第29話 奴隷生活を振り返って
それからの数日は俺にとって新鮮で、“タメになる”出来事が多々あった。
三日目には、バリケード補強の仕事に代わり、少女たちの戦闘訓練と称した集団リンチにあった。そこでは、奴隷六人を女四十七人が一斉に取り囲み、文字通り袋叩きにするという痛快なイベントだった。
流石に向こうもこれ以上奴隷を無暗に失いたくないらしく、殺傷力の低い武器ばかり用意されたが、それでも殴られるわ蹴られるわ叩かれるわで、やられる側にとってはあまり痛快とは言えなかった。まあ亭主にあたる先輩奴隷たちを泣きながら殴る女たちを見られたのは不幸中の幸いだったけどな。
それが原因かもわからんが、四日目の朝には先輩奴隷が一人死んだ。あの、片腕を途中でちょんぎられてたやつだ。名前はもう忘れた。昼頃に奥さんが来て死体をどっか持って行った。きっと昨日のあれで心が壊れちまったんだろ。冷たくなった夫を運ぶっていうのに涙流すどころか表情一つ変えてなかったからな。あれもきっと永くは保たねえよ。
そして一番驚いたのがその日の晩だ。最近食糧難で困ってるっていうのに、その日の晩飯が“焼肉”だったんだよ。辛気臭い部屋の中に肉のむわっとした胃袋を刺激する匂いが充満してなぁ。ここにいた一人が今朝死んじまったっていうのに、全員が肉にかぶりついてなぁ。
――まあ勿論、人の肉だったよな、それ。加熱したとはいえ、ちょっと臭みがあったもんなぁ、あれ。ま、でも食えないことはなかったぜ。
全員がきっちり食べ終わったタイミングでそれを笑顔で告げた早川の顔は輝いてたな。それを訊いて岡崎たちは仲良くげろってたけど。いやぁ、可笑しすぎて俺も口元抑えるの必死だったわ。皆とは違う意味でだけど。
まぁそんな苦しくも楽しい毎日だったわけだが、ただ……ここ最近になって王馬の態度が周りと変わり始めた。なんていうか……馬鹿が過ぎたことを考えているような顔だ。最近のあいつは。まあ王馬に何ができるとも思えないが。それだけが少し気になっている。
とはいっても、それも些細なことで、他の事については順風満帆だ。奴隷の中ではもう限界が来てる。具体的なプランと焚きつける一言さえ用意すりゃあ簡単に謀反は起こせる。
灯はあれからも事あるごとに俺の身を案じ、俺が矢面に立たされそうな時には決まって助けに入ってくる。いくら学校で助けてやったからとはいえ、ここまで親身に接してくるのには、何か裏があるのではないか、と警戒していたが、どうやらそれも杞憂で終わりそうだ。無論、完全に信用できるか分かるまでは用心に越したことはないのだが。
ともあれ、もうそろそろいいだろう。人肉を食べる貴重な体験もできたし、ここの乾パンにも飽きた。それが天啓のように、都合の良い仕事も来たからな――。
「――屋外探索を?」
「……うん。明日、俺たちも交えて外に食糧探しにいくんだって」
ここに押し込まれてから六日目の夜。突然、呼び出されてから帰ってきた王馬は、眉に影を残した顔で頷いた。
「――ふざけるなっ! ただでさえいつ死ぬか分からねえバリケード作業の次は、外行って死んでこいって言うのかよ! 俺たちの命なんてほんとにどうでもいいってのか!」
「最近は俺たちの安全も少しは考慮されてるように思えたのも全部はこの為だったのか!」
話を聞いて憤る男たちだったが、このとき俺の脳裏では閃くものがあった。ここをぶっ壊すのにはこれを使う手はない。どうやって一度ここから外に出るかが俺の作戦のネックだったが、これでその問題も片付く。
「――皆さん、そろそろ限界じゃあありませんか?」
声の調子を低くして言ったつもりだったが、その声は溶け込むように部屋によくなじんだ。
誰かが息を呑む音。全員が驚いてたが、反対の声は上がらない。
代表するように、岡崎が恐る恐ると言った感じで口を開いた。
「それは……つまりここから脱出するってことですか?」
「まあ最悪それでも良いけどね……」
俺の勿体ぶる言い方に、元からいた奴隷である指原が粗野な声を上げた。
「どういう意味だ。男ならはっきり物を言いやがれ!」
この指原という男には連れ添いもおらず、また見た目と同じように中身も粗野で喧嘩っ早い。俺にも何度も突っかかってくることから、いつか絶対に殺してやろうとは思っているが、この段階ではこいつは無くてはならない“火種”だ。
「つまりですよ……今俺たちにこんなことをしている彼女たち『復讐』したいとは思いませんか?」
『――ッ!』
ここにいる誰もが一度は考え、そして諦めていたこと。それを口にした俺に、まず彼らが気になったのは『現実性』だった。
「……八代くん、まずそれは、現実味のある話なのかね?」
「勿論百パーセント成功するとまでは言いませんが、挑戦する価値はあると思います。別に、途中で復讐を諦めて、脱出するだけ専念、というのも可能です」
おお、と小さなどよめきが起こる。声の主は指原ともう一人のおじさん奴隷、西川だ。
王馬は相変わらず難しい表情、岡崎も渋い顔だ。どっちが大人か分からないね、これじゃあ。
「よぉし、俺ぁ乗ったぜその話! 詳しい話を聞かせろや!」
「そうしたいのは山々なんですが、この作戦、僕達全員が協力しないと成功確率はぐっと下がります。僕は是が非でも行動を起こすつもりですが、他の方からも同意を得られないと情報が洩れかねないので……」
「私は賛成だよ。矢沢さんだってあんな風に殺されたんだ。私たちだって次いつ殺されるか分かったもんじゃない!」
いつも草臥れたような風貌の西川が珍しく肩を怒らせ唾を飛ばす。矢沢と言ったら……ああ、最近死んだ片腕の奴のことか。確かそんな名前だったな。
「僕は……作戦内容を聞かないうちには判断しかねます。僕達を外に出す以上、彼女たちだって僕達の動きには警戒するはずです。勝算を考慮しないと、作戦に参加するかの回答は出来ません」
「……分かった。それじゃあ岡崎くんは話を聞いたうえでどうするか決めてもらいたい。それで王馬くんは?」
首を巡らした先で、王馬が険しい顔をしているのが薄暗い中でも分かった。
首元をぬるっと、生温い風が通った気がした。
何か嫌な予感がした時、王馬は自らを鼓舞するように息を吐くと、はっきりとした口調で言った。
「――僕は、その話には反対です」
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