ぼく-999による記述


<< 


 その暴動は大規模だった。

 区長であるぼくが管理している作業区は五つ。そのそれぞれに班長を含めた二十人の労働者がいるから、合計で百人を一手に管理していることになる。

 暴動が起きたのはそのうちの実に三つだった。しかもうちひとつは、班長と労働者が結託しての大暴動。

 彼らはまず他の労働者に襲いかかり、取り押さえ、そして面具(マスク)を次々と外し始めた。

 そのときのぼくの驚愕が想像できるだろうか?

 面具マスクを外した労働者と班長……

 ……面具マスク越しに通信があったのはその時だった。

『区長β―甲。状況を報告せよ』

 加工された噪音ノイズだらけの音声。だがぼくに通信をしてくる人物はひとりしかいない。

 副支配人。

 全部で四十五人いる区長の上に立つ、五人の管理職。この工場で二番目に高い地位を持つ支配者たち。

「副支配人さんすみません。ぼくにも何が何だか……突然労働者たちが蜂起し始めたのです。しかもその、彼の顔が、なんというか、その……」

『余計なことは云わなくていい』

 副支配人はぴしゃりと遮った。

『暴動が起きている作業区分の名称、その被害状況、暴動を起こしている人数を簡潔に報告せよ。……精神分數メンタルスコアが乱れているな。まずは平静を取り戻せ』

 そう云われて、ぼくは大慌てで瞑想方法メソッドを行う。大きく息を吸ってゆっくりと吐く。副支配人はぼくを指先ひとつで処分できる。判断能力が下がったと見做されれば、容赦なくぼくは殺されてしまうだろう。

 心を十分に整えてから、報告を済ませる。

『……分かった。では隣接区域エリアの区長であるα―丙およびβ―乙に協力を仰ぐ。その間、別の作業区の班長に指示して鎮圧にあたれ。処理の必要はない。警棒による威嚇と崩我族による人牆バリケードで足止めをするんだ』

「承知しました」

 通信が終わったとき、ぼくの迷いは消えていた。

 自分が大勢いたから、それがなんだというのだ?

 ぼくの使命はひとつ。労働者の様子を監督し、契約違反者イレギュラーの鎮圧にあたること。それ以外のことはどうでもいい。

 ぼくは素早く班長達へと指示を飛ばす――


 ※


――畜生!

 叫びは辛うじて口から飛び出すことなく、喉の奥で絡み合った。

 日誌に気付いたのは、すべてが終わったあとだ。

 午前中いっぱいを暴動の対応に使い、その後いつも通りに食事と瞑想訓練を終え……平穏無事に落ち着いた午後に日誌を書こうと思ったことで記憶の欠落に気付き、そしていまかつての「ぼく」たちの記録にぶちあたったのだった。

 副支配のねぎらいに喜んでいた先ほどまでの自分を殺してしまいたかった。

 ぼくは、ぼく自身が解放される機会を、みずからの手でわざわざ潰したのだ。

 寝床に紙片がありさえすれば。

 あの暴動を鎮圧する前に、自身で真実に辿り着いてさえいれば……!

 だがもう、すべてが遅すぎた。

 結局またぼくにできるのは、次のぼくに情報を託すことだけ。

 しかし、ぼくたちはまた、大きな勘違いをしていたようだ。

 ぼくは「ぼく」を含めて同室に五人。その中で、区長や労働者や班長といった役割が入れ替わっている……。そんな仮説を、前回のぼくは立てていた。

 だが違った。

 

 今回の暴動で『処理』された労働者は二三人。その全員が「ぼく」だった。

 少なくとも作業区分まるまるひとつ、あるいはもっと多い数の労働者が、実のところ「ぼく」なのだ。班長・労働者・区長の役割もその規模で入れ替わっているとみるべきだろう。

 ……変な話だが、それは少しだけ、ぼくの孤独を和らげてくれた。

 思っていたよりもずっと、仲間は多いらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る