第39話 グラウンドの死闘 2

Side 智也

 面白れぇ。

 こんなヒリヒリした仕合は久しぶりだ。大量のアドレナリンが全身を駆け巡り、高揚が肌をチリつかせるように毛を逆立たせる。

「ッ!」

「フッ――」

 千羽の面へのフェイクから胴への一撃を弾き返し、刺突で鳩尾を狙う。

 ステップバックして躱した千羽と入れ替わるようにして踏み込んできた姫路が、大上段に構えていたショベルを思い切り振り下ろす。

「はぁああああああああっ!!」

「ッ!」

 これは防げないと悟った俺は、素早く地面を蹴る。直後、爆音と共に先ほどまで俺のいた場所にぽっかりとクレーターが作られ、砂埃が盛大に舞った。

「ふん」

 刹那の間、視界が潰れるが、俺は視覚に頼らなくても耳がある。

 微かな息遣いを感知した俺は、そこに向かって勢いよく鉄パイプを振るった。

「がぁっ!」

「ははっ……あん!?」

 短いうめき声に歓声を上げかけるが、すぐに胡乱気な声に変わる。

 土煙が晴れると、頭から血を流しつつも、こちらの鉄パイプを片手で握る、不敵な笑顔の姫路と目が合った。

「さっちゃん!」

「御意!」

「ッ! くそっ、放せよ……!」

 全力で鉄パイプを引き抜こうとするが、全力で引いても片手で掴む姫路の腕はピクリとも動かない。

 そのうちに、千羽が遂に俺を刀の間合いへと入れた。

「去ね」

 鈍く光る真剣が、俺の喉元を捉える――直前で、俺は鉄パイプから手を離し、スウェーで横面を躱した。逃げ遅れた前髪がはらりと落ちる。

「なっ」

 驚いた千羽が返す刀で追撃を入れるより早く、俺は前蹴りで千羽を吹き飛ばす。

 直後に、鉄パイプを捨てた姫路から、必殺の一撃が飛んでくる――が、それを俺はショベルの柄を『掴んで止めた』。このタイミングで来ると確信していたからこそ出来た芸当だ。

「嘘ッ!?」

「ほんとだよ」

 驚愕した姫路は、すぐにショベルに力を込めるが、それより早く、俺が姫路に足払いを掛ける。

 ショベルばかりに気が向いていた姫路はあっさりとバランスを崩し、次の瞬間、その小柄な体に俺の拳が喰いこんだ。

「――殺った」

「神奈ッ!」

「ッ……うがぁああああ!!」

「――!」

 拳から骨を折る感触が伝わってたにも関わらず、姫路はまだ倒れなかった。

 俺を蹴り飛ばして強引にショベルから引き剝がし、膝を付く。

「はぁ、はぁ……つぅう……!」

「神奈ッ!」

「チッ、しぶてぇな」

 姫路を庇うように前に出た神奈に、俺はやれやれと肩を竦める。

「肋骨を破壊した。折れた肋骨が内臓に傷を付けたかもわからん。まともな医療も受けられない今、もうそいつは助からねえよ」

「貴様ッ――」

「さっちゃん!」

 駆けだそうとしたところで、千羽が姫路に呼び止められる。

「……あいつは……そうやって、さっちゃんを挑発して……誘ってるんだよ……。一人だけじゃ、あいつは倒せない……。二人で、協力しな、いと」

「しかし神奈! その身体では……!」

「……大丈夫。あいつを倒すくらいならへっちゃらだよ。ここで私たちが倒さないと、みんなが……」

「――はっ。ここまで来てまだ仲間想いの善人を気取るとはな」

「ッ……なんだと?」

 こちらに強い殺意を向けてくる千羽を、俺は嘲るように笑う。

「事実だろ? お前ら、いくら和彦が赦したからって、まさか今まで俺たちにしてきたことを忘れたわけじゃないだろうな? 俺らと一緒にいた眼鏡のガキも、道野も、岸本も、矢沢も、全部テメエらは殺したんだろうが。今の俺みたいによぉ」

「違う! 私たちは貴様のように好きで殺したわけではなく、皆を護る為に――」

「そうやって自分を正当化してきただけだろ。殺される側からすれば、そんなのどっちだって変わらないぜ。いい加減自覚しろよ。お前らは只の人殺しだ。殺人鬼だ。――お前らの審判は決まったんだ。大人しく報いを受け入れろよ」

