第28話 作戦会議

「……どうしようか」


 予選の最終試合で敗北し、予選二位で決勝進出となったものの、俺もユキも無言のまま帰路に就いていた。

 そして十分程歩き、人気の少ない公園を通り抜けようとした所で、ようやく絞りだした言葉がこれだ。

 現実逃避ばかりしていても、明日の決勝トーナメントで勝てるわけがない。もしも三試合目のように、テニスに使える能力の持ち主が相手だったら、まず勝てない。いや、むしろ決勝に残ったペアは、ほぼ能力が使えると思っておいた方が良いのだろう。


「……ど、どうしよう。瑞穂、何かアイディアは無い?」

「残念ながら、今のところはないかな」

「そう。でも、明日は勝たないと。えっと、決勝に進出しているのは八組だから、三勝すれば優勝よね?」


 無理矢理笑顔を作ろうとしているユキへ、そうだよと頷いてみたけれど、果たして勝てるのだろうか。

 いや、弱気になってどうするんだ。ユキの言う通り、あと三勝すれば良い。たった三回勝てば良いだけなんだから、何か策を……勝つための戦略を考えるんだ。


「って、そう言えば、ユキはバドミントンの大会で優勝したんだよね? その時は、相手の能力にどうやって対抗したの?」

「対抗というか、そもそも使用禁止ってルールだったんだもん。能力を使って良いスポーツなんて、初めて聞いたわ」

「なるほどね。じゃあ、スポーツで使われた経験も無いって事だね。……って、よく考えたらさ、今さらだけど、俺うさみみの能力について全然知らないな。ユキ、俺にいろいろ教えてくれないか? ユキの事ももっと知りたいし」


 そうだよ。さっきユキは、二つも能力が使えると言っていたじゃないか。

 本人が活用方法に気付いていないだけで、もしかしたら使えるかもしれない。きっと何とかなる。何とかしてみるんだっ!

 そのためにも、基本的な能力の事を知っておかなければならないし、ユキの能力も知っておきたい。けど、どういうわけかユキがうろたえている。


「えっ!? う、ウチの事を知りたいって……瑞穂はウチの事をいっぱい知っているでしょ?」

「まぁな。一ヶ月、毎日一緒にいたわけだしさ。言葉にしなくても、ある程度ユキの気持ちが分かるし、ユキの好き嫌いだって気付いている。だけど、もっとユキの事を知りたいんだ。もっとユキの事を教えてくれ」

「瑞穂。ウチの気持ちに気付いていながら、教えて欲しいっていうのは……ちゃんと言葉で伝えてって事なの? それをウチから言わせるの?」

「あぁ、俺はユキの全てを知りたいんだ」


 わざわざ言われなくてもユキの予備動作で攻めたいとか、守りたいとかっていうのは分かるし、好きなショットがスマッシュで、嫌いなショットはバックハンドストロークだ。

 中学でペアを組んでいた健介や、長年一緒にテニスをしている里菜程ではないにしろ、ある程度プレイのクセだって知っている。

 だけど、テニスには関係ないからと能力について全く知ろうとしなかったのは失敗……って、いやまさかこんなルールだなんて想像もできなかった訳だけど。


「ウチの全てっ!? そ、それは……た、例えばスリーサイズとかも?」

「スリーサイズ? それが明日の決勝戦に関係あるなら教えてくれてもよいけど? それより、ユキの能力が知りたいかな」

「へっ!? の、能力?」

「うん。明日の決勝戦で、能力戦になったとき、ユキが何を出来るのか、俺に何か出来る事はないのか……とか、作戦も練らないといけないしね。あ、でも教えてくれるならスリーサイズも聞くよ? とりあえず、胸はAカップだよね?」

「ふーん、ウチの能力ねー。瑞穂の事だから、ウチの気持ちが分かってるとか、好きだって気付いているっていうのもテニスの話なんでしょうねー」


 あれ? お互いちょっと暗めの雰囲気だったから、ユキが振ってきたスリーサイズの話で和まそうと思ったんだけど……何かミスった!?

