第31話 内部分裂
「……つまり、王馬くんは僕達にその条件を呑めっていいたいの?」
王馬の口から出た話には純粋な驚きがあり、同時に何故それを帰ってきてすぐに言わなかったのかと怒りが湧いてきた。
屋外探索の話は良い。千羽が懸念している通り、俺も動きやすくなるし、外にいる感染者を利用する案も使える。
ただ、その後の協力の話はいただけない。
これまでの俺の人柄や立ち位置のままだったなら、協力の話に俺は率先して賛成しただろう。周りを説得して回り、そして最後に裏切ればいいだけのことだ。大して手間でもない。
しかしだ。俺は既に復讐計画を持ち上げてしまった。王馬が難しそうな表情をしていた理由が今やっとわかった。親友の次に真っ先に協力してくれると踏んでいた俺が直々に計画を持ち上げたのだ。今でも王馬は困惑しているだろうし、ここで俺がはいそうですかとすぐに協力を受諾することもできないし、既に焚きつけてしまった指原と西川を説得するのは難しいだろう。俺は自分の間の悪さに嫌気がさした。
「呑め、だなんてそんな命令なんてできませんが、お願いしたいんです。ここでの生活がどれだけ苦しいものだったかは実際に体験している俺にだってわかります。けど、彼女たちも必死だったんです。生きることに。復讐からは何も生まれない以上、ここで憎悪の連鎖は止めるべきなんです!」
一気にまくし立てた王馬の演説に、一同が波打ったように静まり返った。
それぞれが胸中で思うことがあるのだろうが、このときの俺の心に浮かんでいた気持ちは――侮蔑と嫌悪だった。
こんな台詞をテレビの前以外で聴くことになるとはな……まあそれだけ若いってことなのかもな。
誰かが下手なことを喋る前に、まず口を切ったのは俺だった。
「……王馬くん。いや、和彦。君の言うことは立派だ。今時の高校生とは思えないほど真っ直ぐで――だからこそ、僕は協力できない」
「ッ……なんでですか! 八代さんだけは真っ先に協力してくれるって思ってたのに!」
「買い被りだよ。僕はね……それほど出来た人間じゃない。さっき復讐は何も生まないって言ったね。けど、正確には違う。彼女たちに復讐できれば、この胸に渦巻く、身を焦がさんばかりの憎悪の炎を消すことが出来るんだ」
うわぁ、言っててすげえ恥ずかしい。和彦のレベルに合わせて喋ってるが、やっぱりこんなことは酒が入ってても言えねえよ。
「ッ……八代さんの彼女たちへの憎しみは、そこまで強いんですか?」
「ああ、強い。和彦は優しいからね。それはこれまで短い時間だけど接してきて、良く分かった。だから和彦じゃなく、世間一般の人間の視点から想像してみてくれ。――ある日、大きな災害で大勢の人が死んで、家や大事な人間も大勢喪ってしまった。そこで僅かに残った食糧が、いきなり横から盗まれた。盗んだ者も同じ災害の被害者で、自分が生きる為に仕方がなかったという。それを君は無償で赦せというのかい?」
「それはっ! でもっ!」
「江戸時代には『敵討ち』っていう復讐が合法化までされていた。つまり人間の憎悪っていうのは一種どうしようもないものなのさ。……むしろ僕の方こそ不思議だよ。岸本さんや……矢沢さんがあんな形で殺されたのに、何故和彦は簡単に赦せるのかがね」
あぶねー。矢沢の名前が一瞬出てこなかったぜ。
すると親友の劣勢を見かねたのか、岡崎が和彦の加勢に入った。
「八代さん、気持ちは分かりますが和彦に当たるのはやめてください。和彦だって相応に苦しんで出した答えのはずです。――俺は和彦の案の方に乗ります。それが、俺たちが今最も生存率の高い方法だと思います」
予想通りの答えに、俺は舌打ちをすんででこらえた。
ただでさえ賛同するかは五分だった岡崎が、和彦の話を聞いてそっちにつかないわけがない。それに、得てして和彦たちが持っている俺たちにとって致命的なカードを、岡崎なら躊躇いなく切ってくる。
その想像を裏付けるように、岡崎は躊躇いがちに口を開いた。
「……八代さんならもう分かっていると思います。あなたの作戦は分かりませんが、この中で一人でも欠けた時点で崩壊するはずです。……俺たちと一緒に協力してください。でなければ……あなたたちが謀反を起こそうとしているとして、姫路たちに報告します」
『なっ……!?』
俺が予想していた言葉に真っ先に反応したのは意外にも和彦だった。
「俊介!? 何言ってんだよお前! そんなことしたら八代さんたちが――」
「和彦もいい加減に甘えは捨てろ! 俺たちの答えはそういう道を選んだっていうことだ!」
「くっ……それは」
言い淀む和彦とは対照的に今にも掴みかかりそうな勢いなのは指原と西川だ。
「ふざけんなよお前ら! そんなことしたらただで済むと思ってんだろうなぁ!」
「それだけは勘弁してくれ二人とも! 指原さんも落ち着いて話し合いをしよう」
「こいつらは俺たちを殺そうとしてるも同然なんだぞ!? これが落ち着いていられるかよ!」
この大人たちは本当に情けない。道野を除いたら、インフルエンス・パニックが起きてから出会った大人の中で最も大人げない二人だよ――。
騒がしい二人とは反対に、俺の心はもう決まっていた。今までの問答は全てここまで話を持ってこさせるためだ。自分の引いた絵図の通り事が運んだことに安堵する。
「……分かった。それを言われたら僕達に勝ち目は無い。今回の話は無かったことにしてくれ」
「八代さん……!」
「おいおいマジかよ!?」
和彦は目に見えて喜色を浮かべ、指原は信じられないとでも言うように俺の顔を見る。
その指原に俺はチラリと視線を送った。
今は喋るな。
アイコンタクトが通じたのかは定かではないか、指原はフンと鼻息を荒く吐くと、やってられんとばかりに部屋の角に寝転がった。
「正直今でも彼女たちのことは憎い。けど、自分の命には代えられないしね。ただし、ここまで譲歩して死ぬなんてまっぴら御免だ。明日の探索は絶対生きて帰ってこよう」
「はい!」
――さて、そろそろ次のフェイズかな。
笑顔を苦笑で塗りつぶし、俺は頭の中で具体的なスケジュールを立て始めた――。
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