第36話 うさみみ少女と母

「どぉ? 可愛い? ねぇ、可愛い?」


 ご丁寧にラケットまで持ったアミさんが、長い髪をなびかせながから、クルリとその場で一回転する。

 いや、うん。見た目はユキとほとんど変わり無いからね。可愛いけど……何だろう。このスコートをチラつかせてくる新手の攻撃は。


「えっと、アミさんってテニスするんですか?」

「ううん。しないよぉー」

「えっ!? じゃあ、どうしてテニスウェアを着てるんですか?」

「えぇっ!? テニスってぇ、応援する人もスコート着用じゃないのぉ? せっかく驚かそうと思って、こっそり買ってきたのにぃ」


 いやいや、もしもそんなルールがあったら、日本の神ルールを越えてるよっ!

 そして、その様子を見ていたミコちゃんが、


「あ、それボクもやるー!」


 アミさんを真似て、クルクルと回りはじめてしまった。

 残念ながら、アミさんよりも背の低いミコちゃんはクルクル回転しても、スコートにチラリズムが生じないのだが……って、残念ながら!? 違う、違うぞっ! 俺はロリコンじゃないんだからなっ!

 変な意味は一切なく、クルクルと回るミコちゃんを微笑ましく見ていると、一回転で止めたアミさんとは違って、クルクルクルクルと回り続け、


「うぅー。世界がクルクル回ってるよぉー」


 案の定目を回してしまい、コテンとその場に倒れ込む。

 ミコちゃん。横向きに倒れたから、お尻――ピンクのアンスコが丸見えなんだけど。いや、違うからね? たまたま視界に映っただけで、故意じゃないからねっ!


「って、本当に何してるの!? ミコちゃん、大丈夫っ!?」

「ちょ、ちょっと! ママ! ミコ! 一体何して……って、ミコッ!? テニスウェアなんて着て、こんな所で何をしているのっ!? それより、とにかく早く日陰へっ! 瑞穂、手伝って!」

「ふっふっふ。その心配は無用だよっ! さぁ、お兄さん。ユキ姉にしたように、ボクにもマッサージをっ!」


 えぇっ!? いや、ユキにマッサージなんてしてないよ?

 ミコちゃんが倒れたまま俺に目をやると、ごろごろと俺の足元まで転がってきて、仰向けで目を閉じる。


「ほら、お兄さんが試合中にコートの真ん中でユキ姉へしたのと同じ事さっ。早くしないと、ボクが本当に倒れちゃうよっ!」


 俺がコートの真ん中でユキにした事。そして、俺がユキにしたマッサージ。って、あれの事だろうか。

 身体の弱いミコちゃんが日向で倒れているせいで、先程まで不戦敗を気にしていたユキも、それをそっちのけで心配そうにそわそわしている。やはり、一先ず日陰へ連れて行った方が良くないか?


「もー、お兄さん。焦らし過ぎだよーっ!」

「えぇー。じゃ、じゃあ、するよ?」


――ふにっ


 とりあえずミコちゃんを満足させて、早く日陰へ移動させよう。

 そう考えてミコちゃんの横へしゃがみ込み、ユキよりも小柄なミコちゃんの、ほとんど起伏の無い胸に触れると、薄いテニスウェア越しに撫でてみる。

 フニフニフニ……って、随分柔らかいけど、外出時もブラとか着けてないのだろうか。


「ちがーうっ! お兄さん! それじゃあ、ただボクのおっぱいを揉んでるだけだよぉっ!」

「……瑞穂。瑞穂は、おっぱいなら誰のでも良いのかしら?」

「あ、瑞穂君。だったら、アミちゃんのも揉んでみるぅ? きっと幸せになれるよぉ?」


 何これ。何なの? マッサージしろって言われて、やったら怒られて、迫られて。どうしろと。


「お兄さんがマッサージする時って、その人をどう癒したいかって考えながらやってるよね?」

「え? あぁ。酷使した筋肉をほぐして疲労回復を促そうとか、リラックスさせてあげようとか」

「さっきユキ姉が倒れた時は?」

「それは、ただユキの笑顔を見たい一心で……って、何でそんな事知ってるの!?」

「はい。じゃあお兄さん。体力が尽きて、苦しんでいるボクを助けようって気持ちを込めて、もう一度マッサージしてっ」


 いや確かに里菜へマッサージする時は、練習メニューと疲労具合からマッサージの内容を考えていたけど、さっきのユキにしたのは無我夢中だったし、ミコちゃんは目を回して倒れた……てか、もう目を回してないよね?

