毎日毎日同じような仕事でうんざりという人が共感間違いなしなのがこの作品。
主人公は、自分のクローン四人と人形工場で働く「ぼく」。ベルトコンベアに載って流れてくる不気味な肉塊を処理しながら、ぼんやりと過去に思いを馳せ、あるいは契約終了後の輝かしい未来を夢想して、淡々と労働の日々を送り続ける。契約期間は本来四十年だが四人のクローンと一緒に働いているので期間は1/5の八年。その内の半分も過ぎて、自由になれる日も決して遠くはない。
……だが、あるとき「ぼく」は日常の中にある綻びを見つけてしまい、そして自分が遺したと思しき奇妙なメモを発見する。
「われわれの記憶は偽物だ。」
設定はSFだが、不気味な環境で繰り返される日常から逃げ出そうとして、さらなる迷宮に入り込むというサスペンスホラー的な展開が読者を惹きつける。
常に何者かに監視されながらの労働描写や、ところどころに中国語を採用する言葉のセンスなど、物語の細部に至る雰囲気作りも非常に巧みで、最初は小さかった違和感の正体が読み進むにつれてどんどん明らかになっていき、漠然とした不安が具体的な恐怖へと変わっていく過程、そして終盤で明かされるめくるめく数々の真相は一見の価値ありだ。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)
単調な工場労働、契約期間は40年。
とはいえ、自分の複體《クローン》4人との分担になるから、
5で割って8年間の拘束というわけだ。
紀元300年7月7日星期四の「きょう」でちょうど折り返し地点。
ところで、昨日は何年何月何日の星期几だった?
そっくり同じように見えて、わずかに違う複體たち。
まったく違うように見えて、同じ仕組みの役割分担。
輸送帯《コンベア》に載せて運ばれるように読み進めれば、
次第に明かされていく工場の、記憶の、世界の、記述のカラクリ。
『われわれの記憶は偽物だ。日誌を見ろ』
殖えていく。
繰り返される。
継続する。
壊れていく。
読み進める手応えはガッツリあるのに、
このむなしさは何だろう?
キャッチコピーに「ブラック労働SF」とある。
まさにそのとおり、彼はただ働くために働いている。
作中の背景としてちょくちょく登場する漢語《ちゅうごくご》が、
人海戦術な工場労働シーンや理不尽な貧富の格差の描写に
何だかひどく調和しているように感じられた。
というのは、東洋史学研究室で刷り込まれた偏見だろうか。
(カバーした範囲は、時代は文革まででエリアは主に大陸なので、
繁體字エリアの近現代をわかってないままの無責任発言)
自分では絶対に発想できないし、書けない作品、作風。
そういう世界に引き込まれる読書体験は刺激的で、すごく好きだ。
SFは、当然だと信じている概念や世界観が揺さぶられる。
ロジカルな疑念にぐらぐらしながら、読後感に浸っている。
毎日クローンたちと顔を合わせ、工場で働き続け、僅かな精神の動揺も許されない単調な日々を過ごす主人公。働き続ければいつかこの時間から抜け出し、憧れのあの人と共に過ごせる……その淡い希望は、ある日世界の真実の一端を知った時、大きく揺らぎ始め……。
……そしてここから先、主人公が読者と共に目の当たりにする事になるのは、この『世界』を覆い尽くす予想だにしない事実。複雑に入り組んだ物語を理解しようとすればするほど、全てを認識していたはずの現実を疑いたくなってしまうほど、途轍もなく壮大な仕掛けが隠されています。
延々と続く「ぼく」の連鎖の果てに、何が待っているのか……良い意味で「奇書」と呼んでも過言でないかもしれない作品かもしれません。