第35話 見下ろす者たち

 ――その和彦たちの戦闘を眺め、信じられない気持ちで立ち尽くす男がいた。

「――まさかアイツがこうも簡単に倒されるとはな」

 眼下で全員の生存を喜ぶ少年少女達を眺めていた俺は、落胆から溜息を洩らした。

 “アイツ”にモヒカンをここまで誘導させ、けしかけるまでは全て順調だった。本来ならそれで、姫路達は多かれ少なかれ死人を出し、あわよくば姫路や千羽も処理できる筈だった。

だが、結果はどうだ。

多少の怪我はあるものの、姫路達探索班は全員健在、音に釣られてやってきていた感染者も根こそぎ壊されてしまった。本当ならばここで俺たちが奇襲を掛けて、生き残ったメンバーを皆殺しする予定だったのだが、流石にあれ全員を相手取るのは分が悪い。

「……それもこれも全部アイツのせいだ」

 俺は、この状況のそもそもの元凶にあたる眼下の少年を睨む。仲間に囲まれて賛辞を贈られ、困ったように笑う少年。

 王馬和彦。思えば、全てのイレギュラーはこいつが原因で起こったと言っても過言ではない。

 最初は何の面白みもない、平凡で退屈な少年程度の認識しかなかった。どちらかと言えば、その和彦の隣にいる岡崎俊介の方が面倒な存在だと考えていた。つい、この前までは。

 だが、姫路達に捕らえられ、奴隷として生活しているうちに、奴の評価は改めざるをえなくなった。

 それまで自分を迫害してきた者達を笑顔で赦し、仲間が危機に陥れば、己の危険を省みず、無我夢中に走り出す。大した力も無い癖に、だ。

 何故そんなことを奴がするのか、俺にとって不思議で不可解で――度し難い程に気持ち悪かった。

 それはもう生理的嫌悪と言ってもいい。とにかく、存在することさえも不快だ。今すぐ和彦を絶望の淵へと陥れ、陰惨極まる方法でこの世から抹消したい。

「――おお、こんなとこにいたのかよぉ」

 そんなことを考えていたからか。背後からその粗暴な声が掛けられるまで、俺はソイツの存在に気づかなかった。

 ああ、まだこんな奴も残ってたな。

 ゆっくりと振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべた指原の姿があった。

「――ああ、指原さん。無事でしたか」

 即座に取り繕った笑みを浮かべた俺に、指原はふん、と鼻の孔を膨らませた。

「お前の立てた作戦のせいで、危うく化け物共の餌になっちまうとこだったよ。それに西川の野郎はお前のぶちまけた血のせいで死んじまったぜ。俺まで滑ったらどうするつもりだったんだよ、ああ!?」

「すみません、僕もかなり必死だったもので……チェーンソー(あれ)を渡したのは自分ですが、まさか、あそこまで見事に吹っ飛ばされるとは思ってもいませんでしたから」

 俺は苦笑と共に、脇に転がっていたブリキの缶を見る。缶ジュースくらいの大きさのその缶は、俺があらかじめ懐に入れて置いた物だ。中には赤いポスターカラーが入っていて、あの時血液に見えていたのは、そのポスターカラーだったということだ。

 あまりにも行き当たりばったりで稚拙な作戦。だからこそ、誰も真相には気づくまい。

 このときそう信じて疑わなかった俺は、いい加減目障りになってきたこの男を処分することにした。

「――ふん。まあそれはいい。で、いよいよこれから学校に戻って、お愉しみを始めるんだよな? 俺は外で逃げてきた女を捕まえるだけで良いって本当か?」

「ええ。捕まえた女をどうするかも指原さんにお任せしますよ」

 ニタァと音が出そうなくらい、粘着質な笑みを浮かべる指原に表情筋を強張らせつつ、俺は服の襟元を軽く摘まんだ。

「本当だなっ!? 後で文句言うんじゃねえぞ! ――へっ! 今まで散々好き放題されたんだ。今度はこっちがお前らが女だってことを、その身体にとことん教えてやる――」

 頭の中で目を付けていた女に腰を振る自分でも想像していたのだろう。

 だらしない笑みを浮かべていた指原の肩から、直後に鈍く光る刃が飛び出した。

「……ッ!? が、ぁああ――ごひゅっ!?」

 突然我が身に降りかかった激痛に、指原が絶叫する直前、俺の拳が奴の顎を砕いていた。

「――静かに殺すように俺は言ったよな?」

 苛立ちと共に放った言葉に、『ソイツ』は悪びれもせずに言った。

「え~。だって、『苦痛を伴うように殺せ』とも言ったじゃないっすかー」

「あ……ひゃへ……?」

 指原が目を剥き、歯の噛み合わない口で、何か言葉を発しようとした時、その心臓から刃が再び飛び出していた。

 今度こそ死んだ指原に目もくれず、俺は指原の背後に立っていた少女に視線を向ける。

「俺が指示した他の準備は全部終わってるんだろうな――早川」

「ええ、全て滞りなく――智也様」

 畏怖を込めて告げられた言葉に、俺は満足して頷いた。

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