第35話 うさみみ少女とスコート

「ゲームカウント、3-2」


 俺からのサーブで、新たなゲームが始まる。このゲームを獲れば俺たちの勝ちなのだが、移動中にユキが変な事を言っていた。


――新しい必殺技を編み出したから、サツキにはレシーブを打たせて欲しい――


 つまりはバズーカサーブを打つなと言う事だろうが、試合中に新しい技を試すというのはいかがなものだろうか。

 まぁ今の状況で負ける事はないだろうから、構わないけどさ。

 そんな事を思いながら、サツキのフォアハンド側へスピンサーブを放つ。

 サツキはそれを角度をつけてクロスに打ち返し、


「突風」


 突然ユキが能力を使う。

 いやいや、ラケットを介して使わないと反則になる……って、ユキが高速移動してる!?

 普通には到底届かない位置となるボールへ追いつき、ボレーを決めた。


「1-0」

「えっ!? 今のは何!? 何が起こったの!?」

「えっとねー。さっき例の隕石と瑞穂の間に割り込んだ時、とにかく急いで移動したい! って思って、自分自身を風で吹き飛ばしてみたの。で、それを攻撃に応用してみたんだー」

「そ、そう。いや、凄いけど、大丈夫なの?」

「うん。加速も減速も自由自在だよ?」

「わかった。けど、もうあんな危ない事はしないでくれよ」


 てへへ……とユキがニヤついているけど、いや俺本気で注意してるんだからね?


「お兄ちゃん。ユキちゃんと二人揃って試合中にニヤニヤして、何してるの?」


 はい、すみません。試合に集中します。

 しまった。何かを思い出して、俺まで顔に出てしまっていたようだ。

 里菜に注意されながらも次のサーブを打つと、先程の高速移動を警戒してか、サツキが高いロブで返してきた。

 ユキの頭を越えるように、ストレートのロブを、


「突風」


 またもやユキが能力を使うと、今度は……飛んでる!?