 とりあえず終わらせたいので、ダメもとで考えてみる。

 体力の無いミコちゃんが元気に動けるように……って、あれ? この胸の熱さは、さっきユキの傍でも感じたものだ。

 再び手をミコちゃんの胸に乗せ、


「ヒーリング?」


 またもや脳裏に浮かんがこの言葉を呟く。

 ユキが「また触った!」と声を上げた瞬間、ミコちゃんの身体を優しい光が包み込む。


「あ、また出来た」

「瑞穂っ! これって、もしかして……」

「そう! お兄さんは、うさみみの能力……ううん、うさみみに無い癒しの能力が使えるようになったんだよー」

「俺に癒しの能力!? って、ミコちゃん!? 起き上がってるけど、もう演技なのか本気なのか、わからないよ」


 いつの間にか起き上がっていたミコちゃんが、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね、俺の周囲を回っている。


「姉ちゃん。これがさっきの僕の答えだよ」

「さっきの……って、一番の目的は優勝する事じゃないって話? どういう事なの?」

「うん。姉ちゃんは優勝して薬を手に入れる事に向かって行った――ううん、ごめん。正直に言うと、僕とミコがそうなるように仕向けたんだけどさ、一番の目的は優勝する事でも薬を得る事でもないよね。そうじゃなくて、本当にやりたい事は、ミコの身体を治す事だよね」

「そ、そうだけど……って、まさかそれって、瑞穂が出した光の事!?」

「正解。それがミコの見た本当の夢だよ」


 トモくんがそう言うや否や、ぴょんぴょん跳ねていたミコちゃんが、くてっと俺の背中に覆い被さってきた。


「お兄さん、ありがとう。それから、ユキ姉も。特にユキ姉は、本当の事を言っていなくてゴメンね」

「えーっと、一体どういう事なの? ミコはウチが瑞穂と一緒にテニスの大会で優勝する夢を見たって言ってたけど、本当はどんな夢を見ていたの?」

「うん。テニスの大会中にユキ姉を救うため、お兄さんが体力を回復する――癒しの能力に目覚める夢を見たんだよ」

「えっ!? それって、ウチに嘘を教える必要無いと思うんだけど」

「いやー、でもさ。お兄さんもユキ姉も本気でやらないとダメかなーって。とりあえずテニスしてたら大丈夫だよー……何て言われても、頑張れないかなーって」


 まぁ確かにそれはそうかもしれない。目標を持って、それに目がけて行動するからこそ、練習の効果が出るわけだけどさ。


「うーん。何かまだ隠してそうな気がする。俺の勘だけど、トモくんはミコちゃんの協力者というか、ミコちゃんからもっと色々聞いてそうだけど」

「もちろんっス。ぶっちゃけると、アニキがあのまま次の試合に出ると、疲労と相手の能力とで、選手生命を脅かすほどの大怪我をするらしいっス」

「えっ! そ、それは嫌かな。でも、出てたら優勝出来たかもしれないんだよね? ユキは優勝した方が良かった?」

「そんなわけないじゃないっ! 瑞穂が怪我するなんて、ウチは絶対に嫌っ!」


 一応確認してみただけなのだが、本気で怒られてしまった。

 まぁでも、優勝しなくても目的となるミコちゃんの身体が治ったんだから、それで良いか。


「えっと、今の話は本当なの? 瑞穂君の能力で本当にミコの身体が治るの?」


 アミさんがいつもの若作りではなく、真面目なトーンで話しかけてくる。


「うんっ。ママも知ってるよね? ボクの能力が外れ知らずだって。でも、治癒能力を一回使ってすぐに良くなるって訳じゃないから、暫く時間は掛かるけどね」

「そうなのね……。でも、良かった。ミコは小さい頃から、外で遊ばせてあげれなかったから。でも、今日はユキの決勝戦だからって、どうしても応援に行きたいって言われて仕方なく来たんだけど、まさか私の知らない所でこんな話になっていたなんて」

「ママ、ごめんね。でも、ママはユキ姉と同じくらい、顔に出やすいっていうか、わかりやすいから。ボクが予め話しちゃうと、二人に何か影響があるんじゃないかなって思って」

「ううん。そんな事、別にいいのよ。ミコの言う通りだもの。それに、ミコの身体が治るのは本当に嬉しいのよ」


 素直に謝るミコちゃんをアミさんが優しく抱きしめると、今度は俺に真剣な表情を向け、


「瑞穂君。ミコの事を、よろしくお願いします」

「はい。俺なんかの力が役に立つのなら、どうぞ使ってください」


 母親らしい、優しく慈愛に満ちた表情のアミさんが深く頭を下げて来た。

 そして、アミさんから離れたミコちゃんが、嬉しそうな笑顔を俺に向けてくる。


「ホント? やったぁ。ボクの体質を完治するには、毎日二回、一年間能力を使って貰う必要があるんだー。お兄さん、末永くよろしくねっ!」


 ん? 毎日? 一年間? えっ!?


「ちょ、ちょっと待って! ミコちゃんの身体は治してあげたいんだけど、一年間? 俺、日本へ戻らないと……」


 ミコちゃんの身体は治してあげたいけれど、学校の事もあるし、すぐさま硬式テニスに戻って今度は俺の父さんを探すべく、そっちの大会で勝ち上がって有名にならないといけないんだけど。

 すると、アミさんが先程までの真剣な雰囲気はどこへ行ったのかと、問いたくなるような変わり身で、いつも通りに話しだす。


「あらぁ、どうしてぇ? 瑞穂君はー、ミコの事が嫌いなのぉ? それに、ユキもいるじゃない。あ、確かまだ学生だっけ? だったらぁ、こっちの学校へ転校しちゃいなさいよぉ」

「えっ!? いえ、もちろん嫌いって訳じゃないんですけど、それに転校って言っても、日本とウォククですし」

「心配いらないわよぉ……って、瑞穂君は知らないのねぇ? 日本とウォククの関係をー」

「日本との関係? ど、どういう事ですか?」

「うんとねぇ、ウォククで獲れる野菜には不思議な力があってねぇ。特にウォクク原産の黄ニンジンに多く含まれているんだけど、食べ続けていると不思議な能力が身に付くからって、日本の偉い人がよく来ているのよぉ」


 えっ!? 黄ニンジン!? それって、アミさんの作る料理――味噌汁とかきんぴらごぼうとかサラダとか、いろんな所に使われてましたよね?