 俺は腰からサバイバルナイフを抜くと、ゆっくりと構える。

 千羽には迷いが見える。今までもずっと良心の呵責に苛まれていたのだろう。

 馬鹿が。後悔するくらいなら最初から殺さなきゃいい。お陰で、今なら楽に殺すことが出来そうだ。

 さて、そろそろこの仕合も終わりにするか――。

 俺が一歩踏み出そうとしたそのとき、千羽の後ろから前に出てくる影があった。

「神奈……」

 未だダメージの色濃い神奈は、ショベルを引きずりながらも千羽の前に立つ。

 砂埃に汚れた髪が、風に揺られて紅蓮のカーテンのようにたなびく。

「……あんたの言う通り、カズくんだけが特別で、今までの男の人が私を赦さないことはわかってる。もしかしたらここであんたに殺されるのが、本当は正しいのかもしれない……」

 言葉とは裏腹に、姫路から紅く、強烈に瞬く『何か』が全身を迸る光景を、俺の網膜は捉えていた。

 幻覚か、とも思ったが、やがて俺はこの光景を以前見たことがあることに気づいた。

 それは十数年前、俺がまだ年端もいかないガキだった頃。不運な事に、強盗事件に巻き込まれたことがあった。

 銃を振り回して怒鳴り散らす強盗を見て、当時の俺は相当な恐怖を覚えていた。

『――大丈夫だ。俺を誰だと思ってやがる』

 そのとき、たった一人で駆け付けた警官――一馬の身体からも、今の姫路のように『何か』が全身を迸っていた。

「そうか……その光は……」

 誰かを、護りたいっていう気持ちか――。

次の瞬間、こちらを真っ直ぐ射抜いた彼女の瞳は、ルビーのように紅く、美しい輝きを放っていた。

「それでも――――――私は皆を護る!!」

 直後、地面を蹴った姫路が、高速で俺へと飛んできた。

 他者を護る力、か――。

「面白れぇ!」

 俺は全力で横に飛び、勢いの乗った姫路の一撃を回避。後ろに回って攻撃しようとしたところで、不意に後ろで地を蹴る音。

「はぁ!」「ッ!」

 振り向きざまに放った一刀が千羽の刀と火花を散らす。金属独特の激突音が、グラウンドに響いた。

「くっ……」

「腕力じゃ俺には勝てねえ、よ!」

 千羽の刀を弾き返したところで、再び横合いに飛ぶ。予想通り、迫ってきていた姫路が、俺を追うようにショベルを振りかざす。

「はぁあ――がっ!」

 裂帛の気合と共に、渾身の一撃を放とうとしていた姫路の喉から、引き攣った声が出る。

その姫路の胸には、俺の投擲した石が喰いこんでいた。

 そこは、さぞかし“効く”だろうな――。

「――ァアアアアアアアア!!」

「――ッ!?」

 しかし、姫路は獣のような咆哮を上げると、そのまま俺を蹴り飛ばした。

 咄嗟にガードはしたものの、あの超人的な膂力を持つ足で蹴られたのだ。車にでも撥ねられたような衝撃が襲い掛かり、地面を転がる。

「覚悟ッ!」

「このっ……!」

 やっと身体が止まったと思ったら、そこに千羽が追い討ちをかけてくる。

 上段からの袈裟斬りを膝立ちの状態で受け止め、徐々に押し返すが、その隙にも、姫路はこちらへとゆっくり近づいてくる。その両手に持つショベルの柄は、彼女が握っている箇所に段々と“罅”が入りはじめ――。

 濃厚な死の予感。

「ッ――くそがぁ!」

「くぅうううう!」

 急いで千羽を押し返そうとするが、体勢が悪く、すぐには押し返すことが出来ない。

 そのうちにもう姫路は目と鼻の先まで来ている。防御は出来ない。しても意味がない。

 敗ける? 俺がこいつらに? まだここからってときに――。

「……私もすぐにそっちに行くよ。そのとき、私のことは好きにしていいから――」

「ふ、ざけ、んなよ……ぉおお!」

「ぐぅう……神奈ッ!」

 遂に姫路が俺の前に立ちはだかる。頭上には、見上げるほど巨大なショベル。

 この瞬間、勝負は決まった。

 俺はこいつら二人に負けたのだ。あれだけ自分を強者と思いながら、超人とはいえ、こんな小娘二人に……。

「……認めてやるよ」

 だが、だ。

 武人としての八代智也は負けても。

 “人類悪としての”八代智也は負けることはない。

「今はお前らの方が……強い!」

 大上段に構えられたショベルが振り下ろされる刹那、俺は“ソイツ”を呼んだ。

「やれ――――――早川ッ!!」

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