第33話 再来
今回の探索の目的は、大きく分けると二つだ。一つは今まで距離があることから先送りにしてきたコンビニのうち、その二店舗の調査。もう一つは雨が降ったことによる感染者への影響についての確認だ。
「前方に感染者。数は三。まだこちらには気づいていません」
斥候の役目を担うのは奴隷こと男たちだ。前方の偵察を俺と岡崎、後方の殿を西川と指原で行う。和彦は既に信頼されているということか、アドバイサーとして姫路のすぐそばを歩いている。前方と後方の俺たちには、それぞれ千羽と玲子が護衛兼監視として付いている。千羽は先ほど話していた日本刀、玲子は木製の薙刀を握っており、どちらも男の後ろから油断なく付いてくる。
そんな前と後ろ、両方からプレッシャーを受けながら、俺は曲がり角から様子をうかがう。
そこには、道の傍に横たわっていた屍を貪る、三体の感染者がいた。
俺は事前に取り決められていたハンドサインを送り、状況を姫路たちへと伝える。
「三体か……。今回は別の迂回路は無いし、やっちゃっていいよね、カズくん?」
「……そうだな。けど、あまり音は立てないでくれよ」
「了解――!」
飛び出すようにして走り出した姫路は、俺たちを抜き去り曲がり角を曲がると、あっという間に感染者に肉薄する。
感染者たちがこちらに振り向いた時には、姫路の振り抜いたショベルが、一体の感染者の身体を破壊していた。
「ゔあああああ……」
だがそのあとの感染者の反応は早かった。仲間がやられたのを意に介さず、姫路の姿を確認するや、わき目もふらずに突進してくる。感染者はそれぞれ四十代くらいの男女だったが、そうとは思えない速さだ。
「はあっ!」
だが、姫路の反応速度は更に上を行く。
最初に走り込んできた感染者を返す刀で吹き飛ばすと、次に掴みかかろうとした感染者の腕を掴み、片手で放り投げた。
感染者は脇の塀に身体を打ち付け、一瞬動きを止める。
その感染者の頭に、姫路は容赦なくショベルを振り下ろした。ショベルは頭蓋骨を容易く突き破り、眉間の辺りまで喰いこんだところで止まった。動かなくなったのは確認するまでもない。
「本当にデタラメなパワーだな……」
「神奈にとって、感染者三体程度の相手なんて問題ではありませんから」
インフルエンス・パニックで出現した感染者は、ゾンビ映画よろしく身体能力が非常に高い。
一瞬でトップスピードまで上がり、陸上選手も顔負けの走りを見せる脚力、人間の身体なら容易に素手で引き千切ることさえできる膂力、更にはちょっとやそっとのダメージでは意に返さないタフネスさも兼ねそろえていて、本来なら一対一でも人類が奴らに敵うことはないだろう。
だが、どんなことにも例外というのは存在する。
俺の知る中で、姫路はその『二番目』の例外に当たるということだ。
ただ、それも基本集団でいる感染者相手にどこまで対抗できるかは分からないがな――。
そんなことを岡崎も考えたのだろう。一度全員が集まり、休憩を兼ねた話し合いの際、岡崎が姫路も慢心はしない方が良い、というような言葉を口にした。
「ふん、いくら強くなろうがこっちには神に選ばれた神奈様がいるんだ。怖いものなんてあるもんか。神奈様がいればどんな敵でも楽勝さ」
それを玲子は冷笑と共に一蹴する。この女は男を卑下する態度を隠そうともしない。
しかし、それを真っ向から否定する人物がいた。
「その考えは良くないわ。慢心はいつか手痛い失敗となって自分へと返ってくる。敵は常に自分の想像しているものより一段階上だと考えなさい」
突然口を挟んだ灯に、玲子は露骨に嫌悪の表情を浮かべる。
「……ッ! 男に肩入れしてる女が何を偉そうに……!」
「――いいや、あーちゃんの言う通りだよ」
「神奈様!?」
仲裁したのは姫路だった。
「私だって死ぬつもりはないけど、一人でできることにも限界があるからね。もしも百体の感染者に襲われたら、私だってどうしようもないよ」
「しかし、神奈様の力がれば……!」
「勿論、私もさらさら負ける気なんてないけど、状況だってどんどん変化している。私たちも変わっていかなきゃいけない。色々と、ね?」
姫路はちらりと和彦を一瞥する。その意味を理解した玲子は苦虫を噛み潰すような顔を作った。
「静香ちゃんも分かってくれるよね?」
「……はい」
男を敵視している静香も同様に頷く。それを見て姫路は鷹揚に笑った。
「うん、二人はやっぱり良い子たちだね。今すぐじゃなくていいから、いつか受け入れてくれるって信じてるよ。――それじゃあ、先に進もっか!」
それからほどなくして一軒目のコンビニに到着する。周りに感染者の姿はなく、外からは店内に感染者もうかがえない。それでも外から見えない位置に感染者が隠れ潜んでいることはある。
和彦は学校から持ってきていた小石を取り出すと、店に向かって投げた。男だけでなく、周りの女性陣たちもコンビニだけでなく、どこから感染者が出てきても対応できるように円形になる。
一分が経ち、二分が経ち、三分経ったところでやっと円陣を解いて店内に侵入する。
