ぼく-4による記述


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 飛び起きた、と同時に頭に衝撃。

 天井に頭をぶつけたのだ。

 酷い悪夢だった。

 それはぼく自身が、無数の「ぼく」たちに解体されるという夢……冗談じゃない。壓力ストレスが知らないうちに溜まっていたのだろうか? 精神分數メンタルスコアに影響がなければいいんだが。

 警示音アラームの音はまだ穏やかだった。それは草原を渡る風の音。普段目覚めるときはいつも暴力的なまでの爆音と化しているのだが、なるほどこの音量で聞く限りにおいては、うたい文句通り人間工学に基づいた壓力ストレスのない起床をもたらしてくれるのかもしれない。

 寝転がったまま警示音アラームを止め、掃描スキャンを開始する。

 ざわざわと静電気がからだを撫でる感覚。それがいつもより少し長いような気がしたのは、今朝の夢のせいだろうか? しかし幸いなことに結果は異状なし。天井に表示された「OK」の文字を見てぼくは胸を撫で下ろす。あんな夢ひとつが自分の未来を脅かすことになってはたまらない。

 數據データ送信が終わり、ロックが解除される。乾いた音がして蓋が浮くと隙間から外のひやりとした空気が流れ込み、わずかに残った眠気を完全に吹き飛ばす。

 蓋が滑って消えるとその先にあるのは白一色の潔癖な天井。身を起こせば部屋には均一な光が満ちていて、風がからだを撫で、音楽が耳に忍び入る。どこか懐かしい曲調。

 快適で完璧な朝。

 すべてまったくいつも通りに。

 多少の倦怠感すら……。

 ……のはずなのだが。

 なにかが違う気がする。歯車がひとつ足りないような、奇妙な違和感。

 だがその正体はすぐにわかった。ぼくの左右にいる四人の「ぼく」たち――ぼくの右にひとり、左に三人――彼らはいつもぼくと同時に起き上がるのだが、その姿がひとつ欠けている。ぼくの左隣。膠囊艙床カプセルベッドは開いておらず、蓋には貼り紙があった。


維修メンテナンス中』


 思い出した。そういえば、昨日の仕事終わりに班長が云ったんだっけ。「きみは実によくやっている、ここまでたない者は多いのだ、引き続きこの調子で――ああ、それと明日、きみの複體を一つ、維修メンテナンスのため休眠させる。そのつもりでいるように」

 つまり、あんな夢を見たのも昨日の一言のせいだろう。ぼくはそう合点した。大して心配するようなことではなかったのだ。


  ぼくは十八から人形ヒトガタ工場で働いていて契約期間は四十年、五人で分担しているから実際のところは八年で、それもきょうで中間地点を折り返した。昨日の仕事後、面具マスク姿の班長がやってきて、「きみは実によくやっている、ここまでたない者は多いのだ、引き続きこの調子で続けなさい」と噪音ノイズだらけの人工音声で褒めてくれたけれど、それを聞いたぼくの心には特になんの感慨も湧いてこない、だってそうだろう、翌日もその翌日もそのまた翌日も続くのっぺりと継ぎ目のない開け放した蛇口みたいに相似形な日々、そのいちいちの節目に心を動かす必要性がどこにある? 大事なこと、それは一四六○日後に訪れる契約終了の瞬間、つまりそこに至るまでの一日一日はただの無用な石くれで、崩れないよう気を払って積み上げること以外になんの意味もない。石積みの塔の先が天に触れる瞬間こそがこの日々の本質であり希望、ぼくはそれをいつでも忘れずにいる、日常がどれだけぼくを埋め立てようと。


『おはようございます。社員のみなさま、昨日はよく眠れましたか。本日は紀元三○○年七月七日、星期四もくようびです。休日まであと二日、きょうも一日元気にがんばりましょう』


今朝もまた労働が始まる。

すべてまったくいつも通りに。


>> 記述終了

精神分數メンタルスコア八○○ 状態ステータス・良好

記述群ユニット三六八四・第二六七號室の模擬エミュレートを中断。

統體の精神状態を安定させてください。

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