 俺の身長よりも高くジャンプしたユキが、空中でロブをボレーし、スコートを揺らしながらフワリと着地する。


「2-0」


 審判が得点を告げると共に、ユキが振り返り、褒めて褒めてと言わんばかりに笑顔を見せた。


「凄い! そんな事まで出来るのっ!?」

「うんっ! 凄いでしょー」


 ユキが嬉しそうに小さな胸を逸らして、満面の笑みを浮かる。だが――


「うーん、確かに凄いけど、俺はあまり使って欲しくないかな」

「どうして? ネット前に居る限り、どんなボールでも返せるよ? ……あ、相手が能力を使ってきた時に備えるため?」

「まぁ相手の能力の事もあるけど、その……風のせいでユキのスコートが捲れてさ。その、使う度にアンスコとか太ももが露わになってるんだよね」

「もう、瑞穂のエッチ! 変態なんだから!」

「俺としては、ユキのアンスコを他の人に見られたくないというか、俺だけが独占したいというか……」


 あぁっ! ついつい、本音が出てしまった。

 変な事を言って、ユキが引いていないかと、恐る恐る顔を覗いてみると、


「……み、瑞穂がどうしてもって言うなら、その……瑞穂にしか……見せないようにする……」


 スコートの裾をぎゅっと握りしめ、顔を紅く染めたまま上目遣いで見つめてくる。

 か、可愛い。

 その仕草に、思わず抱きしめたくなってしまった所で、


「お兄ちゃん!?」


 誰のとは言わないが、かなり苛立ちの混ざった声が届いてくる。

 我に返った俺たちは、とにかく先ずは試合を終わらそうと、ユキのうさみみジャンプ――風の能力を使った技も使わずに試合を進め、


「ゲームセット。四対二でユキ選手、ミズホ選手ペアの勝利です」

「やったぁっ! 瑞穂、ありがとうっ!」

「勝った。俺たち、勝ったんだな」


 サツキとの長い戦いの末、何とか勝利を収める事が出来た。

 途中、いろんな事があり過ぎただけに、今こうして二人で世転びを分かち合える事を嬉しく思……。


――ふにゅん


 突然視界が真っ暗になったかと思うと、何か柔らかいものが顔に押し付けられる。


「きゃっ! み、瑞穂? ひ、人前ではダメだよぉ」

「へっ? あ、ごめん。ちょっと目眩が……って、どうしてユキは自分で自分を抱きしめて、クネクネしてるの?」」

「だ、だって。瑞穂が、突然ウチの胸に顔を埋めてきたから」

「えっ!? いや、今のは試合の緊張から解放されて少しふらついただけっていうか、その流石に人前でそんな事をする勇気は無いというか」


 決して故意にやったわけではないので、今度改めて……なんて言ったら怒られるだろうなぁ。


「あのー、家でやってくれませんか?」

「すみません」


 何故か審判の女性が、「リア充爆発しろ!」と意味不明な捨て台詞を残して本部へ向かって行ったところで、意外にもサツキが話しかけてきた。


「負けたわ。完敗よ。まさか、私の最後の手が返されるとは思わなかったわ」

「あのさ。結果だけみると無事だったから良かったものの、あの能力はもう使わないでくれないか?」


 彼女の言う最後の手とは、間違いなく隕石の事だろう。あれで、ユキが大変な目にあったのだ。


「そうね。本当にごめんなさい。私はただユキさん――貴方に勝ちたかったの。私の人生において、唯一敗北を喫した貴方に」

「えっと、ウチとの勝負なら、この前の練習試合で勝ってるでしょ?」

「練習試合なんて意味が無いわ。公式試合で倒してこそ意味があるの。だから、ユキさんが飛び付きそうな賞品をお父様に用意してもらったのに」


 つまり、バドミントンでユキに負けたから、ユキが知らないテニスを先に始めて、そして頃合いを見計らって、大会を開いたって事か?

 流石に勝利へ拘り過ぎというか、執念が怖いんだけど。


「いや、それよりもだ。終盤のあの能力。あんなの危険過ぎるだろっ!」

「ごめんなさい。ユキさんの心の支えである男性に怪我を負わせれば、きっと精神的に崩れると思ったの。だけど、まさか貴方がそちらの方を庇うなんて想定していなかったから」

「ウチが瑞穂を? そんなの庇うに決まってるよ!」

「えぇ、それが私の誤算。ただの協力関係だけだと思っていたのに、まさかお二人が結婚していたなんて。それなら、身を挺して護ろうとするのも納得ですわ」


 結婚という言葉を耳にした瞬間、俺とユキが互いに目を合わせ――ユキの顔から湯気が出た。ような気がする程、紅く染まる。


「け、け、結婚って! いやいや、どうしてそんな話になるんだよっ!」

「あら、違いますの? 試合中にあちらの少女が言っていましたけれど。まぁどちらでも良いですわ。とにかく、私に勝ったのです。正式に秘薬エリクシルを持ち帰りなさいな」

「……結婚。結婚。……ひゃぁぁぁ」


 ユキの意識が違う世界へ行ってしまい、未だに帰ってこないのだが、まぁ一先ず目的も達成出来たし、めでたしめでたしというわけか。

 これでミコちゃんが救われるなと思っていたところへ、ナミがやって来た。


「あの、サツキ様。お言葉ですが、この試合は未だ決勝トーナメントの一回戦ですが」

「……わ、わかっているわよっ! こ、これは、その……予行練習よっ! 私に勝ったんだから、絶対に優勝しなさいよっ! でないと、許さないんだからっ!」


 ナミの指摘で、サツキが珍しく赤面している。動揺しているのか、柄にもない喋り方をして、どこかへ走り去ってしまった。


「……あぁぁぁっ! まだ一回戦っ!? 俺たちまだ後二試合もあるのかっ!? いや、無理だろこれ……って、ユキ。ユキってば。そろそろ戻ってきて」


 頭の中がお花畑になってしまっているユキを連れ、一先ずは大会本部へ。

 一試合終えただけで、これだけの疲労を感じているのだ。とんだ無理ゲーだよ。


「ユキ選手、ミズホ選手、お疲れ様です……って、ユキ選手は大丈夫ですか? 顔がニヤついてますけど」

「えっ!? そ、そんな事ないもんっ!」

「と言いながら、ミズホ選手の背中に隠れるなんて……さては何か進展がありましたね?」

「な、無いよっ! そ、それより次の試合まで、どれくらい休憩時間があるの? 出来れば俺は、明日にして欲しいくらいなんだけど」

「いえ、ユキ選手とミズホ選手の試合はもう無いですよ? 二人でゆっくりイチャイチャしてください」


 あれ? どういう事だ? ナミの言う通り、まだ一回勝っただけなんだけど?

 本部に置かれているドロー表を覗きこむと、やっぱり俺たちの試合は一回戦で、四対二で俺たちが勝ち進んでいる。

 そして同じ一回戦となる、Bリーグの一位ペアとCリーグの二位ペアは、Bリーグのペアが勝っており、次の俺たちの相手に……って、あれ? そのペアが既に決勝戦に進んでいる?