「ねえ、カズくん。やっぱり三分は長すぎるんじゃない? それだけ待ってたら、別の感染者に見つかっちゃうかもしれないし」
「それはあるけど、今の戦力なら感染者の一体や二体くらいなら脅威にはならないさ。十分に準備をしていたら、ね。それより怖いのは超至近距離での感染者との遭遇だ。こればっかりは連携なんてしようがないし、偶然で傷を負ってしまう可能性もある。偶然で命を落としたくはないだろ」
――和彦って、ただの脳内お花畑じゃなかったんだな。
俺が変な感心をしたところで男たちが店内に入り、完全に感染者がいないことを確認すると、そこから各々食料などを調達する。
今回はあくまで調査なので、必要以上に物資は回収せず、次回に運搬専門の班を編成して取りにいく。二度手間になるが、最大限安全を確保するためだ。仕方がない。
「今まではこうじゃなかったんだろ? どうやって食料を運んでたんだ?」
「えとね、皆が鞄の中に出来るだけ食べ物入れて、後は私とさーちゃんたちで立ち塞ぐ敵をばったばったと――」
「もういい……」
今まではだいぶ強引なやり方だったようだ。和彦はため息を吐くと作業に戻っていく。
調べた結果、最終的にはこのコンビニに、かなりの数の食料が余っていることが分かった。
特に、裏の倉庫で見つけた山積み段ボールの中の水は、女たちが喜んだ。なんでも、女性にとって水は飲料以外にもあらゆることに使えるらしいが、俺にとっても水は貴重だ。飲む以外にも水責め拷問とかに使えるしな。
そうして心を弾ませながら続いて行った二軒目でも、一軒目ほどではないが、なかなかの量の物資を見つける。特に、一軒目には無かった爆竹があったのは大きな収穫だったようだ。確かに、感染者を尤度するために大きな音を出せる物はかなり貴重になっている。
コンビニを出る彼女たちの表情は一様に明るい。姫路なんて小さく鼻歌なんて歌っている。
「いやあ、今日は大収穫だったねえ。帰ったら皆喜ぶぞぉ」
「帰ったらすぐに物資を運搬する班を編成しましょう。二軒の物資をほとんど回収できれば、私たちのところでも二週間は保つでしょう」
「それでもいつかはここらへんの店は全部無くなっちゃうわよね。そのときはどうするんですか?」
「それは神奈と話し合っていますが、おそらくは拠点を移動するか、私たちだけでより遠くの店に遠征することになるでしょう。どちらにせよ、骨が折れるのは確かです」
「そっかー。まあしょうがないよねぇ」
「――待って。何か聞こえない?」
灯の一言で、周りの弛緩していた雰囲気が一気に引き締まる。
――灯め。余計なことを。
俺の耳には随分前から聞こえ始めていた音は、徐々に周りの奴らにも聞こえ始める。
耳を澄ませてみると、近くで何か重低音が聞こえる。
ウィイイイインというどこか聞いたことのある機械音。そこまで分かったところで俺は思わず唇を歪めてしまった。こんな音を出せば、これを聞いた感染者がここ一帯に押し寄せてくるには自明だ。
今の状況で、こんな馬鹿なことをする奴を、俺は一人しか知らない。
――どうやらちゃんと見つけたようだな。
「だんだん近づいてくる……。逃げるぞ! 走れ!」
やがて大きくなっていく機械音に、和彦は急いで指示を出し、周りは慌てて走りだした。
機械音はどこまでも俺たちを追ってくる。近づきはしないが遠ざかりもしない。俺たちを追っている証拠だろう。やがて、道を曲がった時、前方に二体の感染者が現れた。
「音に反応した個体が……!」
「私が一瞬で片付ける!」
勢いよく姫路が集団から飛び出すと、言った通り二体の感染者を瞬く間に瞬殺する。
しかしそこで、俺は横の塀から伸びる一本の蒼白い手に気が付いた。
「ゔああああああ!」
「ッ!」
「姫路!」
次の瞬間、塀を一瞬で飛び越えて感染者が現れ姫路へと襲い掛かった。
事前にそれを予期していたのか、岡崎はポケットから大きめの石取り出すと、感染者の頭めがけて思い切り投げた。
「ゔああっ」
狙いは誤らずに命中。そこで硬直から解けた姫路がバランスを崩した感染者にトドメを刺した。
「ナイス!」
「礼はいい! それより早く逃げ――後ろだ!」
言葉は途中で警告に変わる。後ろを振り返った姫路の前に、巨体が迫った。
「――ひゃはっ!」
「ッ!」
姫路は振り下ろされたチェーンソーをギリギリでかわし、バックステップで距離を稼ぐ。
「あはっ?」
その男――モヒカンが次に目標にしたのは姫路の次に近くにいた俺だった。
モヒカンの、その巨体からは想像できないような流麗な足運びで、気づいた時には既に奴は俺の目の前にいた。
大きく引き絞られたチェーンソーが目前に迫る――。
「ひゃはぁっ!」
「がぁあああああああッッッ!!」
「智也っ!」
誰か女の声が、俺の名を呼んだ気がした。
凄まじい膂力でふり抜かれたチェーンソーによる一撃は、容易に俺を吹き飛ばし、鮮血をまき散らしながら塀を越えて奥の家屋へと突っ込んだ――。
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