第2話 これはゲームではない
俺は目が覚めると、先程まで寝かされていたベットで目が覚める。ひょっとしたら元に戻ってるかもしれないと、僅かな希望を抱き自分の胸に触れてみる。
うん、おっぱいはない。ないからといって元の男の体に戻ったわけではないことは分かっている。
何故なら、うさぎ柄のパジャマを着ていたからだ。自分が着ているパジャマくらいすぐ分かる。分かるのだが、ひょっとしたら元の体でうさぎ柄のパジャマを着ているかもしれないじゃないか!
そう叫びたくなる衝動を抑え、大きく深呼吸を二回行い、少し気持ちを落ち着ける。
分かっているさ、下半身にあるいつもの感触もない。希望なんてないさ......この体はリベールだ......
はああ。俺は大きなため息をつくが、全く気持ちは落ち着かなかった......
先ほどあまりに衝撃的な言葉を聞いてしまったので気を失ってしまったが、起きたら少し落ち着いてきた。
自分が落ち着くためにも状況を整理しよう。
朝起きたら少女になっていた。少女の名前はリベール。駆けつけたスキンヘッドの名前はゴルキチ。どちらも容姿が昨日まで俺が遊んでいたオンラインゲームのキャラクターに酷似している。
いま寝ている部屋の内装も、ゲーム内でゴルキチが使っていたものに似ている。これらを総合すると、ゲームと今いる世界は全く同じとは言わないものの、似ている部分が多々あるはずだ。
問題は、十日後の生贄か。生贄のことは具体的にゴルキチに聞いてみないことには、何のことか全く分からない。ゲームには生贄イベントといったものは無かったから。
「起きたか?」
噂をすればなんとやら、スキンヘッドのゴルキチが、マグカップを手に持ち部屋に訪ねて来る。
「ああ」
ゴルキチからマグカップを受け取った俺は、湯気があがる牛乳に口を付けた。牛乳の暖かさが喉を通り、気持ちが落ち着いてくる。
「どれくらい眠っていた?」
「だいたい一時間ほどになるか」
時間の単位も俺の世界と同じ。更にはすぐ時間が分かることから、時計も正確なものがあるみたいだ。世界について疑問は多々あるものの、切羽つまった問題から進めないといけない。
そう思い俺はゴルキチを見上げ口を開く。
「いろいろ聞きたいことがあるけど、何よりもまず生贄のことについて知ってることを教えてくれないか?」
ゴルキチは俺の言葉に神妙な顔で頷くと、生贄の儀式について語りはじめる。
生贄の儀式は「天空王」と呼ばれる龍を沈めるための儀式で、毎年一回十五歳から二十歳までの乙女が龍の住む「天空王の庭」という山へ赴き、犠牲になる儀式とのことだ。
人の手で敵わない龍へ生贄を捧げることで、街へ襲撃するのを我慢してもらう。よくある話だ。
なるほど。十日後に生贄になる人物こそリベールというわけか。つまり俺だ。残り十日の命となれば、中身が竜二だろうがリベールだろうが関係ない。リベールの体が必要なわけだ。
ゴルキチは中身が竜二である俺の言葉を信じると言ったのも、どうせ残り十日しかないからということが、理由の多くを占める気がする。
しかし、「天空王」か。
「ゴルキチ。天空王を討伐すれば生贄は要らないんじゃないか?」
俺はもう一つの可能性について、ゴルキチに問いかける。
「......それはそうだが。天空王は龍の中でも最も強き者と言われる強者だ。これまで幾度となく挑んだ戦士がいたが......」
首を振るゴルキチ。彼の仕草は、倒せた者はいないということだろう。ゲームにも「天空王」は存在した。最高難易度を誇る空の王者。ゲームでも「天空王」に一人で挑み勝てた人は数少ない。
「天空王」と討伐挑戦者がゲーム内と同じ強さだと仮定するなら、「天空王」を倒すことは確かに不可能だろう。
ゲームなら何度も挑戦し「天空王」の攻撃パターンを読み解くことはできるが、現実は一度死んだらそこで試合終了だ。
何しろ「天空王」の攻撃は一撃でも喰らうと致命傷。二擊喰らうと死亡というのがゲーム内での「天空王」とプレイヤーの力の差だった。
初挑戦かつ無傷で、しかもゲームと異なり一撃喰らえば終わりの状況ならば、挑戦者はまともに実力を発揮することもできないだろう。
なるほど。確かに「天空王」が予想される強さならば討伐することは不可能だ。
「しかし、天空王を討伐する以外生き残る術はないんだよな?」
生贄を放り出して逃げる手段がある、といった回答を少しは期待していたが、ゴルキチの回答は「それしかない」だった。あと十日に迫る生贄の儀式。被害者が逃げ出すことを考慮していないはずがない。
リベールは「天空王」に勝たなければ生き残れないことは確定した。絶望感に苛まれるが落ち込んでいる暇もないのが現実......