「お姉さん。あの……ここに書かれている不戦勝って文字は何ですか?」

「えっ? そのまんまの意味ですよ? 先程勝利したユキ選手とミズホ選手が棄権されましたので」


 お姉さんが、何か? と小首を傾げながら、何か不思議なものでも見るかのように、俺の顔を見つめてきた。


「って、棄権!? 俺とユキが!? いやいやいや、誰がそんな事言ったんですか!? ほら、ユキ! しっかりしろって。俺たち不戦敗になってるぞ!?」

「やんっ、瑞穂ったら激しいよぉ」

「何がだよっ! ミコちゃんのために試合するんだろ!? 俺たち頑張って勝っただろ!? なのに試合もしていないのに、次で負けた事になってるんだぞっ!」

「……えっ!? そんなのダメよっ! ウチと瑞穂はこの大会に優勝して、ミコの身体を治さないといけないんだからっ! ねぇちょっと、一体どういう事なの!?」


 先程よりもやや強めにユキの身体をガクガクと揺さぶり、ようやくいつものユキへと戻ったかと思うと、即座に本部のお姉さんに詰め寄っていく。

 でも、ユキを止める気にはなれない。この一ヶ月間、本来俺がやるべき硬式テニスを止めて、ソフトテニスの練習に使ってきたんだ。

 全てはこの大会で優勝するため。そして優勝賞品として薬を貰い、ミコちゃんを助けるためなんだからっ!

 ユキを援護すべく、俺もお姉さんに詰め寄ろうとした所で、


「あ、アニキ。それ自分っス。自分が姉ちゃんとアニキの代わりに、棄権する旨を伝えておいたっス」


 トモくんが予想外の言葉を告げて来た。


「トモくんっ!? どうして!? トモくんだって、ミコの事はわかっているでしょ? ううん、双子なんだからウチよりもミコの事を分かっているはずなのに、どうしてっ!?」

「姉ちゃん落ち着いて。そう、僕は双子だからね。姉ちゃんよりもミコの事を良くわかっているよ。だから、ここまでで良いんだ。もう目的は達したからね」

「だったら、どうしてっ!? それに目的を達したって言っても、優勝していないんだから何も良くないじゃない」

「ううん。姉ちゃん、良く考えて。一番の目的はこの大会で優勝する事だっけ? 違うよね? それに、これ以上やるとアニキの身体がもたないよ」


 目的が優勝する事ではない!? えっ!? どういう事っ!? 一番の目的は、ミコちゃんを助けるために薬を手に入れる事だろ?

 ユキもそう考えていたようで、互いに顔を見合わせる。やはり薬を助ける以上の目的は無いようだ。

 それに、トモくん。俺がもたないだって? いや、少しふらついたけどさ、こんな所でまだ終われないよっ!


「と、トモくん!? それはどういう意味なの? 俺はまだまだ大丈夫だよ?」

「アニキ。今大丈夫だと思っているのは試合中にいろいろあったから、アドレナリンが大量に出て感覚が麻痺しているだけっス。姉ちゃんはアニキの能力で回復してるっスけど、アニキ自身は疲労が溜まり過ぎているっス。だから次の試合中に倒れてしまうっス」


 いろいろ……まぁ確かにいろいろあったけどさ。それより、俺の能力!? 回復って、さっきの光の事!? それに次の試合で倒れるだなんて、予言みたいな事を言われても困るのだが。

 とにかく俺やユキが棄権と言った訳ではないし、撤回してもらわなくちゃ。


「お姉さん。今の話で理解しましたけど、俺やユキが直接棄権と言ったわけでは無いので、取り消してください」

「そうね。ウチも瑞穂もまだやれるわ。だから、次の試合へ……」

「ユキーっ! 瑞穂くーんっ!」


 再び本部のお姉さんへ話しかけようとしたところで、遠くから聞いた事のある声が耳に届く。

 声はユキとそっくりなのだが、喋り方に癖のある――いや、あえてハッキリ言おう。若作りを頑張っているようにしか思えない声は、


「やっ! 来ちゃったぁ。アミちゃんでーすっ!」

「ボクも居るよーっ!」

「アミさん! と、それにミコちゃんまで!? 外に出て大丈夫なの!? それに……って、その格好は? テニスウェア!?」


 どういう訳か、黄色いテニスウェアに身を包んだアミさんと、淡いピンク色のテニスウェアに身を包んだミコちゃんが立っていたのだった。

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