第23話 家畜小屋 1
「――ら、着いたっすよ」
「……」
やや吊り目の双眸が俺の瞳を覗きこむ。視線を上げると、そこは長く伸びる廊下だった。
「あなた、さっきからずっとぼうっとしてますけど大丈夫すか? 心配する気は毛頭ありませんが、そんな調子じゃこれから先の奴隷生活には耐えていけないっすよ」
「…………」
先ほどの体育館での衝撃的な一件。有斐さんが道野に殺され、その道野が姫路と名乗った少女に殺され、正に狂気が場を支配したあの後。姫路の言っていた『審判』が始まり、俺たち男は当然の如く、死刑を周りから求められた。
「男なんて大人も子供同じです! 下品で低俗なことしか脳にない奴らに生きる資格はありません!」
「超常の力を有する神奈様が授かった信託に間違いなどありません! この男たちに我らの怒りを!」
「――んー、なんか満場一致みたいだし、この人たちも死刑でいいかな、さーちゃん?」
あっけらかんと言う姫路に、俺は頭をフル回転させる。流石に両腕を拘束された状態で、女とはいえこの人数を相手取るのは無理だし、先ほどの姫路のパフォーマンスを見てしまえば無策で反旗を翻すなど論外だ。ここはどうにか命だけでも見逃してもらい、後に準備を済ませてから行動を起こすことが現実的だが……。
だが予想外にも、姫路から話を振られたさーちゃん改め千羽は、その提案に難色を示した。
「そうしたいのは山々なのですが、そろそろ始めに捕らえた『奴隷』に限界が来ています。そのせいで最近は作業効率も下がっており、ちょうど新しいのを仕入れたいと思っていたところで」
「あー、確かに。前見たらフラフラになってたもんね」
奴隷、という言葉に王馬が分かりやすく反応する。口を開きかけたタイミングで、俺は小さく咳払いした。
「不審な動きをするなっ!」
「ッ!」
「八代さん!」
後ろから容赦なくバットで殴られ、視界がチカチカ明暗する。気遣し気にこちらを見た王馬たちに、俺は力強い眼差しを送った。
――こらえてくれ。ここは耐えるしかない。
そういう意思を込めたアイコンタクトは果たして伝わったのか。各々がそれぞれ表情を変えたが、結局不平不満を声高に叫ぶ者はいなかった。
そうこうしているうちに向こうでも結論が出たようだ。姫路が気さくな態度で語り掛けてくる。
「それじゃあ審判の結果発表だよ! 武器を持ってこの周辺をうろついていた時点で本来なら死刑は免れないけど、今は奴隷がちょうど人員不足だったから、特別に今回は死刑じゃなくて奴隷行きにしまーす! これからは新調するのも段々大変になっていくと思うから、出来るだけ長生きしてね☆」
ふざけた調子でそう言った姫路の指示で、今俺たちはここまで連れてこられたのだった。
「……まあ、本当にどうでもいいっすね。それじゃあ皆さん、ここがあなた達がこれから生活する『家畜小屋』になります」
「ここは……放送室か?」
そこはやけに分厚い扉で出来た部屋だった。王馬の呟き通り、教室のプレートには放送室と書かれている。
「あなたたちには、当分ここで生活してもらうことになります。見ての通り元々は放送室
だったので中に窓は無いうえ完全防音で外界とは完全シャットアウト。中で泣こうが叫ぼ
うが、ウチらには全然聞こえないっすから、そこらへんよろしくっす。仕事の時は呼びに
来ますんで、それ以外のときは自由にしてていいっすよ」
「自由にしてていいって……」
気怠げに説明するウルフヘアの少女――よく見れば最初に銃を構えていた娘だ――の言葉に岡崎は渋面を作る。
ウルフヘアが扉に手を掛け、ゆっくり開くと、途端に中から花が曲がるような異臭が漏れてきた。隣で王馬がうっと口元を抑える。
「家畜小屋での電気の使用は一切禁止です。それに、見えない方が何かと良いでしょうし。あ、もちろん自分たちが呼ぶとき以外はここから出るのは禁止ですから」
部屋から漏れ出てきたのは様々な悪臭が混ざったような、いわば毒ガスに近い。
人間の汗や排泄物の匂い、何かが饐えたような酸っぱい匂い、そして、死臭。
顔を顰めて話すウルフヘアの後ろで水音がした。王馬が匂いに耐えきれず嘔吐してしまったらしい。それをゴミでも見るような冷めた目線でウルフヘアは一瞥し、舌打ちする。
「もう、余計な仕事増やさないでくださいよー。それの処理、自分たちの仕事なんですからね」
「ほ、本当にここで僕達は生活しなきゃいけないんですか!?」
「だからそう言ったじゃないっすか。いいから中入ってください。施錠したいんで」
一刻も早くここから離れたいと言った様子のウルフヘアは、腰の辺りを二度叩いた。そこは奇妙に膨らんでおり、彼女が何を持っているのか嫌でも想像してしまう。
渋々言う通り俺たちが中に入ると、ウルフヘアの少女はひらひらと手を振った。
「それじゃ、後で担当の子がご飯運びにやってくるんで、それまでごゆっくりー」
扉が閉まると、急速に視界から光が失われた。もう自分の手すら見えない。
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