第8話 スコートの中の秘密

 昨日と同様に、里菜とユキの三人で我が家へ帰る。

 本当はすぐにでもユキの頭に生えている、うさみみについて色々と聞きたかったのだが、テニスコートと違って帰り道は全くの無人と言う訳ではない。

 特に、家の手前にあるカフェは人気店で人が多いし、万が一にもうさみみの話を他の人に聞かれて大事になっても困る。

 なので、その話題には触れず、里菜とユキのガールズトークを適当に聞き流して帰って来た。


「ただいまー。母さん、さっき連絡した……って、何してるの? 玄関で正座して」

「瑞穂、おかえりなさい。で、噂の彼女は……あら、ユキちゃんじゃない」

「すみません。今日もお邪魔させていただきます」

「いえいえ、いいのよ。なるほど、そういう事だったのね。ユキちゃん。狭い家で申し訳ないけど、自分の家だと思って寛いでね。これから毎日来ても良いんだからね」


 何だ? どうしたんだ? 随分と母さんの様子が変なんだけど。

 どうぞどうぞと、母さんがユキをリビングへ招き入れ、一緒に付いて行くと、


「おぉぉっ!? な、何これ!? 何だか、随分と豪勢じゃない?」

「ちょっと急だったから、お店で買い足してきたのよ。間に会って良かったわ」


 いや、メッセージを送ってから帰宅するまで、どう見積もっても十分くらいしか掛かっていないんだけど。

 ま、まぁいいか。しかし、どうしてまた今日はこんなに大量なんだ? 食卓に溢れんばかりの料理が並べられているし。結構食べるとは連絡したけど、限度があるだろ。


「あら? ユキちゃん、その服ってもしかして瑞穂の?」

「あ、すみません。ちょっとお借りしてて」

「瑞穂。いきなり男装なんてマニアック過ぎじゃないかしら? お母さん、最初はもっとノーマルな方が良いと思うわ」

「何が!? ねぇ、何がっ!? ……いや、ごめん。やっぱり答えなくていい」


 母さん。息子と娘の友達に、真顔で何を言ってんだよ! いや、真意を聞きたくないけどさ。

 幸い、ユキも傍にいた里菜も不思議そうに顔を見合わせている。


「里菜、ユキに何か服を貸してあげられないか?」

「うん、いいよー。でも、お母さんは何の話をしていたの?」

「いやー、兄ちゃんにも分からなかったよ。はっはっは」

「まぁいっか。ユキちゃん、里菜のお部屋に行こー」


 二人がリビングを出て行ったので、ついでに俺も着替えてこようと席を立つと、


「うふふ。瑞穂も隅に置けないわねー。テニスにしか興味が無いと思っていたけど、お母さん見直しちゃったわ」

「ん? 何の事?」

「またまたー。ふぅ、お母さんも頑張らないとねー。また前みたいに、休日に農業をしようかしら」

「いやいや、無茶だよ。看護師だって大変なのに、その上農業だなんて。何かを育てるのが好きなのは知ってるけどさ、庭の家庭菜園レベルにしとこうよ」

「そぉ? でも、これから色々とありそうだし……ね?」


 母さんは一体何を言いたいのだろう? 謎のウインクをスルーして、着替える事を伝えて自分の部屋へ。

 テニスウェアを脱ぎ、部屋着を着ようとして、


「お兄ちゃーん。ユキちゃんが着てた制服……ひゃあぁぁぁっ!」

「里菜。どうして悲鳴上げながら、しっかり覗いてんだよ。制服はそこに置いといてくれれば良いから、早くリビングへ行っておいで」

「はーい。えへへー」


 ノックも無しに突然入って来た里菜が、ニコニコしながら去っていく。

 うーん、中学二年生の女の子って何考えてるかわからないな。今日も思春期の娘を持つ父親のような悩みを抱きながら、着替えを終えてリビングへ。