 胸の大きさの指標なんて知らないから、とりあえず小さそうなAって言ってみたのが、実はドンピシャだったとか!?


「あ、あの、ユキ? ご、ご機嫌ナナメ?」

「いいえー。そんな事ないわよー。そうそう、ウチの能力について教えて欲しいって話よねー」

「えーっと、どうして少しずつ近づいてくるのかなー?」

「うーんとねー……実体験した方がよくわかるでしょ? 突風っ!」


 ユキが俺に向けた手から見えない何かが勢い良く放たれ、俺の身体を押し上げたかと思うと、そのままユキが離れて行く。

 いや、これは……俺が吹き飛ばされてるっ!?


「……もうちょっと、テニス以外の事でもウチを見てよねっ……」


 小さくユキの言葉が耳に届いた直後、何かへ身体をぶつけたらしく、俺の意識は途絶えてしまったのだった。


……


「ご、ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃって」


 目を開くと、視界いっぱいに青空が広がり、その中にユキの顔が映る。

 心配そうに俺を見つめているのだが、ちょっと近過ぎないか?


「いや、こっちこそ変な事を言って、ごめん」

「ううん。とりあえず、大丈夫? どこか痛くない?」

「平気平気。少し腰を打ったみたいだけど、それくらいかな? あ、でも後頭部に違和感があるかも。ムニムニしてて柔らかいっていうか、心地良いっていうか。暫くこの温かさに包まれていたいって感じもするんだけど、俺は今どうなってるの?」

「えっ!? え、えーっと、何て言えば良いんだろ……そ、その、ウチの……」

「ん? まぁとりあえず、寝てばっかりってわけにもいかないし、起きるよ」


 身体を起こして周囲を見てみると、先程ユキと会話をしていた公園で、二人してベンチに座っている。

 顔を紅く染めるユキと、後頭部に感じた柔らかさ。そして、視界に映ったユキの顔……って、もしかして……


「ち、違うのよ? ほ、ほら。ウチがちょっと力を出し過ぎちゃって、思っていた以上に吹き飛ばしちゃったから。せ、せめてものお詫びとしてやっただけで」

「さ、さっきのって、まさかユキが膝枕してくれてたの?」

「そ、そうよっ! む、胸は大きくなくても、太ももは心地良かったでしょ! う、ウチの太ももを枕代わりに出来たんだから、か、感謝しなさいよねっ!」


 ちょ、ちょっと大声で胸とか太ももとか叫んじゃダメだよ。人が少ないって言っても、全く居ないわけじゃないしさっ。

 テンパっているのか、謝っていたはずなのに、感謝を要求しているし。

 まぁでも、人生初の膝枕体験をさせてもらった訳だから、お礼を言うべきなのか?


「あ、ありがとう。太ももって、あんなに柔らかいんだね」

「そ、そうよっ! う、ウチの太ももは柔らかいんだから……って、ちょっと、何の話なのよっ!」

「えっ!? だから、ユキの能力の話だろ? 二つあるうちの一つ。ヒーリング膝枕」

「そんな能力なんて無いわよっ! さっきのは普通の膝枕だし。うさみみの能力に、癒しとか治療っていう能力は存在しないのっ!」

「えっ!? そうなの? まぁでも確かに、うさみみって癒し系っていうより、セクシー系って感じだもんな」


 まぁ今俺の目の前に居るうさみみの少女は、小柄で背も低くて、小さな胸だし、太もも……は柔らかかったけど、セクシーって感じではないけどね。


「せ、セクシーって、瑞穂はすぐにウチの事をそういう目で見るんだもん。もう、変態なんだからぁ」


 どうして、ちょっと嬉しそうなんだよ。てか残念ながら、俺は一度もユキをセクシーだと思った事は無いからな? 勘違いするなよ!?


