鉄壁!絶壁!生贄少女(TS物)

うみ

第一部 生贄編

第1話 朝起きたらぺったん少女になっていた

 白銀のプレートメイルに、鮮やかな藍色のスカート。それを覆うようなスカイブルーのプレートに身を包んだ騎士風の少女は、身の丈に見合わない無骨な槍を背に携え、歩を進めている。

 彼女の周囲に人はなく、ただ一人険しい山道を進んでいる。山は樹木が少なく、荒涼とした風景が広がっている。この山こそ通称「天空王の庭」、生贄への道......

 少女はただ進む。奥に座す空の王者と呼ばれる龍へと......


――生贄の儀式。年に一度選ばれた少女が、天空王にきょうされる呪われた儀式。

 騎士風の少女は生贄に選ばれたにも関わらず、その顔に悲壮感はない。ただ無表情に、しかし達観した様子ではない。少女騎士はただ生を、唯一の生き残る道――天空王を滅ぼすことのみ考えていた......



◇◇◇◇◇



――十日前

 朝起きると、景色が変わっていた。


 どこだ、ここは? どこかでこの風景は見たことがある。

 しかし、明らかにここは俺の部屋ではない。

 零細企業に勤めるしがないサラリーマンだったはずの俺は、朝目覚めると見たことのない風景が目に入り、戸惑っていた。


 俺はまだ夢の中かと一瞬考えたものの、徐々に意識が覚醒してくると、自らの部屋と様子が違うのが明らかだと分かってくる。

 木の温もりを感じさせる簡素な部屋の作りに、木製の広めのベット。ベットの脇には大きな木製の宝箱が設置してある。

 この風景はどこかで見た。どこだったか。このままではらちが開かないと俺は布団を押しのけ起き上がり、頭をガシガシと引っ掻く。


 髪の様子がおかしい! 俺はそんな長い髪ではない! ふと自らの髪を見ると、背中までありそうな長い茶色の髪が目に入る。

 俺の髪とは明らかに違う。何が起こっているのか全く分からない!


「何なんだいったい......」


 一言呟くと、声まで自分のものと異なっているのだ。自分は確かに昨日まで男だった。しかしこの声は女の声だ!

 混乱する頭を抱えて、部屋を見渡すと特徴的な宝箱が目に入る。この形は見覚えがある。これは確か......


 俺の声を聞きつけたのだろうか、扉の外から大きな足音が近づいて来る。とっさに立ち上がり身構えるものの、手には持つものもなく、着ているものもピンクのうさぎが描かれたパジャマだけだったので、非常にこころもとない。


 扉が開く!

 

 入ってきたのは、スキンヘッドのいかつい顔をした男。その肌は浅黒く、盛り上がった筋肉が特徴的だ。


「起きたか?」


 俺は男がしゃべる言葉が理解できた。口の動きも発音も日本語そのものだったからだ。


「一体? 何が?」


 自分の口から可愛らしい声が出ることに違和感を感じながらも、スキンヘッドに応じる。


「私も何がなんだか分からなくて混乱しているんだ。君もそうなのか?」


 意外にも男の口から発せられた言葉は困惑だった。彼が言うには、寝た場所と異なる場所に何故か移動していた――つまりこの部屋のベット脇で目覚めたそうだ。目覚めは最悪で床に転がっていたらしい。

 ベットを見ると、俺が寝ていたので起きるまで待ってから、事情を聞きたいと考えていたようだった。


「残念なことに、俺も目覚めたらここにいたんだ。本当にわけがわからないんだよ」


「そうか」


 男は俺から目を反らし、ふうと大きくため息をつく。一方俺と言えば先程から感じている違和感がますます強くなってくる。このスキンヘッドの容貌もどこかで見たことがある。もう少しで思い出せそうなんだが!

