第18話 スコートのチラリズム

「はい。じゃあ、このラケット使って」


 コートへ着いて準備体操をした後、ユキに一本のラケットを渡す。


「この黄色いラケットは何?」

「あぁ、母さんのラケットを拝借してきたんだ。あぁ見えて、七、八年くらい前までソフトテニスのインストラクターやってたんだ」

「そ、そうなの!? 意外だね」

「まぁでも、やっぱりテニスは上手いよ。パワーでは俺の方が勝つけど、最近は趣味程度にしかやってないのに、テクニックではいい勝負だし。コントロールが良くて、取り難い嫌な所へ打ってくるんだよね」


 月に一度くらいしかしていないので、一試合もすれば体力の限界がきてしまうくらいだけど、それでもちゃんとガットを張り替えているし、ラケットだって割と新しい奴だ。

 俺とは違って仕事でテニスを教えていたのだから、本当は俺よりも母さんに里菜やユキを見て貰った方が良いと思うのだけど、無い物ねだりをしても仕方が無い。

 早速、基本となる球出しからやろうとラケットを手にする。


「あれ? 瑞穂のラケットって、何か変じゃない? 少し形が違うんだけど」

「ソフトテニスは前衛と後衛がハッキリ分かれてるんだ。俺のは後衛用だから、少し変わった形に見えるかもね。ちなみに、ユキのは前衛用だから」


 俺のもユキのも、共に日本二大メーカーのもので、打球感の良さに定評があるラケットだ。特に、俺の使っている白い後衛用のラケットは、母さんの時代から名ラケットとして有名だったらしい。

 とはいえ、発売開始から二十年以上も経っているからか、最近製造が終了してしまったらしいけど。


「じゃあ、早速ストローク練習から始めようか」

「ちょ、ちょっと待って。この前、教えてくれた硬式テニスとはまた違うんでしょ? 打ち方は?」

「あ、ごめん。説明が足りて無かったね。さっきも言ったけど、前衛と後衛で分かれているから、前衛のユキはある程度ストロークが打てれば良いよ。それよりも、ネットプレイを覚えよう」

「えーっと、つまりバドミントンの打ち方でも良いの?」

「そういう事。全く同じって訳にはいかないけど、そこは少しずつ調整していこう」


 当初教えようとしていた硬式テニスはバドミントンに比べて遥かにボールが重い。

 だから、手首の怪我を防ぐためにもフォームを変える事が必須だった。けどソフトテニスはボールが軽いし、前衛ならばコートの後ろからストロークを打つ事も少ないし、別に凄い球も打てなくていい。

 この前の初試合みたくシングルスでもないので、限られた時間の中ではベストの選択ではないだろうか。


「わかったわ。とにかく、ウチが慣れている打ち方で良くて、ちょっとずつ修正していくって感じなのね?」

「うん。じゃあ、俺がボールを投げるから、とにかく打ってみよう。あ、ラケット投げるだけは、無しな」

「瑞穂のみたいに太いのじゃないから大丈夫よっ。……さぁ、瑞穂。ウチにテニスを教えなさいっ!」

「……いや、練習するってなった途端に、どうして上から口調になるんだよ」


 ほんの数分前まで、「へぇー」とか「そうなんだー」と小さく相槌を打ちながら話を聞いていたのに、突然ユキの態度が変わる。

 やっぱり家での出来事が原因で、怒っているのだろうか。あれも事故みたいなものなんだけどな。

 溜め息を吐きながらボールの入った籠を運び、基本中の基本となる練習を始めたのだった。


……


「瑞穂。どうかしら?」

「うん、まぁ悪くはないと思うよ。ユキは前衛だし、速い打球はいらないから、とにかくコントロール重視で打とう」

「んー、そうしているつもりなんだけど、安定しないのよねー」


 籠いっぱいに入ったボールを打ち終え、球拾いを終えた後にユキのストロークについて振り返る。

 だいたい半分くらいは、ちゃんと打てていたと思う。残りの半分は、コートに入っていなかったけど。


「バドミントンをやっていたとは言え、ソフトテニス初心者にしては上出来だと思うけど?」

「何かアドバイスは無いのかしら?」


 いや、むしろ指摘したい所が山のようにあるんだけど、言い過ぎても全部出来ないだろうし、それよりネットプレイの練習へ移りたいのが本音だ。

 けどユキが気にしてしまっているし、一つだけ言ってあげようか。


「じゃあ、フォロースルーをしっかりしようか」

「フォロースルー? それってバドミントンと同じで、しっかり振り抜けって事よね?」

「うん。テニスはバドミントンよりコートが広いし、特に後ろから打つストロークは即座にボールが返ってくるわけじゃないからさ、思いっきり振り抜こうか」


 まずはボールを使わずに素振り。フォロースルーを意識してはいるものの、打ち終わったラケットが身体の正面くらいでは、まだ足りない。

 硬式テニスであればボールに回転が掛かり易く、それくらいでもトップスピンが掛かってボールが落ち、安定する。だけど、ソフトテニスはゴムボールの性質上、回転が掛かり難くてしっかり振り抜かないと安定しないんだ。


