第6話 もしくは有りえたはずの邂逅
持っていくものは必要最低限に。どうせ集団に合流すれば、持っている食糧は共有することを迫られるのだ。保存のあまり利かない野菜などを主に、リュックの二重底の下に缶詰や乾パンなどを入れておく。あとは着替えや小物を少し入れ、更に小さめのリュックを中に入れるとリュックのボタンを留めた。リュックにはまだ余裕があるが、感染者に襲われないとはいえ、あまり重いといざという時に邪魔になる。最悪もう一度この部屋に戻ってくればいいのだ。十分程度で身支度を終えると、俺はスマホで街のホームページを開いた。
どうやらうちの街では、避難所への移動を推奨しているらしい。結構な数の住民が近隣の学校や施設に避難しているらしく、とりあえずは俺も避難所へ行くのが手っ取り早いだろう。
「ここから一番近い避難所は……華和小学校か」
華和小学校は、ここから歩いてニ十分くらい歩いた小高い丘の上に位置する市立の小学校だ。俺が通った小学校はそことは違うため直接入った事はなかったが、学校の校舎自体は新築とは言えないまでも、そこそこ新しかったはずだ。学校を囲う鉄柵もあったし、よっぽど馬鹿でなければまだ陥落していないはずだし、まずはそこを目指してみるのが良いだろう。
スポーツシューズを足にひっかけ、玄関の扉を開く。
アパートの廊下には尾を引くような血の線が残っていた。
あの時の光景を思い出し、俺はほくそ笑む。
「あんなのがまた見れるといいな」
俺は陽気に『さんぽ』を口ずさみながら、太陽の元にその身を晒した――。
華和小学校にはニ十分程度で着いた。道中、住宅街に感染者はうようよいたが、小学校付近の少し寂れたところまで来ると、感染者はめっきりなりを潜めた。元々住んでいた人が少ないため、襲われて感染者になった人も少ないのだろう。
これなら避難所も無事な可能性が高いな。
俺の憶測を裏付けるように、やがて目の前に立ちはだかった校門と、その周りを囲む堅牢な鉄柵はそのままの姿を保っていた。流石に校門は鉄柵で堅く閉ざされているが、傍には見張りらしき男が二人立っていた。
さて、ここからは少し気を引き締めなければ。俺は浮ついた気持ちを吐き出すように大きく息を吐く。
生憎、演技をするなど小学生の頃の発表劇でやった以来だが、要は自分の気持ちさえ隠せばいいのだ。悪目立ちだけはしないこと。目立てば目立つほど『本命』の仕事はし辛くなるだろう。
俺が校門に近づいていくと、俺に気づいたらしい見張りの一人が声を上げた。
「――止まってください。避難者の人ですか?」
「はい。避難勧告が出ていたので、家から近かったこの学校に……」
「そうでしたか。それでは受け入れ希望ですね?」
見張りをしていたのは、どちらもまだ高校生くらいの男だった。話しかけてきた方の男は優男といった感じのイケメンで、もう一方はまだ幼さの残る少年だった。優男は柔和な笑みを浮かべているが、その瞳の奥にある表情までは読み取れない。もう一方の少年も、手に持った金属バットを手放そうとはしない。俺が感染者かどうかを警戒しているのだろう。どうやらこの避難所にも街で起こっていることはそれなりに伝わっているらしい。
「ええ。あの……、早くしないと『奴ら』が来るかもしれません。中に入れていただけませんか?」
できるだけ丁寧に、且つ物腰の弱そうな声音を落としながら尋ねる。
奴ら、という言葉に優男の笑顔が揺れる。
「……既に感染者に出会っているんですね。確認なんですが、あなたは感染者に暴行などは加えられましたか?」
「だ、大丈夫です。奴らは遠目から見ただけで、襲われたりはしていません。なんなら後で検査しても構いませんので、早くここを開けてください――」
「……ええ、わかりました。どうぞ入ってください」
優男が校門の南京錠を開け、人一人がかろうじて通れるだけのスペースを開ける。
俺がそこにするすると入ると、バットを持った少年がすぐさま南京錠を掛け直した。
「……」
予想外にあっさりと中に入れたことに俺は内心拍子抜けしていた。いくら本人が噛まれないと言ったとはいえ、一度中に入れてしまってから感染者だと分かれば手間は何倍にも膨れ上がるはずだ。まだこいつらが子供だからとはいえ、ここのセキュリティはどうなってるんだ――
「すみません。失礼ですが、お名前は?」
「……あ、や、八代。八代智也と言います」
「八代さんですね。それでは八代さん、あそこに見える正面玄関から入って、二階にある職員室に行ってください。そこに、今この避難所を仕切っているお巡りさんがいるので、その人からこの避難所での話を聞いてください。僕達は十一時までここを離れられないので」
バットを下ろした少年は申し訳なさそうにはにかんだ。優男とは正反対に、年相応の笑みだった。
「ああ、そうなのか。それはご苦労様。それじゃあ僕は失礼するよ。……ところで、君たちは見たところ高校生くらいに見えるが、二人とも避難してきた人じゃないのかい?」
「はい。僕も俊介も、同じ高校の同級生です」
少年の言葉に優男は頷く。
「僕たちは有志で警備班に入っているんです。こっちが岡崎俊介。僕が王馬(おうま)和彦って言います。今、警備班は人手が不足しているので、良かったら後で入ってもらえると助かります、八代さん――」
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