「あ、お兄ちゃん。見て見て。ユキちゃん、可愛いでしょー」

「おぉー、二人揃って可愛いね」

「……ウチ、変じゃない?」

「あぁ。可愛いよ」

「でしょー? ユキちゃん、ご飯食べよー」


 里菜がユキへ着せたのは、うさぎコレクションの一つ。うさみみパーカーだった。

 白いノースリーブの上に、うさみみの付いたモコモコで温かそうな白いパーカーを羽織っているので、下はスコートのままだけど風邪はひかないだろう。家の中だし。

 一方、里菜は似たデザインで黒一色の、うさみみワンピースを纏っている。こちらはパーカーよりも薄手で身体の線がくっきり出るのだが、出るものが……いや、やめておこう。


「三人共、手は洗っているわよね。じゃあ、食べましょう」

『いただきまーす』


 昨日の質問責めがあったからか、先ずユキが一口大で食べ易そうな手まり寿司に箸を伸ばす。

 うん、これなら小さなユキの口でもすぐ食べられそうだし……って、もう三つも食べた!? 逆に大丈夫か!?

 とりあえず、飲み物を用意してあげようと、キッチンから人数分のお茶を用意したところで、始まってしまった。


「ねぇ、ユキちゃんの趣味って何かしら?」

「んっ……こほん。ウチはお菓子作りが好きなんです。時間があれば、クッキーとか自分で焼くんですよ」

「へー、意外だな。女の子っぽい」

「ちょっと瑞穂。どういう意味かしら? ウチが女の子っぽい趣味を持ってたら、何かいけないのかしら?」

「いや、ごめんごめん。ただ、意外だなーって思って」


 頬を膨らますユキに、お茶を渡しながら宥めていると、


「なるほどねー。うん、良いじゃない。えっと次に……今は学生さんだけど、休みの日は何をしているのかしら?」


 何が良いのかわからないが、母さんがチラリと俺を見て、そして再び視線を手元に戻した。


「今は秋休み中なので、毎日テニスの練習をしてるんです。瑞穂君に教わりながら」

「秋休みっていうのがあるのね。へぇー、ウォクク国だったかしら。やっぱり日本とは少し文化が違うのね。どんどん瑞穂をこき使って構わないわよー」

「はいっ。ありがとうございますっ」

「おい、待て。そこに俺の意思は存在しないのかっ!?」

「じゃあ次の質問だけど、ご姉妹とかはいらっしゃるのかしら? 長女? それとも一人っ子?」


 母さんが俺の反論を無視して質問を進めて行く。ってか、さっきから一体何の質問だよ。昨日あれだけ質問攻めにしたのに、まだ足りないのか?


「ウチは妹と弟が一人ずつ居るんですよ。妹はすっごく可愛くて、弟はいたずらばかりするんですけど、まぁそれも可愛いから許せてしまって」

「そうなのねー。……長女か。末っ子が理想だったんだけど」

「お、お母さん? 何か仰りました?」

「えっ!? いえ、何でも無いのよ。おほほほほ」


 いや、俺も聞きたいよ。この質問はどういう意味が……って、全部メモってる!? これ、そんなに大事な質問なのか!?


「えっと、ごめんね。今日もお仕事だから、あと二つだけ。もしも、結婚したら子供は何人くらい欲しいのかしら?」

「えっ!? こ、子供ですかっ!? そ、それは成り行きというか、神様が決める事と言いますか……」

「里菜は男の子と女の子、それぞれ一人ずつが良いと思うんだー。ねぇ、お兄ちゃん」


 いや、突然俺に振られても困るんだけど。

 おそらく深く考えていないであろう里菜は無邪気に応え、きっと色々と想像してしまったであろうユキが顔を真っ赤に染めて俯いている。

 で、母さんはというと、手元のメモに『瑞穂次第』と書いていた。

 何がだっ!? 一体何の事なんだっ!?


