第3話 戦闘用AI

 部屋の扉は広いリビングルームに繋がっており、玄関扉もここにある。

 部屋の構成は、玄関とリビングは同じ空間になっており、二つの個室への扉がある。一つは先ほどまで居た部屋。もう一つはゲームだと工房だったのだが、今はどうなっているのか確かめる時間も惜しい。

 まずは外だ。


「すまない。忘れていた」


 リビングで待っていたゴルキチは抜けていたことを少し照れながら、青いハイソックスを渡してくる。


 確かに裸足だった。俺はソファーに腰掛けハイソックスを履こうと足を上げると、ゴルキチに少し注意される。「足を開くのはよくない」そうだ。

どうせ誰も見てないからいいじゃないか! と思ったものの口には出さず、きちんと股を閉じハイソックスを履きブーツを装備する。




 外に出ると、自分の先ほどまで居た家をまず仰ぎ見る。外観はゲーム内と同じコテージ風の特徴の無い家で、併設された馬小屋と簡素な造りも同様だった。


「ゴルキチ、ここに武器は何がある?」


「工房に幾つかあったな。少し持ってくる」


 踵を返すゴルキチを見送り、戻ってくるまでにまず身体機能を調べることにしよう。


 リベールの肉体はスレンダーだが、つくところには筋肉がついているとベッドで感じたとおり、元の竜二の体よりは動けそうではあった。

 軽く屈伸、飛び跳ねる、肩を回すとストレッチを行うと、思いっきりジャンプしてみる。


 正直期待したほどではなかった。俺の世界で言うと、体操を多少頑張っていた程度の身体能力しかない。体幹と柔軟性は申し分なかったのだが......

 さらに、俺は剣術など武器を扱う技術が全く無い。もちろん竜二の力のみではゲームの動きが再現できるはずもなかった。このままでは「天空王」に喰われて終了だろう。


 予想していた通り、普通にやれば万に一つも勝つことはできないばかりか、「天空王」に一撃入れることさえ不可能だろう。


 ならば、「普通で無い」ことをしなければならない。この体がゲームとリンクしていたとしたら、リベールで戦うのではなく、リベールを「操作する」ことが出来るはず。そう信じるしかない。

 出来なければ、残念ながらゲームオーバーだ。



 そうこうしているうちにゴルキチが武器をかかえて戻ってきたので、俺は一旦思考を切り上げる。


「一応、剣と手斧を持ってきた」


 ゴルキチが見せてくれたのは、片手で扱う幅広の剣と木を切る用の斧だった。どちらもゲーム時代使ったことがない武器だったので、望み薄とは思いつつも俺は剣から手に持ってみる。


「どうだ?」


 ゴルキチが不安そうな目線で俺が振っている剣を見つめている。それもそのはずだろう、剣を持った俺の顔はどんどん曇っていってるから。

 片手剣を持ってみたが、「普通」に振るうことしかできない。これではダメだ。俺は心の中で毒づく。続いて手斧を持ってみるも同じだった。せめて両手斧ならば何か違ったかもしれないが......

 両手斧ならばゲーム中リベールが長い間メインウェポンとして使っていた武器だったので、何かしら反応があったかもしれない。


「ゴルキチ。もし知っていたら教えて欲しい。リベールの腕前はどんなもんだ?」


「正直、あまり.....」


 暗い顔で唇を噛むゴルキチを見ると、俺はすぐに察することができた。元々そこまで腕の立つ方ではなかったのか。俺に変わったことでさらに絶望的だな。もはや乾いた笑いしか出ないよ!


