第9話 思春期な妹の勘違い

 淡い水色から伸びる、白く柔らかそうな太ももを脳裏に焼き付け、待つ事暫し。

 落ち込んだユキが立ち直るまでにお風呂を済ませた里菜が、パジャマ姿でうとうとしている。今なら半分寝ているし、アレについて聞いても大丈夫だろう。


「なぁユキ。ずっと聞きたかったんだけどさ、うさみみって本物なの?」

「もちろんよ? そうそう、うさみみはさっきみたいに触っちゃダメなんだよ?」


 ユキが口を尖らせるので、うさみみに触れた事を怒っているのかと思いきや、既に冷めてしまっているであろうテーブルの料理を、口の中へと運びだす。

 アンスコ履き忘れ事件の発覚直後は自分の殻に閉じこもっていたのに、気持ちが復活した途端に食欲が湧きだした。いや、マジでどれだけ食べるのさ。


「えっと、随分簡単に認めるんだね。うさみみを隠したりしないの?」

「隠す? どうして?」

「えっ!? だ、だって、うさみみだよ? 頭にうさみみが生えてるんだよ!? その髪型は、うさみみを隠すためじゃないの?」

「ううん。この髪型、フワフワで可愛いと思ってるんだけど……似合ってないかなぁ?」

「……いや、似合ってるし可愛いけどさ」


 どうやら、うさみみと髪の色が同じで、おまけに垂れるタイプのうさみみだから見つかり難かったわけで、別に隠していたわけではないらしい。

 髪型を褒められたのが嬉しかったのか、いきなり立ちあがったかと思うと、その場でクルリと一周し、「どおかしら?」と目で訴えてくる。

 でも、それって髪の長い人がやる動作じゃないかな? 肩までのフワフワしたボブカットだからか、それほど髪の毛は揺れていないし、むしろスコートの方がちょっと捲れそうになってたくらいだよ?

 あと行儀が悪いから、今後お茶碗を持ったまま回るのは止めような。


「あ、思いだした! うさみみも不思議だけど、初めて会った時、どうしていきなり俺の腕の中に居たんだ!? 俺はユキじゃなくて、うさぎを抱きかかえたつもりだったのに」

「あーっ! それっ! ウチも思いだしたっ! あの時、身体中を触りまくったわねっ!」

「身体中!? いや、おっぱ……胸は不可抗力で触ってしまったけど、身体中なんて触ってないだろ!?」

「触ったわよ! ウチが転移用の姿をしてる時、まだ身体が動かないのを良い事に、胸とか脚とかお腹とかっ!」

「いや、女の子のお腹を触るフェチなんて俺には……って、転移用の姿っ!? ど、どういう事っ!?」


 そう言えば、昨日のテニスコートで位置がどうとかって言っていた気もする。

 それに今日は、家が遠いからラケットを取りに帰れないとも言っていた。まさかとは思うけど――


「あ、そっか。日本では一般的じゃないのかな? 転移能力とか」


 ユキの言葉を聞いて、思わずテーブルに突っ伏す。

 転移能力って言った? 言ったよね!? いやいや、そんな魔法みたいな非現実的な……でも、うさみみが生えてるんだよなー。あの時だって、どう考えても俺が抱き上げた時はうさぎだったのに、いつの間にか女の子――ユキの姿になっていたし。

 俺の中の常識がこれらの話を納得しようとしないけど、いろいろと目の当たりにしてしまっているせいか、そういう事もあるんだねーと、受け入れかけている自分も居る。何だろう、長くてリアルな夢でも見ているのだろうか。


「いろいろと受け入れ難い話もあるんだけどさ、その転移用の姿っていうのが、うさぎの姿なのか?」

「そうよっ! 小さい方が転移するのに必要な力が少なくて済むじゃない。ウチはエコロジーなんだから。なのに瑞穂ったら、その無力な姿の時に大きな手でウチの、ウチのいろんな所を好き放題に……って、瑞穂!? どうしたの!?」

「ごめん。もう俺の頭が理解出来る範疇を超えちゃったよ。ちょっと横になるよ」


 椅子から降りてフローリングの床へダイレクトに寝転がると、ヒンヤリとして気持ち良い。

 ごろんと仰向けになって目を閉じ――暫く経って起きると、実は夢でしたーという期待を込め――目を開くと、


「瑞穂。それ、楽しいの?」


 デザートのヨーグルトを片手に俺の隣へしゃがみこみ、大きな瞳で俺の顔を不思議そうに覗きこむユキと目が合う。残念ながら、やっぱり夢ではないようだ。

 どうしたものかと、ぼーっと白い天井を見つめていると、不意にユキの大きな声が届く。


「そうだ! 瑞穂、明日時間ある? ウチの家においでよ。いっぱいお世話になっちゃったし、今度はウチがおもてなしするよっ!」


 な、何ですとっ!? 俺がユキの家へ!? しかも、おもてなしっ!?

