第17話 桃源郷

 いざ桃源郷へと意気込み、お風呂場へ繰り出してみるとすでにイチゴは浴室に入っているようだった。

 ゴルキチが渋々とはいえ許可を出してくれたので、堂々と見ることができる!


 いつもは脱ぐのに自身の性別を意識してしまい微妙な気分になっていたが、このときはそんなことも忘れ服を全て脱ぐ。


「イチゴ、入るぞ」


 リベールらしい口調で声をかけると、イチゴからどうぞと返事が返ってくる。

 いいのか、ホントに?

 ドキドキしながら、浴室の扉を開けると裸のイチゴが体に泡をまとっていた。

 漫画かよこれ! と思うくらいに大事なところだけ泡で隠れている。

 わざとか? わざとなのか? 自問自答する俺に、イチゴは風呂椅子に座るよう促してくる。


 この浴室、ゴルキチが狭いと言った通りあまり広くない。洋式のバスタブに、シャワーと人が寝転ぶにはきついくらいのスペースしかない。

 狭い浴室の中央に風呂椅子が置かれていたものだから、後ろに立つイチゴとの距離は本当に僅かだ。

 向かい合って座れなかったことが悔やまれる......。

 しかも、背中を流しますよといった感じに促されては後ろ向きに座るしかなかったのだ。


 しかし、俺がワクワクしていたのはここまでだった。イチゴがシャワーヘッドを持ったと思うや、俺の頭にお湯が当たる。シャワーを頭にかけられているらしい。


「リベールさん、洗ってあげる!」


 いや、自分で洗いますから! むしろ俺に洗わせてくだ......さい。

 俺の思いとは裏腹にイチゴは、俺の髪の毛をお湯で洗い流すと、ゴシゴシ洗い始めた。リベールの髪は背中くらいまであるので洗うのはなかなか大変なんだ。

 頭を洗うまでは、心地いい気分でイチゴに身を任せていたが、ここからが不味かった。


 背中越しに俺の体を洗いはじめるイチゴは、血と汗で汚れている俺の体を丹念に洗ってくれる。

 それはもう丹念に。変なところにスポンジが当たりゴシゴシやられると、自分の男である尊厳が揺らぎそうでやばい。

 じ、自分で洗うから! と言い出せず、丁寧に余すことなく洗われてしまったのだった......。

 自分の意志が揺らぎそうで怖い。イチゴ、もうお風呂はいいから......洗われたことで憔悴しきった俺に突然イチゴは後ろから抱き着いてくる。


「リベールさん、本当に無事でよかった」


 俺に抱き着き、肩に顔を乗せたイチゴは涙声で俺の無事を喜んでくれる。イチゴの控えめなおっぱいが俺に当たっているが、不思議と興奮することは無かった。

 むしろ、抱き着かれて安堵や安らぎを感じている。


「ああ、戻ると言ったじゃないか。大丈夫。私は大丈夫だ」


 そのままの姿勢でイチゴを安心させるように、出来る限り優し気な、幼い子供に言い聞かせるような調子で、俺は胸に回された手を握った。


「うん、ちゃんと生きてる! リベールさん!」


 彼女はしばらく張り付いていたが、安心したのか体を離す。イチゴがようやく安心してくれたようでよかったよ。



◇◇◇◇◇



 全員が汗を流しテーブルに着くと、今後のことについてどうするのか話を開始する。


「戦士長殿。正直私が街に戻るとどうなりますか?」


 事情に一番詳しい戦士長へ単刀直入に「もしこのまま元の生活に戻るとどうなるのか?」を聞いてみる。


「リベール。残念だが正直厳しい。君への風当たりが強くなりこそすれ、弱くなることは無いだろう」


 詳しい事情は今聞かないほうがいい。もし聞くにしてもまずゴルキチに情報をもらってからだ。

 今は戻ると下手したら生命の危険性があるということだけ分かればいい。

 ならば取れる手段が一つしかない。生活自体が詰んでるのなら、やれることは一つだ。


「率直な情報ありがとうございます。私は旅に出ようと思います」


「故郷から離れるというのかリベール。旅人の生活は過酷だ......」


 戦士長も今はそれしかないと思っているのか、苦渋の表情を自己に向けられたものに感じられる。力になれずすまないと語っているようだった。


