▬▬▬による記述

空值(Null)

〈〈


 それはまず鳥のさえずりと葉擦れの音だった。目覚めた狭い膠囊艙床カプセルベッドのなか警示音アラームはすでに最高潮、人間工学に基づき壓力ストレスなく人を起床させるという森のさざめきも爆音となれば話はまったく別で、ぼくは必死に枕元の按鈕ボタンを探してそれを押す。警示音アラームが止まり、照明がゆっくりと点灯、次いで強い柑橘系の香りがあたりに立ち籠めて、つまり二度寝は封じられていた。


 五人のぼくがこの部屋にいる。数にはぼく自身も含まれているから、つまりぼくを除いてほかに四人、余計なぼくがいるということになる。


 ぼくは十八から人形ヒトガタ工場で働いていて契約期間は四十年、五人で分担しているから実際のところは八年で、それもきょうで中間地点を折り返した。昨日の仕事後、面具マスク姿の班長がやってきて、「きみは実によくやっている、ここまでたない者は多いのだ、引き続きこの調子で続けなさい」と噪音ノイズだらけの人工音声で褒めてくれたけれど、それを聞いたぼくの心には特になんの感慨も湧いてこない、だってそうだろう、翌日もその翌日もそのまた翌日も続くのっぺりと継ぎ目のないまるで開け放しの蛇口のような相似形の日々、そのいちいちの節目に心を動かす必要性がどこにある? 大事なこと、それは一四六○日後に訪れる契約終了の瞬間、つまりそこに至るまでの一日一日はただの無用な石くれで、崩れないよう気を払って積み上げること以外になんの意味もない。石積みの塔の先が天に触れる瞬間、それこそがこの日々の本質であり希望、ぼくはそれをいつでも忘れずにいる、日常がどれだけぼくを埋め立てようと。











 今朝も労働が始まる。














 すべてまったくいつも通りに。













 

>> 記述終了

精神分數メンタルスコア八二〇 状態ステータス再始動リスタート

 

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紀元三〇〇年七月七日 維嶋津 @Shin_Ishima

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