 この出そうで出ない感じが非常にもどかしい。


「一つ聞くが、君は自分が誰なのか分かるのかい?」


 意を決したようにスキンヘッドの男は俺に問いかける。

 誰? 俺も気が付いている。今の体は昨日までの俺ではないことに。長い茶色の髪。凛としている女の声。どれも自身のものではない。


「今起きたばかりで何がなんだか分からないんだが、自分の体でないことは分かるんだ」


「そうか。鏡を見てみるといい。誰なのか分かるかもしれない」


 男は顎で部屋の隅を指す。そこには古ぼけた全身鏡が置かれていた。竜二はベットから立ち上がり、一瞬逡巡した後に鏡に目をやる。

 鏡にはピンクのうさぎ柄のパジャマを着た少女が写っていた! 少し釣り目がちで、黒い瞳に細い眉。きゅっと口元は引き締まり、全体的に怜悧な印象を与える凜とした顔。茶色の長い髪は寝起きということもあり、乱れてはいるものの、手入れが行き届いているものと推測される。

 身長はやや低いかもしれないが、ほっそりとした体型だが、筋肉はそれなりについていて身体能力は悪くなさそうだ。


 少女の凛とした顔にスレンダーな体型。そして、スキンヘッドの男......どこかで二人の容姿を見たことがある。


「その体の名はリベールという」


 スキンヘッドの男が告げた名はリベール。リベールだと! 怜悧な顔に残念極まる胸。茶色の髪に黒の瞳。間違いない! ある確信を持った俺は、スキンヘッドの男に最後の確認を行う。


「なら、あなたはゴルキチか?」


「......ああ」


 目を見開くスキンヘッドの男――ゴルキチ。俺が名前を当てたことにひどく驚いているようだ。

 これで確信した。この体はリベール。スキンヘッドがゴルキチ。


 少し考えてみよう。俺が昨日まで遊んでいたゲームのキャラクター名だ。どちらも俺が操作していたキャラクターの名前。容姿はゲームと似通っている。

 もちろんゲームは所詮現実ではないし、リアリティも無いが、ゲームのキャラクターをリアルにすれば、今のリベールとゴルキチに近くなる気がする。

 なにより、リベール・ゴルキチと名前も一致するのだ。これが偶然だろうか?

 この部屋もそうだ。この部屋の様子は、ゴルキチがゲーム内で使っていた自宅の内装に似通っている。

 朝起きると何故かリベールになっていた。これが現実か夢なのかは今のところ不明だが、ゲームと何らかの関連性がある可能性は非常に高いだろう。


「情報を整理させて欲しい。ゴルキチ、あなたは目が覚めたら突然この部屋のベット脇に寝ていた」


「ああ、間違いない」


「この部屋自体は何か知っているのかな?」


「ああ、知っている」


 なるほど。起きたら突然ベット脇に寝ていた。意味が分からない。といったところなのかな。朝起きたらリベールがベットで寝ていて、自分はベット脇に何故かいたって感じなのかなあ。

 まあおいおい聞いてみよう。


「もう分かっているだろうけど改めて言うよ。俺はこの体の持ち主ではないんだ。意味が分からないかもしれないけど。どうもこの体の持ち主の心はここには無いようだ」


「にわかに信じがたいが、君の行動を見ていると、まるで自分ではないかのように振舞っていたな」


 顎に手をやり思案顔のゴルキチ。


「私は信じよう。どう呼べばいいだろうかリベールの中の者よ」


「俺の名前は竜二、しかしこの体はリベールらしい。リベールと呼ばれるべきか」


 俺は少し逡巡するも、体がリベールであるなら、リベールと呼ばれたほうがいいと結論を出した。


「ならば、リベール。私は君に告げなければならないことがある」


 口を開こうとしたゴルキチは、内容を告げる前に躊躇する。キッと俺を見つめ、意を決したように口を開く。


「その体は、十日後生贄に捧げられる」


 ゴルキチが告げた内容は、衝撃的という言葉では表せないものだった。俺はあまりの内容に、気が遠くなっていく......

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