良いのか? でも、もう起きちゃってるしな。
声を掛けようかと迷っているうちに、目の前には既にギュッと目を固く閉じたユキが居て、
「フリだけ。そう、キスするフリだけなんだから」
そう言いながら、頭を後ろにのけ反らしている。
って、ちょっと待った! それは、キスっていうより、
――ゴスッ
顔面に大きな衝撃を受け、チカチカする視界の中で、何故か顔を赤らめたユキが声を掛けてくる。
「ぐはっ!」
「あ、瑞穂! よかった、起きたんだ」
「ユキ……おはよう。でも、次からは寝起きにヘッドバッドは勘弁してくれ」
「瑞穂っ!? 瑞穂ーっ! どうして、また寝るのっ!? 起きてよーっ!」
焦ったユキの叫びが耳へ届くと共に、昨晩ユキの家へ行くと言った時のやり取りが脳裏に浮かび上がる。
「という訳で、二週間だけユキの家に行ってくるから。あ、週末は帰って来るからさ」
「えぇー。お兄ちゃん、ユキちゃんの家にお泊りするのー!? どうして? 学校はー? お母さん、いいのー?」
「里菜。瑞穂はね、大事な大事な用事があるのよ。挨拶とかもだけど、向こうの文化や習慣が日本とは違うから、仕方がないの。それに、寂しいけれど住まいは女性の実家に近い方が良いって言うしね」
「お母さん、一体何の話をしているのー? 里菜、よくわかんないよー」
「国が違うと、いろいろと大変なのよ。異文化交流だしね」
母さん。こっちの国では、頭突きの事をキスって呼ぶらしいよ。異文化交流って難しいね。
トモくんの「うわぁ。姉ちゃん、それは無いわー」という発言を耳にしたのを最後に、俺の意識は途絶えてしまったのだった。
……
「あっはっは。いやー、瑞穂君。ごめんなさいねぇ。ユキちゃんたら、ホント奥手なんだからぁ」
目が覚めると、ユキのお姉さん――もとい、お母さんのアミさんが爆笑しながら謝ってきた。
そのまま居間へ案内されると、顔を真っ赤にしながら頬を膨らますユキと、呆れ顔のトモくん。それから、ニヤニヤしている白いユキ――ミコちゃんが座っていた。
「あ、朝ご飯食べてねぇ。みんな、食べ終わってるからぁ」
「すみません。いただきます」
ちゃぶ台の上に並べられた、旅館の朝食みたいなメニュー――前にもいただいた、異国のはずなのに完全な和食へ箸を伸ばすと、トモくんが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「アニキ、今朝の事は申し訳ないっス。でも、天然ドジっ子な姉ちゃんを見捨てないで欲しいっス」
「ちょ、ちょっとトモくん!? 誰が天然ドジっ子なのよっ! それに、今朝の件は分からなかったんだから、しょうが無いじゃない」
「まぁまぁ。きっと、そういうユキ姉の一面も、嫌いじゃないですよね? お兄さん」
アミさんは後片付けをするためか、奥の部屋へ入ってしまったが、三人のうさみみが凄い勢いで喋り出す。
しかし、相変わらずニヤニヤしたままのミコちゃんが、笑いを堪えながら話しかけてきたけれど、この様子からは身体が弱いなんて事は想像もつかない。
俺と結婚する事になっても構わないから、自由に動けるようになりたい。
ユキよりも更に幼いこの子が、そんな想いを秘めている程なのに、無理して元気に見せかけている事を思うと、大丈夫なのかと心配になってしまう。
「ん、あぁ。そうだね」
「ですよねー。やっぱり、お兄さんとしては、ユキ姉のピュアな所が好きなんですよね?」
「あぁ、そうだね」
「な、な、な、何を言っているの? 瑞穂ってば!」
……ん? あれ? 考え事をしていて適当に返事しちゃったけど、どういう質問だっけ?
何故かユキが慌てだし、トモくんとミコちゃんがニヤニヤしている。何か変な事を言ってしまったか?
「いやー、らぶらぶだねー。じゃあ、ボクは愛し合う二人の邪魔をしないように、部屋に戻ってるねー」
ミコちゃんが立ち上がり――って、気付いてなかったけど、今日は全身パジャマのままだね? ピンクのTシャツと短パンから伸びる白い手足が眩しい。
って、それより、愛し合う二人ってどういう事? 何だか、無茶苦茶な話に飛躍してない!?
助けを求めるように、他の二人を見てみると、慌ててトモくんが立ち上がる。
「あ、自分もそうするっス。アニキ、大会へのエントリーは済ませておいたので、姉ちゃんをよろしくっス」
「えっ!? エントリーって、もしかして俺とユキとで?」
「そうっス。アニキなら、きっと姉ちゃんと一緒に大会に出てくれると信じていたっス。詳細は大会要項を読んで欲しいっス」
結構大事な事をサラッと言いながら、そそくさとトモくんが部屋を去り、その後をミコちゃんがついて行く。
と、ちゃぶ台を迂回して部屋を出ようとしたミコちゃんの身体が、ぐらりと崩れ落ちる。
「危ないっ!」
「あっ……はぅぅ」
「ミコちゃん、大丈夫!? 顔色も少し悪くない?」
「だ、大丈夫。ご、ごめんなさい」
差し出した手で、ミコちゃんの細い体を何とか支え――って、身体が小柄だという事もあるけど、随分と軽くないか?
やっぱり身体が弱いから、筋肉の量が少ないのかもしれない。
と、ミコちゃんが俺の腕から起き上がり、まるで逃げるかのように部屋を出て行ってしまった。
「ミコちゃん、やっぱり無理矢理元気を装っているんだね」
「うん……瑞穂。改めて、お願い。ミコのために、力を貸して」
「わかってるよ。だから、ここへ来たんだ。今回はラケットも持参してね」
トモくんの転移には極力重量が少ない方が良いと言う話しだったので、テニスシューズなども諦め、最低限となる愛用のラケット――俺とユキの分だけを手に、こっちへ来たんだ。
「とにかく、残りの二週間。健介から課題として出されたローボレー――守りの打ち方と、こっちの気温でのテニスに慣れる事だな」
「えっと、ローボレーはスピードよりも、とにかくコントロール重視だっけ?」
「そうそう。まぁとにかく反復練習かな。あと、日本は涼しかったけど、こっちは暑いし、湿気もあるしね。ユキ、大丈夫?」
「ここはウチの地元だよ? 瑞穂こそ大丈夫なの? へばったりしちゃダメよ?」
海に囲まれたウォククで、特訓の後半戦が始まったのだった。
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