「じゃあ、時間も迫ってきたから最後の質問ね。ユキちゃんは、どうして瑞穂に決めたの?」

「決めた? あぁ、えっと、先程お話したウチの妹――ミコって言うんですけど、そのミコが占いを得意としているんです。それで、日本の双海町に住んでいる瑞穂さんに頼りなさいって結果が出たので、こうして会いに来たんです」


 占い!? 昨日言ってたミコって、巫女さんの事じゃなくて、妹の名前!?

 いや、いくら女の子が占いとかが好きだからって、それで日本までテニスを教わりに来たのか!? しかも、一高校生の俺に!? 本気かよ。


「でも、きっかけは占いですけど、今は瑞穂君で本当に良かったと思っています。ウチは瑞穂君を信じて、ずっとついていきますから。ね、瑞穂っ!」

「あー、うん。まぁ頑張ろうか」


 ……はにかんだユキの笑顔にあてられて、さっき浮かび上がった暗い想いが一瞬で消え去ってしまった。

 あぁ、もう、精一杯やってやるよ。占いの結果が当たったと言えるようにな。


「ふふっ、ごちそうさま。じゃあ、お母さんはお仕事に行ってくるから、後は若い二人でしっかり仲を深め合いなさい。ユキちゃん、今日は泊まっていってね」

「はい、ありがとうございます」

「……って、ちょっと母さん。何だよ、そのお見合いのテンプレみたいな台詞は」

「うふふ。まさか、瑞穂が国際結婚だなんてねー。そうそう里菜、今日は早く寝るのよ。ユキちゃんは瑞穂の部屋で寝るから」

「えぇー、里菜もユキちゃんとお話したいー」

「大丈夫よ。ユキちゃんはこれから沢山遊びに来てくれるから。じゃあ、瑞穂。後はよろしくねー。いってきまーす」


――パタン


 リビングの扉を閉め、そしてパタパタと慌ただしく母さんが出て行った。

 里菜はユキへの質問会の間に食事を終えており、俺が渡したお茶をゆっくり飲んでいる。

 一方、ユキはようやく料理が食べられると言わんばかりに、サラダへ箸を伸ばす。

 俺はというと、母さんの残していった言葉を聞いた上で、これまでの質問内容を思いだしていく。


「なぁユキ。ちょっと思ったんだけど、俺の母さん……もしかして、俺とユキが恋人同士だと思ってないか?」


――ぶふっ


 里菜がお茶を。そしてユキがサラダを噴き出しそうになり、何とか口を手で押さえている。


「ちょ、ちょっと待ってろ……はい、タオル」

「……ちょ、ちょっとお兄ちゃん! ユキちゃんと付き合ってるの!? 里菜という可愛い妹が居るのにっ!?」

「いや、可愛い妹というのは認めるけど、それと兄ちゃんが誰かと付き合うのは関係ないと思うんだけど」


 って、これじゃあ付き合ってる事を認めているみたいじゃないか。

 慌てて訂正しようとしたのだが、里菜が泣きそうな顔で口を開く。


「じゃあ、里菜がぴょんぴょん跳ねてた時、お兄ちゃんが『見惚れてる場合じゃ無かった』って言ったのは、里菜の事じゃなくてユキちゃんの事だったの!?」

「兄ちゃん、そんな事言ったっけ?」

「言ったもん。それに里菜と結婚するって言ってたもん」

「いや、里菜と結婚するとは言った事がないと思うけど……とにかく、兄ちゃんとユキは付き合ってないよ。母さんの勘違いだから」


 そう言うと、里菜の顔がいつもの明るい表情に戻る。


「ホントに? 里菜の事、好き? 里菜の事を置いて、どこかへ行っちゃわない?」

「本当だよ。里菜の事は好きだし、大事な妹だと思ってる。兄ちゃんが、里菜から離れる訳ないだろ?」

「お兄ちゃんっ!」


 里菜が傍へ寄って来て、俺の胸へと顔を埋めて来た。

 まったく。俺が里菜から離れる訳が無い。父さんが蒸発して居なくなった時、里菜がどれだけ悲しんだか、一番傍で見ていたんだ。