......もし「天空王」とリベールの体がゲームと同じならば。
蜘蛛の糸より細い可能性ではあるものの、
「勝つ手段」はある。
そのためには、可能性があるかどうかを確かめなければならない。
ならば賭けよう万に一つの可能性に!
実のところ、可能性に賭けると考えなければ、生贄という事実に自身が潰されそうであったため、ある種の現実逃避でもあった。
俺はベットから降り、ゴルキチの目前に立つ。
「俺は天空王と戦う。生贄より遥かにマシだ」
ゴルキチの目を見つめ、彼の手を握る。
「頼むゴルキチ。協力してくれないか?」
たった二時間ほど前に目覚めたばかりで、この世界のことが全く分かっていない。それなのに十日後に生贄だ。縋りつける者には何が何でも協力をしてもらわなければと、強い決意を込めて俺は再度ゴルキチの目を見つめる。
「言われなくても、君に私が出来うる限り協力を行う。私の役目だからな」
「逃げ出さないようにお目付け役も兼ねているのだろう」と浮かんだ考えを飲み込み「頼む」とだけゴルキチにかえした。
◇◇◇◇◇
「ゴルキチ、まずは着替えて外に出たい。着替えは何処にある?」
マグカップの牛乳を飲み干した俺は、パジャマのままで外に出るのはさすがに思うところがあったので、ゴルキチに尋ねる。
「そこのタンスに入っている。好きなのを選ぶといい」
俺は促された両開きの衣装タンスに手をかけるものの、女性の服なんぞ分からないし服を見ることと着ることで、精神的ショックが大きそうなので手が止まる。
「どうした?」
固まっている俺に心配そうな声でゴルキチ。
「いや、女性物の服を見ると何というか実感するというか」
口ごもる俺に、
「なら、ベッドに戻るといい。私が適当に選ぼう」
と服を選ぶのを申し出てくれた。いやゴツイスキンヘッドに女性物の服を選ばせることに気は引けるが、「自分で」選んだ衣装を着るわけではないので、少しは気が楽だ。
ゴルキチから手渡されたのは、黒のレースが付いたワンピースに藁を編み込んだようなブーツ。下着類は気を使ってか分からないが渡されなかった。下は着ているが上は......。
まあいい。取り敢えず脱ぐんだ。意を決してピンクのパジャマのボタンに手をかける俺。
「待て。リベール。男の前でいきなり脱ぎだしたらダメだ」
慌てたようにゴルキチが俺を手で制し、自分が外に出るまで待てと忠告してくる。
あ、ああそうだった......
「ごめん。そうだったな......」
そうだ。今は男じゃなかった......。ハアとため息をつく俺の肩を軽く叩き、ゴルキチは部屋を後にした。
とにかく着替えだ! 一瞬脱いだ後に部屋の隅にある古ぼけた鏡の前へ立とうと思ったが、罪悪感にチクリと胸が刺激され結局自分の体を眺めることは断念する。
さすがに着たことがない俺でもワンピースなら着ることができた。
まず確かめることは、この体がどこまでゲームと似た動きをできるかだ。
意識を新たに俺は部屋の外へ続く扉へ向かう。
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