第19話 ちっぱいは禁句

「さぁ練習、練習。里菜も来た事だし、ラリーでもしようか」

「そ、そうね。ウチ、ボールの打ち合いって、まだほとんどしたことないし」

「里菜も部活終わりだし、ウォーミングアップは要らないよね? さぁ練習しよー」

「……二人とも、急にどうしたの?」


 里菜が不思議そうに小首を傾げながらも、ラケットを取り出し、準備は万端だと示すかのようにベースラインへ移動する。

 その頃には俺たちも球拾いを終え、ユキが里菜の横へと歩いて行く。


「あ、ユキちゃん。そのテニスウェア、可愛いっ! 良く似合ってるね」

「えへへ、ありがとー」

「うんっ! お兄ちゃんもユキちゃんを見てよー。上下白のウェアで、お兄ちゃん好みのデザインだよー」


――ぐはっ


 やめて。無邪気に俺の心を抉らないでっ! あぁ、そうさっ! ユキに似合うウェアを選びながらも、俺好みの露出が多いものを推してしまったさ。

 里菜の無邪気な一言で思わず崩れ落ち、持っていた籠を倒してボールがこぼれてしまった。ダメだ、我ながら先程の事が恥ずかし過ぎる。


「大丈夫!? お兄ちゃん!」

「な、な、な、何やってるのよ。瑞穂ったら」


 里菜とユキがこぼれたボールを拾ってくれたのだが、キョトンとした里菜に対し、ユキは顔が紅く染まり、引きつった笑顔になっている。

 あー、これはもしかして、露出多めを推されたと、怒っちゃったか?


「と、とりあえず、ラリーしようか。俺が向こうへ入るから、里菜とユキはこっちで。交互に打つから、一対二でラリーをしよう」

「あれ? それって、ユキちゃんもソフトテニスをするって事? この前は硬式テニスしてたのに」

「いろいろあってね。でも三人でソフトテニスが出来るから、その方が里菜も良いだろ? っと、暗くなり始めてるし、とにかく練習だっ」


 時間が無いのも事実なので、不思議そうにしている里菜と、顔が真っ赤になっているユキも含めて強引に練習しようと押しきり、ラリーを開始する。

 俺と同じく後衛をしていて、小学生の頃からソフトテニスをしている里菜と、前衛でバドミントンの打ち方が抜けないユキなので、当然ストロークでは里菜の方が上手い。

 だけど、フットワークはユキの方が優れているので、ネットプレイを覚えれば何とかなるかもしれないと考えていると、


「おーい。瑞穂っ! 今日はどうしたんだ!? お前が部活を休むなんて」


 コートの横、少し離れた歩道から大声で叫ぶこの声は――健介だ。自転車を止めて、こっちへ向かってきている。

 既に周囲も暗くなっており、タイムリミットギリギリだったので、練習を終える事にした。


「あぁ、ちょっと訳ありでな。一ヶ月だけ部活を――というか、学校を休む事にしたんだ」

「えぇっ!? ど、どういう事だよっ! 一体どうしてっ!?」

「声がでかい! 訳は言えないけど、まだ里菜に言ってないんだ。バラすなよ」

「わ、わかった。けど、本当にどうしてだ? 一ヶ月も部活を休んで大丈夫なのか? 一緒にインターハイへ出場するんじゃなかったのか!?」


 いや、健介と一緒に出場するって言った覚えはないんだけど。

 コートにブラシ掛けをしながら、心の中で突っ込んでいると、ボール拾いをしていた里菜が近くを通る。


「里菜ちゃーんっ! 久しぶりっ! 最近、会いに来れなくてゴメンねっ!」

「お、お久しぶりです。高木先輩」

「里菜ちゃん、元気だった!? テニス頑張ってる? 今度オレもソフトテニスのラケット持ってくるから、一緒にテニスしようよ。あ、お義兄さんも一緒に」


 だから、誰がお義兄さんだ。里菜を引かせた上に、部活とインターハイの話はどこへ行った。

 まぁこいつは里菜に夢中だから仕方が無いのかもしれないが、その里菜がボールを集める体で、早々に距離を取った事に気付いているのだろうか。

 と、逆にこっちへ近づいてくる小さな影が一つ。


「瑞穂のお友達?」

「あぁ、高木健介って言って、去年までソフトテニスでペアを組んでたんだ」

「そうなんだ。えっと、ウチはユキ。よろしく」

「おぉっ! 瑞穂のテニス塾に新たな生徒が増えたのか。里菜ちゃんのお友達かな? 何かあったら、双海中学の先輩であるこの僕に何でも聞いてくれたまえっ!」

「何だよ、テニス塾って。てか、健介。ユキはこう見えて、俺たちより年上だからな」


 俺が指摘した途端、健介が絶句するのだが、まぁそれも仕方がないだろう。初対面だし、俺の斜め後ろに立っているから、多分この距離では小柄な体型の影しか見えてないだろうし。

 それに見えていたとしても、俺だって未だに年上だなんて信じらない事があるくらい幼い容姿だしさ。


「う、嘘だろ!? だって、こんなに小さいんだぜ!?」

「まぁ確かに小柄だけどさ。女の子は背が低い方が可愛いらしいだろ?」

「いや、オレは身長の話なんてしてねーよ! 暗くて影しか見えないけどさ、里菜ちゃんに負けず劣らずの、ちっぱいだぜ!? こんなに小さな胸なのに、オレより年上だって!? そんなの有り得……」

「胸の事は言うなぁぁぁっ!」


 ユキの叫び声と共に、健介が話途中に姿を消す。

 どこへ行ったのかと周囲を見渡すと、防風ネットの下に転がっていたのだが……もしかして初めてユキに合った時、俺が吹き飛ばされたのと同じなのだろうか。

 小さな身体に隠した、男子高校生を吹き飛ばす程の凄まじいパワー。その怪力で、ラケットを壊さなければ良いのだけれど……って、あれ? 今も俺の横に居るのに、健介まで腕が届く距離だったか?


「お兄ちゃーん。ボール拾い終わったよー! あれ? 高木先輩はもう帰ったんだ」

「あー、うん。そうそう。だから、俺たちも帰ろうか」


 吹き飛んだと言っても柔らかい網で止まったし、それに健介だから放っておいても大丈夫だろう。

 里菜とユキとの三人で俺たちは家に帰る。


「おっかえりー! 晩御飯は出来てるから、いーっぱい食べてねっ!」


 何故かキラキラと目を輝かせる母さんに出迎えられ、リビングへ向かうと、今日も大量の料理が食卓に並ぶ。

 だけど先日と違って、料理がちょっと変だ。変な匂いがするんだけど。


「瑞穂。今日はニンニク料理よっ! 精がつく食事を沢山用意したから、いっぱい食べて頑張るのよっ!」

「ちょ、ちょっと母さん。精がつく食事を作ってくれるって言ってたけど、何だか極端過ぎない?」

「うふふ。だって瑞穂とユキちゃんの二人には、いっぱい頑張ってもらわないといけないしね。何と言っても、早く孫の姿が……」

「ちがーうっ! 誤解だぁぁぁっ!」


 作ってくれた料理を食べないわけにもいかず、食事をしながら母さんの誤解――ユキとの関係を訂正しようとしたのだが、結婚式とか新婚旅行とかの話題を一方的に捲し立てられ、失敗に終わってしまう。

 ……ちなみに誤解されたままユキは、俺の部屋に布団が用意されていたのだけど、にんにくの力――臭いの力に対抗するかのように、互いに息を潜めて一夜を過ごしたのだった。

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