 うさみみだから、ニンジンが好きなんだろうなーってくらいに思ってたけど……って、じゃあ俺が癒しの能力に目覚めたのも、このニンジンを食べていたからなのかっ!?


「でねぇ、日本でこの事を公開するとぉ、能力に目がくらんだ人々が一斉に押し寄せてくるかもしれないからってぇ、一般の日本人には伏せられてるけどぉ、普通に転校とか引っ越し、それから結婚も出来ちゃうのよぉ」

「えぇっ!? そ、そうなんですかっ!? ……って、どうしてアミさんがそんな事知っているんですか!?」

「あらぁ、言ってなかったかしら? かなり前に病気で亡くなってしまったけどぉ、アミちゃんの旦那さんはこの国の大臣なのぉ」

「へっ!? 大臣!? 大臣って、凄く偉い人ですよねっ!?」

「そうなのぉ。だからぁ、凄く無駄遣いとかしなければねぇ、遺産だけで生活出来ちゃうから、アミちゃん働かなくても大丈夫なのぉ」


 あー、言われてみれば、俺の母さんが看護師として一生懸命働いてくれているのに対し、アミさんは家事はしっかりやってるけど、外で働いているって感じはしなかったな。

 それに服とかシューズとか、ユキが俺の分まで買い揃えてくれたし。


「そういうわけでぇ、瑞穂君はすぐにでも転校してらっしゃいよぉ。制度的には直ぐ対応出来るはずよぉ」

「そ、そうなんですね。でも俺、こっちへ来てから、今日を覗くとウォククで日本人を見たことが無いんですけど」


 今日は初めて日本人を見たけど、里菜と健介だしな。って、そういえば、二人はどこへ行ったんだ?


「それはぁ、黄ニンジンの効果じゃないかしらぁ。あれはぁ、食べると能力が身に着く可能性があるけれどぉ、うさみみじゃない人が食べ過ぎるとぉ、うさみみが生えるって噂が……」

「えぇっ!? 俺にもうさみみが生えてくるんですかっ!?」

「あはは。嘘よ、嘘。とにかく瑞穂君は、このままうちの家に住んじゃいなさいよぉ。歓迎するわよぉ」


 大丈夫!? 本当に嘘だよ……ね?

 ニコニコと笑うアミさんの笑みが逆に怖いんですけど。

 だが、一先ずそれは置いておいて、


「あの、迎え入れてくださるというのは有り難い話なんですけど、俺は日本に帰らないといけない理由があるんです」

「あらぁ、それはどういう理由なのぉ?」

「日本で硬式テニスをしたいんです。以前に俺の父さんが突然家を出て行ってしまったんです。けど、父さんは日本で硬式テニスのプロ選手だったから、日本でテニスをし続けて俺が有名になれば、きっと父さんも俺たちの事を思い出してくれると思うんです」


 もしくは、父さんの事を知っている選手や、コーチなんかに出会えるかもしれない。これは俺がずっとそう思ってきた事だ。

 ユキの願いである、ミコちゃんの事がなければ、決して寄り道をするつもりがなかった、人生の目的。ユキの願いが叶った以上、次は俺の目的を叶えなければ。


「そう。つまり、瑞穂君は日本へ戻らないといけないのね」

「はい。良くしていただいたのに、すみません」

「わかったわぁ。じゃあ、ミコは瑞穂君と結婚するって言ってたしー、アミちゃん瑞穂君をミコちゃんの旦那さんとして認めるからぁ、ミコちゃん。瑞穂君と一緒に日本へ――瑞穂君のお家に行ってらっしゃーい」

「へっ!? ちょ、ちょっと待って! えっ!? 俺の家にミコちゃんが!? って、旦那!? えぇっ!?」


 これにはミコちゃんも驚いて……ない!? むしろ、頷いてる!? えっ、マジでっ!?


「ま、ま、待って。まだミコに、け、結婚とかは早過ぎると思うのよねー。それに、ミコは日本へ行った事が無いじゃない? だ、だからウチも姉としてミコと一緒に瑞穂の家に行くべきだと思うのよ」

「あらあらぁ。じゃあ、アミちゃんも瑞穂君の奥さんとして行こうかしらぁ。そういえば、日本ってウォククと同じで一夫多妻制なのよね?」


 あれ? ちょっと待って! ユキもアミさんも割り込んできて、どんどん凄い話になってない?

 え、俺結婚するの? 三人と!? 無茶だぁぁぁっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る