「俺自身は剣さえ扱ったことがない」


 俺は慰めになってない言葉をゴルキチにかけるものの、何か違う! と気がついた。ゴルキチの剣の腕を批判してるわけじゃないのに、何で俺がフォローしているんだ! と。


「とにかく、片手剣と手斧はダメだ。何か武器がないか探そう」


 ひょっとしたら使ったことのある武器なら何か反応があるかもしれないと一縷の望みを託し、家探しをはじめる俺にゴルキチもついてくる。

 探し始めること僅か十分。あっさりと目的の武器は見つかった。


 家の外壁に立てかけてあった農具の中にそれはあった。


 草刈鎌だ。


 土が付いたままでサビが浮いている草刈鎌を二本手に取る俺に、ゴルキチは肩を竦める。彼はさすがに草刈鎌を試そうとしたことに呆れているようだ。

 草刈鎌はまごうことなき農具。決して凶暴なモンスターを狩る武器ではない。その名のとおり草を刈る農具だ。

 「狩る」ではなく「刈る」道具だ。


 ゴルキチの様子には目もくれず。両手でしかと草刈鎌を握り締める。これは! なるほど! ついニヤリと笑みが溢れる。


「あはは、なるほど!なるほど!」


 草刈鎌を見つめながら、突如狂ったように笑い始める俺に、ゴルキチは気がふれたかと俺を羽交い締めにするか迷い一歩寄ってくるものの、手で制す。


 今俺の頭の中には、かつて自作したゲーム用の二つのプログラムが浮かんでいた。俺が自作したプログラムのうち一つは、キャラクター――ゲーム内のリベールを自動操作するプログラム――戦闘用AIと呼ばれるものだった。

 これは、特定の武器かつ特定のモンスターに限られるが、モンスターに対し全て自動で動いて戦ってくれるものだ。

 限定状況下でしか使えないものの、「天空王」に対抗することも可能な技術......ただしゲーム内ではあるが。

 もう一つはモーションショートカットプログラム。これを使うことでゲーム内のあらゆる動作――モーションを組み合わせ自動で動かすことが出来る。

 こちらは俺自身の腕が要求されるため「天空王」では使うことはないだろう。当たり前だ。実物の龍を目にしてまともに動けるわけがない!


 頭に戦闘用AIが浮かんだことに歓喜していたが、実際にどうやって戦闘用AIを使うのか悩んでいたものの、すぐに解決する。

 頭の中に浮かんだ戦闘用AIは、まるでパソコンの画面を見るかのように脳裏に映像化される。イメージされたマウスポインターを脳内で動かし、戦闘用AIの各種ファイルを開く。

 残念ながら、現在表示されているのは草刈鎌に関する戦闘用AIとモーションのみだ。モーションの組み合せは草刈鎌限定ではあるが、自由に組み合わせることは可能と分かる。


 現在敵が目の前にいないので、モーションのみを幾つか試してみよう。戦闘用AIは敵がいないと使えないからだ。


 ならば試してみよう。やり方は予想がつく。


 脳内で草刈鎌用モーションを展開。モーションを三つ選択し、ショートカットへ突っ込む。


 そして、実行を押す!


 リベールは右の草刈鎌を振るいながら、体を前傾姿勢に動かし三歩前へ前進、左の草刈鎌を下からすくい上げる。


 これまでの俺の動きと異なり、非常に洗練された流麗な動きにゴルキチは目を見開く。


 今度はバックステップから前方へ飛びかかり、高速で左右の草刈鎌を振るう。


 よし、動く。リベールで戦うのではなく、リベールを「操作」することが出来た! 俺は心の中でガッツポーズを行った。


「ゴルキチ。どうやらスタート地点には立てたようだぞ」


 俺は驚いたまま固まっているゴルキチの肩をポンと叩く。


「あ、ああ。まさかリベールがこんな動きを出来るとは......」


 まだ信じられないといった様子のゴルキチに、俺は「リベールだからこそできるんだ」と伝える。竜二の知るリベールはいつも流麗に洗練された動きを彼に見せていた。

 ようやく「普通ではない」動きをすることができたリベールではあったが、乗り越えるべき課題はまだまだ山積みだ。


 まずは武器だな......俺は独白し、腕を組み思考の海へと沈んでいくのだった。

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