第10話  年長の義務

 体育館を出て早々職員室へ戻った道野と別れ、玄関に着くと、入り口で数人の男が集まっていた。おそらくあれが俺の所属する後藤班だろう。

「すみません、遅れました」

「いや、私の班になったことを知らされていなかったのは聞いていた。大丈夫さ」

 俺の謝罪にジャージ姿の後藤がその強面の表情を緩めた。案外、根は優しい人なのかもしれない。

 一同を見渡すと、そこには俺を含めて六人。俺と後藤以外は全員五十代くらいの男たちだった。

ガリガリだったりデブだったり、そこにいるオヤジ共はどう見ても戦力としては心許ない。しかし、だからこそ周りの中で一人だけ体格が違う後藤には頼もしさがあった。おそらく四十代手前くらいの後藤だが、その長身とゴツゴツした体躯には熊を思わせる貫禄があった。

こいつは処分する時にめんどくさそうだな。

じっと後藤を観察していると、周りのオヤジ共が気でも利かせたのか声を掛けてきた。

「八代くんはニ十歳なんだって? いやぁ、なんて言ってもこの班は後藤さん以外は全員還暦も近いおっさんばかりだから頼もしいねえ」

「違いない。私が二十歳の時なんてもう四十年近くも前のことだよ。あの頃はここまで太ってはなかっただんだが、お陰で最近はカミさんが醤油をかけすぎだーとかうるさくてかなわんよ」

「いいじゃねえか石井さん。注意されてる間はまだ華だぜ。俺のとこの女房なんてもうウンともスンともいやしねえよ。この騒動が収まったら熟年離婚もありそうで俺は胃が痛ぇよ」

 わはは、と笑うオヤジたちに混じって俺も愛想笑いを浮かべる。

 安心しな、じじい。アンタが熟年離婚する心配なんてねえからさ――

 しかしどうやら後藤班の仲はそこそこに良好なようだ。そこで後藤が重みのある声で話を断ち切った。

「お話もそれくらいにしてそろそろ行きましょうか。今日は私たちが正門の見張り担当です。何もないとは思いますが、皆さんお怪我だけはしないように。――でないと、奥さんにどやされてしまいますよ?」




結果的に言えば、自衛隊は避難所へ現れることはなかった。

一夜明けた翌日の昼、定期連絡に集まった警備班の面々に道野は重く低い声で語りかあけた。

「みなさん、よく集まってくれました。……自衛隊は相変わらず取り合ってくれず、支給物資も最早届くのかさえ分かりません。昨日八代くんが話した通り、私たちの力で食糧を調達しに行く必要があるでしょう」

「言い出したのは俺です。勿論、僕が行きます」

 誰が言うよりも早く、俺は真っ先に手を挙げる。

「……八代は後藤班の人間です。彼が行くなら班長の私も行きましょう」

「後藤先生が行くなら私も。こう見えても昔は甲子園球児でしたから体力には自信がありますよ」

「何を水臭い。班で最年少の八代くんと後藤くんが行くんだ。半世紀以上生きてる俺たちが行かねえでどうするんだよ」

 後藤に続くように名乗り出た後藤班の人達に道野は厳しい表情で頷く。

「……皆さんのような人達が警備班で良かった。避難所にいる人数が人数です。出来ればもう一班くらい調達をお願いしたいのですが、どの班かやってはもらえませんでしょうか?」

「なら、俺たちが――」

「私のところで行きましょう」

 名乗り出ようとした岡崎を制し、挙手したのは、昨日の連絡会では見なかった男だった。そこで昨日の会議中、外の警備で唯一出席していなかった班のことを思い出す。

「おお、佐々木さん。行ってくれますかな」

「ええ。岡崎くんの所は学生が中心の班だ。まだ若い連中にあまり危険はさせたくないですからな」

 佐々木と呼ばれた男は驚く岡崎に微笑みを浮かべた。

「すまんな岡崎くん。おじさんたちにカッコイイ姿をさせてはくれんかな?」

「……すみません、ありがとうございます」

 頭を下げた岡崎に佐々木は軽く手を挙げた。

「よし、では外に出るのは後藤班と佐々木藩で決まりだね。出発は午後三時、正門前に集合にしましょう。それまでは準備は済ませておくように。それでは、解散」

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