 里菜が成人するか、俺以上に頼れる人物が出てくるまで、兄というより父親役として離れるつもりはないんだから。

 ふと前を見ると、困惑した表情のユキと目が合う。


「ごめん。えーっと、とりあえず母さんの誤解を解かないといけないな」

「そ、そうね。けど、その前に確認したい事があるんだけど」

「あ、俺もユキに聞きたい事があるんだ」


 けど俺が聞きたいのは、うさみみの事だ。里菜の前で聞いてしまっても大丈夫なのだろうか。

 一先ず、先にユキの確認したい事を済ませてしまおうか。


「いいよ、ユキが先にどうぞ」

「え、えっと、さっき瑞穂がウチに見惚れてたって言ってたけど……ど、どういう事なのっ!?」


 そこへ戻るのかっ! せっかく里菜が丸く収まったのに。

 ユキの発言を聞いてか、里菜が俺の背中へ回した腕にギュッと力が籠る。早くうさみみの事を聞きたいのだが、どうすればこの状態を一番早く乗り切れるだろうか。


「ま、まさか瑞穂。またウチをエッチな目で見てたんじゃないでしょうね」


 これだっ! これに便乗すればユキを呆れさせ、かつ里菜は『お兄ちゃんは、エッチなんだからー』くらいで終わるはずっ! よし、いくぞっ!


「はっはっは。バレちゃったか。いやー、ユキのノースリーブとスコートが気になってつい」

「瑞穂。貴方って人は……」


 よし、予想通りだ。ここで呆れて話が終わったら、うさみみの事を聞こう。


「甘いわねっ! ウチを昨日のままと思ったら大間違いよ! 見なさい! 今日は見られても大丈夫なように、アンダースコートを履いてきたんだから」


 そう言ってユキが立ちあがり、自ら水色のスコートを正面から捲り上げて、俺にアンダースコート――通称アンスコを見せつけてくる。

 昨日のしましまパンツとは異なり、淡い水色のそれには可愛らしい小さなリボンが付いていて……って、いやもう何だこれ。

 アンスコだって言われても、男からしたらパンツだよ。白くて柔らかそうな太ももが全て露わになっているし、女の子から見せつけるようなものじゃないよ?


「……ん? お兄ちゃん? 何か落ちて……って、お兄ちゃん! 鼻血っ! 鼻から血が出てるよっ!」

「えっ!? マジでっ!?」

「ちょ、ちょっと瑞穂。どうしていきなり鼻から血を流すの? 何かエッチな事を考えたの!?」

「……エッチな事って、そんなパンツ同然のアンスコと太ももを見せつけられたら、健全な男子高校生はこうなるっての!」


 里菜が慌てて持ってきたティッシュを詰めながらユキに目をやると、余裕ぶっているのか、まだスコートを捲りあげたままだ。

 すると今度は、里菜までもがユキのアンスコに興味を持ちだしてしまった。

 普段の練習では学校指定のジャージ姿だけど、テニスの公式試合ではユニフォームがショーツ又はスコートとルール上で決められている。そのため、里菜だけでなく、テニスを嗜む多くの女の子はアンスコを……って誰だよ、こんな神ルール――こほん、服装まで指定したのは。


「ふふん。瑞穂もまだまだ蒼いわね。こんなアンスコくらいで」

「……ユキちゃん。そのアンスコ凄く可愛いね。アンスコって白色だと思ってたけど、水色のも売ってるんだー」

「水色? 里菜ちゃん。ウチのアンスコは白だよ?」

「えっ!?」

「えっ!?」


 今まで余裕の表情で俺にスコートの中を見せつけていたユキが、慌ててスコートの中を確認し、


「きゃあぁぁぁっ!」


 今日もユキの悲鳴が家中に響き渡るのであった。

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