 女の子の家へ招かれるなんて幼稚園以来ではなかろうか……じゃなくて、確か妹や弟が居るって言ってたよな。もしかして、うさみみの少年少女がいっぱい居るのか!? それは見てみたいっ!

 すぐさま上半身を起こし、口へスプーンを運びかけていたユキの手を取る。


「行くっ! 行きたいっ! お願いします。行かせて!」

「うん。いいんだけど、ちょっと落ち着いて。こぼれちゃうよぉっ……あっ!」

「あっ……ご、ごめん。けど、どうしても行きたくてさ」

「それは良いけど、焦らないで。ガツガツし過ぎはダメだよ? ほらー、ベタベタになっちゃったよー」

「悪かったって。えーっと、ティッシュはどこだっけ?」


 ユキの足に付いてしまったヨーグルトを拭くため、起き上がって周囲をキョロキョロと見渡す。いつもはテーブルに置いてあるんだけど、大量の料理を置くために、母さんがどこかへ移動させてしまったようだ。


「っと、こんな所にあったのか……ん? どうしたんだ、里菜。熱でもあるのか?」


 テーブルを挟んで、俺とユキの反対側の席でうとうとしていた里菜が、顔を真っ赤に染めて俯いている。

 俺たちの声が大きくて起こしてしまったから、ちょっと不機嫌なのだろうか。間違いなく起きているというのに、里菜が口を固く閉ざしたままで――


「お、お兄ちゃんっ! 里菜だって……里菜だって、ユキちゃんみたいな事、お兄ちゃんにしてあげるんだからっ!」


 口を開くや否や俺に飛び付き、そして俺のズボンに手を掛けてきた。そのまま下に降ろそうとして、腰で引っかかる。俺の部屋着は灰色のスウェットだけど、ズボンの紐は結ぶ派だからな。


「いや、里菜。何してるんだ?」

「だ、だって。テーブルの向こうで寝転んで、お兄ちゃんとユキちゃんがエッチな事してたんだもん!」


――ぶはぁっ!


 俺がティッシュを探している間も、残ったヨーグルトを食べていたユキが、盛大に噴いた。いや、これは俺でも噴くよ。


「あのー、里菜? 一体、何の話なんだ?」

「だ、だって。ユキちゃんがベタベタになって、ティッシュが必要で……」

「ヨーグルトだよっ! ヨーグルトを零したんだっ!」


 幼い容姿と言動で忘れがちだけど、里菜も中学二年生で思春期真っ盛りな女の子だった。クラスメイト達からいろんな話を聞いたりもするだろうし……って、それでも想像力が豊か過ぎないかっ!?

 一先ずユキへティッシュを渡して、再び里菜に向き合う。


「こほん。あー、えーっとだな。ユキが家に招待してくれてるんだけど、里菜も行く? 土曜日だから学校も休みだけど」

「うーん……行きたいけど、午後から部活が……」

「あ、そっか。こっちは休息日で部活も休みだったから……でも、ちょっと見てみたいんだよな」


 文武両道を唱える双海高校は、土日のどちらかは必ず部活動を休みにし、勉学に励めと言う学則がある。もちろん勉強でなくテニスの自主練習に充てているのだが、今回はそれを使おう。もちろん帰って来てからテニスの練習もするしね。

 しかし、うさみみを見たいというのも本当だけど、よく考えたらユキが出場する大会は、ウォククという俺の知らない国だった。そこの気候とか、主流のプレイスタイルとか、可能であれば情報収集しておきたい。

 って、しまった。よく考えたら、うさみみの事を里菜に話してなかった。いきなり行ったら、パニックになるか。


「里菜。兄ちゃん、少しだけユキの家に行ってきても良いか? 大会会場とか確認しておきたいんだ」

「むー、二人でエッチな事とかしない?」

「しないっての。さっきも言ったけど、兄ちゃんを信じろ」

「そう……だね。わかった。じゃあ、お土産よろしくね」


 真っ直ぐに俺を見つめる里菜の視線を受け止め、安心させようと頭を撫でる。

 きっと里菜の好きな、うさぎグッズがいっぱい売っていると思うよ。


「ユキ。じゃあ、俺を連れて行ってもらって良いか?」

「わかったわ。トモくん――弟に伝えておくね」

「ん? 弟が迎えに来るのか?」

「迎えに来るというか、呼んで貰うって感じかな。あと、移動は明日の五時頃だから。早めに寝ておいてね」


 いや、五時って早過ぎないか!? 弟君も可哀そうだろ。

 だが転移能力とやらの仕組みも知らないし、どう考えても従うしかないため、俺は急いで就寝準備を進めたのだった。

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