「とりあえず、さっき俺を吹き飛ばした――突風だっけ? それがユキの能力?」

「うん。風を起こして、何かを吹きとばしたり出来るの」

「えーっと、初めて会った時に俺を吹き飛ばしたやつか。あの時は、突風って言ってなかったよね?」

「別に能力名を発しなくても使えるの。ただ、口にした方が効力がより強くなるのよ」


 なるほど。だから、この前は意識を失わなかったのか。まぁ同じく健介も吹き飛ばされたけど、その時意識を失ったのは、打ち所が悪かったのかもな。


「てか、ユキもさっきの相手も、普通に能力を使ってるけどさ、夕方と朝方しか使えないんじゃなかったのか?」

「それは能力が最も活発になる時間帯ね。トモくんみたいに、大きな能力を使うには、そういう時間帯じゃないといけないけど、小さな能力なら使い過ぎなければ、いつでも使えるわよ」


 ふむ。ゲームなんかによくある、凄いけど魔法力を沢山消費するから回数は使えない大魔法と、小技だけど数を回せる小魔法って感じだろうか。


「あ、じゃあさ。今は手から風が出たけど、ラケットから出せない? ラケットでボールを捕らえた瞬間に発動させて、風の力を超高速ショットに変えるっていう」

「瑞穂! それ、凄い! なるほど、良いかも。風を発生させる場所を変えるくらい出来るから、練習してタイミングを掴めば大丈夫よ!」

「おぉっ! やった、ユキ凄い! もしかして、何とかなるんじゃないかっ!」


 興奮してしまい、目の前にあるユキの手を握って立ち上がる。

 ユキもテンションが上がってきたのか、嬉しくてピョンピョン二人で跳ねていると、その拍子に折りたたんだ紙切れがポケットから落ちた。


「あれ? これって……あ、そうだ。大会要項を貰ってきたんだっけ。一応確認しておこうか」


 はしゃぐユキを制してベンチに座り直し、二人で一緒に大会要項へ目を通す。


「えーっと、試合中における能力の制約事項について……か。ここだな」

「みたいね。うーんと……って、どれだけ細かいのよっ! 瑞穂、要するにどういう事なの?」

「諦めるのが早いよっ! ちょっと待って。一度最後まで読むから。ユキは……そうだ、素振りの練習をしておいてよ。さっきの超高速ショットの練習を」

「あ、いいわね。おっけー。任せてっ!」


 少し離れたところで、ユキが威力を抑えた風をまき散らす一方、俺は細か過ぎる大会要項に目を通していく。

 とりあえず能力について要約すると、さっきの審判が言っていた通り、直接ボールに使用したり、相手に使うのは禁止で、あとサーブ時にも使用禁止か。まぁ確かにサーブで能力なんて使われたら、それだけで終わって試合にならないからな。

 それから能力使用後に、ワンバウンド又は相手がボールを打った時点で解除される能力であること。あー、さっきの消えるボールも、バウンド後には見えたもんな。てか、ずっと見えないままだと審判がジャッジも出来ないしね。

 他にもボールやコートの破壊禁止だとか、打球によって対戦相手を死に至らしめないとか、結構怖い事まで書いてあったけど、先程思いついたユキの能力の使用方法は問題なさそうだ。


「おーい、ユキ。一先ず、その超高速ショットだけど、サーブ以外なら問題なさそうだ……って、どうしたんだっ!?」

「ご、ごめん。そのショットが出来そうなんだけど、練習で能力を使い過ぎて身体が動かないの」

「だ、大丈夫か? えーっと、とりあえず家まで送らないとな。立てるなら肩を貸す……」

「おんぶして」

「えっ!? い、今、何て!?」

「だから、能力を使いすぎて歩けないから、瑞穂がウチをおんぶしてよぉ」


 な、なんですとぉーっ!?

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