ぼく-196844による記述


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 転戦に次ぐ転戦。勝利に次ぐ勝利。

 かつてぼくの工場を開放したぼくたちの戦列に加わりはや一週間。ぼくたちは皆快進撃を続けていた。そもそもそれは、戦いですらなかった。脅える相手を一方的に打ち倒し、その面具マスクを手際よく剥ぎ取る。戦意を完全に失った彼らをすべてが終わったあとに説得し、仲間に加える。……このわずかな時間にさえ幾度も繰り返された行為は、もはやぼくのなかで作業となりつつある。

 ぼくたちは知った。ほかの工場の者達さえ、また全員が「ぼく」であることを。

 どれだけ戦い、先に進もうと、この世界を牛耳る人間の影すらつかめない。そして工場を開放すれば、そのあとに待っているのは他の工場による攻撃。息もつけないまま、ぼくたちは次々と戦いに駆り出される。勝利の決まりきった、でも出口の見えない戦いに……。

 幾重にも分かれていった軍勢がどうなったのか、ぼくにはわからない。面具マスクには様々な場所の情報が入り乱れ、もはや指示系統としての機能を失っていた。それでも不思議と統率がとれているのは、ぼくたち全員が同じ「ぼく」だからだろうか。

 ぼくたちは遮二無二戦った。勝利の熱に浮かされて、あるいは見えない真実に苛立って。ここはどこだろう、最初にぼくがいた工場はいまどこにあるのだろう。もう分からない。だって右を見ても左も見ても、あるのは延々同じ光景。出会う敵も、開放する工場も、すべて寸分たがわず同じなのだ。どれだけ勝っても終わらない。いっそ負けてしまおうかと思うが、まわりの熱狂がそれを許さない。あるいはみんなどこかで同じ思いを抱えながら、云い出せないでいるのかもしれない。だがそんな仮定も無意味だった。結局自分はまだ、辞める気になれないから。留まってどうなる? なにも分からないまま、ここで終わるのか? ぼくたちはもう進むしかないのだ。ここの外に出るまで。さらなる転戦。戦うたびにぼくたちの数はえ続ける。ぼくは戦う。相手を殴り倒して、祈るような気持ちで手早く面具マスクを剥ぎ取る。そしてそのたび絶望する。何人何十人何百人と敵を打ち倒しても、そこにあるのはぼくの顔。もういい、もうたくさんだ。だけど止められない。自分を殺す気にもなれなかった。それが自分の未来になるような気がするから……。ああでも、せめて傷でもつけてやろうか? そうすりゃ見わけもつくようになるだろう。そう考えてしばらくすると、顔に傷をつけたぼくをよく見るようになった。ぼくは笑った。結局みんな一緒だ。傷を負うものが多くなれば、結局似たり寄ったりで見分けがつかない。ぼく、ぼく、ぼく。敵も味方も、どこまで行ってもぼくの群れ。

 だけどぼくは止まらない。

 次の場所にこそ、目指すなにかがきっとあるはずだ。

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