第12話 独断ライブ

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッッッ!!

『――ッ!?』

直後、けたたましく鳴り始めた電子音に、オヤジ共は心臓をわしづかみされたように顔を強張らせた。

「な、なにしてるんだ八代くん! こんなところで大きな音を出せば感染者が近づいてぴゃっ」

 慌ててこちらに駆けよってきた佐々木班の男に持っていた鉄パイプを一閃。

 電動鋸で鋭利に切断された鉄パイプの先端は、狙い誤らず男の首を通過。動脈を切られた男は陸に上がった魚のように口をパクパクすると、すぐに倒れて動かなくなった。

『――――』

 誰もが口を閉じ、その場が凍り付いた。

やがてその金縛りを破ったのはそこにいた人間の口ではなく、遠くから近づいてくる獣のような雄たけびだった。

そう、俺が呼び寄せた感染者という名の獣たちだ――

「――全員ッ、学校まで避難してください!」

 この状況に真っ先に気づいたのは後藤だった。

 後藤は闘牛の如く俺に突進し、持っていたバットを振りかぶる。

「ッ!」

「ハッ――」

 後藤の腕を狙った横振りの一撃を、鉄パイプを立てて受け止める。体格通り膂力はそこそこあるが、この期に及んでまだ加減するとは危機感が足りないとしか言えない。

「後藤さんッ!」

「佐々木さん、後の事は任せました! 戻って早くこの事を――」

「させるかよ――」

 俺はバットを上方にいなし、後藤の空いた横腹に渾身の回し蹴りを叩き込む。――一撃でバット三本は軽々折れる回し蹴りをだ。

「ごがッッ!?」

 体をくの字に曲げて後藤が坂を転がり落ちていく。俺は片付けた獲物からすぐに目を離し、未だ二の足を踏んでいるオヤジ共に駆けていく。

「フ――」

「な、待っ――おごぉ!」

 がら空きの胸に鉄パイプを一突きし、眼前のオヤジを殺す。こいつは確か俺に鉄パイプをくれたおっさんだ。自分の与えた武器で殺されるとはツイてない奴だ。

「みんな、早く逃げろ! ――八代くん! 何故君はこんなことを……!?」

 尻を蹴とばすような怒声で佐々木が周りに避難を促しながら、俺に問う。その顔には純粋な戸惑いがあった。

「何でこんなことをって、今はそんなこと聞いても救える命なんてありゃしないのに……まあ、強いて言うなら……楽しいからだよぉ!!」

「――ぐぅ!?」

 俺の走り込んでの刺突を、唸りながらも佐々木は持っていた中華鍋で防ぐ。感染者と闘うとしてはナンセンス過ぎる武器だと思ったが、こと対人戦では彼の命を延命させる結果になった。

 ――無論、それもほんの少しの延命だが。

 俺は刺突を防がれるや鉄パイプを即座に回転、刺突を狙ったのとは逆の先端で佐々木の足を払う。あっけなくバランスを崩した佐々木の肩に、今度こそ鉄パイプを喰いこませる。

「ぐ、がぁあああああああ!!」

 佐々木の悲鳴が一流の歌手のビブラートのように心地よく鼓膜を打つ。その直後、後ろから複数の足音。振り返れば、数体の感染者が人間とは思えないスピードで迷える子羊たちに疾駆していた。

「う、わぁああああああ!」

「逃げろぁ!」

 今頃になって逃走を始めるオヤジ共だが、中年のおっさんが走って逃げられるほど感染者たちは運動不足ではない。毎日獲物を追うことで鍛えられた脚力は迅速に獲物へと食らいつくことを可能にした。

「折角だ。佐々木さんも味わってみると良いよ。――生きながらにして喰われるっていう地獄を」

「肩があああああっ! ……え?」

 馬乗りになっていた俺が急に避けたことに、佐々木は皺が寄った目をパチクリとした。

 しかし、次の瞬間視界一杯に映った感染者の顔に、再び自分の命運を自覚した。

「い、嫌だぁああああああ!! あ、が、ごぉおおおおおおおおおおおりゅうううええええいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッッ!!」

「ああああッ! あああああッ!」

「死にたくねえ! 死にたく……ぁあああああああああ!」

「早苗! 千穂! お前らは――ぎ、ぃぎいいいいいいいい!」

「……いーい響きだ」

 佐々木に始まり、やがて次々と聞こえてきた絶望や怨嗟の声に、俺は目を閉じ、ひたすら聞き入る。楽器も音響設備もないが、今だけここは俺だけの為のオンリーライブだった。

 血の鉄臭い匂い、尿の仄かなアンモニア臭が絡み合い、噛まれる前までなら嘔吐さえしたかもしれないこの匂いにも、今ならどんな料理よりも食欲をそそられる。

 ――いや、だからって食べないけどね?

「……あれ?」

 そんなことを考えているうちに、気づけば声は何も聞こえなくなっていた。

 目を開くと周りで感染者が死体を貪り食うばかり。無論、俺の方には見向きもしない。俺は時計を確認する、時間としては二分も経っていないがどうやらみんな死んでしまったようだ。どうにも生き意地が足りない。俺は落胆を込めて大きくため息を吐いた。

「まあ、今のは前菜みたいなもんだ。次は人数も人数だし、期待することにしますか」

 これから俺は一晩過ごして学校に戻り、俺以外の奴は全て死んだと報告するつもりだった。流石に多少怪しまれるかもしれないが、そもそも後藤たちを殺して俺に得があるだなんて誰も思わないし、俺以外が年嵩の高い人ばかりだったのもある。俺が嵌めて殺しただなんて誰も分からないだろう。そのあとは狸をどこかで処理し、警備班の有力者を感染者に殺させて、最終的には俺が警備班の長になる。後はもうどうとでもなる。有斐さん一人の存在を消しても俺の立場でもみ消すことだって出来るだろうし、なんなら学校の中にお愉しみをする部屋だって作れるかもしれない。俺はそう遠くない光景を想像して口の端を吊り上げた。

そこまで考えたところで、俺の耳がまた足音を拾い、坂の下を振り返る。どうにも最近聴覚が敏感になっている気がするが、これも噛まれたことの原因だろうか。

それはともかく、その足音は重く、しっかりとした足取りで坂をすぐそこまで上ってきている。こんなしっかりとした足取りは感染者の鳴らす足音では無い。そしてその音の震源は、やがて俺の目視できる位置まで迫ってきた――

「ひゃはっ」

 振り返った先には、正にイカれた男が立っていた。眩しいくらいの明るいモヒカンに、口には輪のピアス。全体的に肥満体型なうえに上半身は裸で、ズボンのベルトに肉が乗っている。

 その男と俺は目が合った。ニヤリと嗤ったその男の笑みに、俺は見覚えがあった。

 ――こいつは、俺と『同種』の、狂った人種だ。

 その瞬間、男はこちらへと走りだしていた。

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