「出立資金を少しでも出させてくれないか? それくらいしか俺にできることがなくてすまない」


 戦士長は頭を下げ自身を嘆くが、嘆く姿を見た俺の目には、戦士長がある程度信頼できる人物なのではないかと認識する。


「一つお願いがあります。リベールは天空王と相打ちになったとしてくれませんか?」


 俺のこの言葉にはガタっと思わず戦士長とゴルキチが立ち上がり驚きを示す。


「君は、君は......戦士の最高の名誉を投げ捨てると言うのか?」


 立ち上がったゴルキチが肩を震わせながらじっと俺を見つめてくる。目が真剣そのものだ。

 名誉? そんなもの命あってのものだ。いくら名誉や金があろうとも、命あってのものだと思わないか? ゴルキチ?


「戦士長殿、私が名誉の戦死を遂げたとしてもらえれば、私をどうにかしようとする者も出ないでしょう」


「た、確かに言われてみればそうだが、その発想はなかったよ、リベール」


 戦士にとって名誉がどれだけ重要かは分からない。しかし俺は命のほうが断然大切だ。


「一つ、お願いがあります。戦士長」


 襟首を正し、俺は戦士長へ目を向ける。


「イチゴをどうかお願いします。彼女が不自由なく暮らせるよう。私が得られる名誉は全てイチゴへ」


「君の心意気受け取った! 必ずや取り計らおう」


 戦士長は目を赤くしながら、必ずやと小声で呟いている。この調子ならきっとイチゴによくしてくれるだろう。


「そういうわけなので、<資金を後日>はなかったことにしてください。翌朝にはここを発ちます」


 俺は詮索される前に、ここから逃げ出すことを戦士長らに伝える。

 戦士長も最後まで「君の名誉が」とか言っていたが、イチゴのことを出すと渋々ながら「リベールは天空王と相打ちしました」案に乗ってくれたのだった。

 今後の話が決まったので、戦士長とイチゴは「火炎飛龍」の爪と角を持って街へ帰還することになった。

 印象的だったのは、イチゴが「必ず、リベールさんと会うんだから」などとブツブツ言ってことだ......。

 いずれ執念を見せたイチゴと再会することもあるかもしれない。



◇◇◇◇◇



 ようやくゴルキチと二人きりになった俺は、ゴルキチがいれてくれたミルクを飲みながら椅子に腰かけている。

 ゴルキチはミルクが好きだな。ミルクを飲むとおっぱいが大きくなるのは迷信確定だろう。この体が証明している。


「ゴルキチはどうする?」


「君が名誉をあっさり捨てたことが未だ信じられないんだが、私は君に連いていくよ」


 街で安全に暮らすこともできたろうに、ゴルキチは俺についてきてくれるそうだ。リベールの精神がゴルキチにあるのもきっと理由があるはずなんだ。

 そばにいてくれるなら、ありがたい。


「本当にいいのか?」


「ああ、君が私の命を救ってくれたんだ。君が何をやろうとしているのかは私には分からないが、私にも助力させてくれないか?」


 いかつい男が上目遣いで見つめてきても怖いんだけど、少しだけドキっとしてしまう俺が悔しい。


「今後の目標なんだけど、一番は俺たちがどうやったら元に戻れるかを探りたいんだ」


 元に戻る手段のヒントは今のところゲームシステムとこの世界の関わりを探ることと、もう一つゴルキチがいないとできないことがある。


「それは君のためか?」


 何故俺のためと聞いてくるのか分からないが、これは俺のためでもありゴルキチ(リベール)のため、どこにいるか分からないゴルキチの精神のためでもある。

 全員がうまく元に戻った上で、俺が元の世界に戻れれば最高だ。

 ゴルキチ(リベール)をそのままにして俺だけ元の世界に戻っても寝覚めが悪すぎるから。


「ああ、俺のためでもあり、リベールのため、まだ見ぬゴルキチのためでもある」


「了解した。私に出来ることがあるなら何でもしよう」


 ゴルキチにゲームシステムのことを説明するのは大変そうだけど、もう一つのことは分かりやすいだろう。まずはそっちから説明しよう。

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