「えっとね、ユキがこれでもかって思うくらいラケットを振り抜いても良いよ。たぶん、それでも足りないから」

「こ、これでどうかしら? 打ち終わった後、ラケットを身体の左側まで運んだけど」

「うん。もっとだね」


 実演と言う事でボールを上に投げ、腰を落として、後ろから前への体重移動と共にラケットをフルスイングする。

 ボールを叩きつけるように打つ、ソフトテニスの『トップ打ち』という打ち方なのだが、それはさておき俺は打ち終えた直後、フォロースルーの状態で身体を止めた。


「ユキ、俺のラケットを見てみて。どこまで振り抜いてる?」

「ラケットが、背中まできてる」

「だろ? ソフトテニスだと腕を首に巻きつけるくらい、振り抜くんだ。ちょっとやってみる?」


 先程と同様に手でボールを投げると、ユキが見よう見まねでラケットを振り抜き、十球中八球がコートに入る。


「ホントだ。瑞穂、凄いじゃない」

「いや、一度見せただけで出来るユキの方が凄いんだけど」


 体重移動まではしていないので、打球にスピードはないけど、それでも十二分に凄い。

 こんな凄いセンスを見せられると、余計な事とは思いつつも、ついつい高望してしまう。


「えっと、本来は後衛の打ち方だから、ここまで要らないとは思うんだけど、ついでに体重移動もしてみようか。ボールを打つ時に身体の回転を殺さず、かつ前に体重を乗せながら……」

「そんなの無理だよ。既に何を言っているか分からないもん」

「いや、ユキなら出来るよ。大丈夫っ!」


 と、試してもらったけど、やはり無茶が過ぎたか。けど、もう少し頑張ってみてもらいたいな。


「えっと、もう少し足を開いて、膝を曲げて、いや腰をもう少し落としてさ……」

「ま、待って。今、どうして腰を触ったの!? 必要ないわよねっ!?」

「えっ!? いや、だからフォームの改善で……」

「でも、あと少し下だったら……変態っ!」


 変態って……腰を落として欲しかっただけなんだってば。

 そうは思いながらも、家で見た白い板の事が脳裏に浮かぶ。あれ? そう言えば、この白いテニスウェアって、上下共に見覚えがある。何だっけ?


「瑞穂。スコート……見過ぎ」

「あ、いや違うんだ。ちょっと気になって」

「き、気になるって、ウチの胸を触っただけじゃ飽き足らず、お尻まで触る気なのっ!? それとも脚フェチ!? まさか、またスコートの中を覗こうって気なの!?」

「ち、違うって! 気になるって言ったのはそう言う意味じゃないっ!」


 またスコートを覗くって、前はユキから見せてきたんだろうが。

 それに家で馬乗りになっていた時、俺からユキが降りようとした所で、白一色のアンスコがチラリと……って、だから俺は変態じゃないんだってば!

 とはいえ、ユキに胸を触られたと言われ、ついつい目がいってしまった。白を基調としたポロシャツの胸元に、スコートとお揃いで水色の模様が入ったこの服は……


「ちょっと! 瑞穂! ウチの胸を凝視してたでしょっ! こ、これ以上触っちゃダメなんだからっ!」

「いや、だから故意じゃない……って、これ。一緒に買いに行ったウェアか」


 この前ユキとデートみたいな一日を過ごした時に買った物だ。余程気に入ったのか、すぐさま着て来るなんて。


「えっ!? そ、そうだけど……ま、まだ実際に着た姿を瑞穂に見せてなかったから」


 胸とフォームの事で夢中になってしまっていたけど、よく似合っている。

 しかも、ユキが恥ずかしそうな仕草なんてするから、可愛さが二割増しというか、まぁ可愛いよ。

 練習を止め、何故か互いに無言のままなので、変に気まずくなってしまったのだが、


「お兄ちゃーん。部活終わったよ……って、ユキちゃんと見つめ合って何してるの?」


 里菜の登場で、慌ててボール拾いを始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る